第3話 緊縛少女の正体

 他に空いている席は見当たらない為、仕方なく声を掛けてみる。


「あのぉ、ここ良い?」

「ほか当たって」

「ここしか空いてないんだ」

「……仕方ないわね。好きにすれば」

「あ、ありがとう」


 初めて鈴城さんに受け入れられた気がする。調子に乗った俺は、


「あっ、カレーお揃いだね」

「話し掛けないで」

「……」


 すぐ現実に引き戻された。隣の鈴城さんは無言でカレーを食べている。何か話し掛けたいなぁと思い立ち、


「ねえ、昨日本屋に寄った時に変わった客を見たんだ」

「――ッ! ゲホっゲホっ」

「大丈夫っ!?」


 話題を聞いてすぐ、何故か鈴城さんはカレーを喉に詰まらせた。すぐさま水を飲み、難を逃れる。


「アンタが要らないこと言うからでしょ!」

「いや、それがここの学校の制服を着た女子だったんだよ。変装してて顔は分からなかったんだけどね」

「……」

「その子、縛られたいみたいでさ」

「ちょっと黙って――」


 話の途中で、急に鈴城さんが怒りだした。何故かは分からないが。その際に、鈴城さんが持つスプーンから零れたカレーが鈴城さんの制服に付いてしまう。


「ああっ! 何て事してくれたのよ」

「えっ、俺のせい?」

「あぁ、シミになっちゃう」

「ティッシュに水をつけて叩くと取れるよ。ちょっと貸して」

「ちょっと! どさくさに紛れてなに触ろうとしてんのよ。止めて、変態っ!」


 怒り心頭の鈴城さんは制服にシミを付けたまま、トレーを持って足早にその場を後にした。


 ――まだカレー食べ終えてなかったみたいなのに。悪い事したな。


 余計に教室で顔を合わせにくくなってしまった。


 教室に戻ると、鈴城さんが窓の外を眺めて座っている。


「シミ、取れた?」

「うるさいっ!」

「ゴメン。さっきは悪かったよ」

「……」


 完全にキレている。ずっと窓の方を見て一切こちらを見ない。ふと、鈴城さんの机の右側に掛けられた黒鞄に目をやると、何だか懐かしい雰囲気を漂わせたストラップがぶら下がっている。


 ――緊縛されたクマさんか。なかなか良い趣味をお持ちで。って、ええぇぇぇぇええええっ!


「き、きんばクマっ! ま、まさか昨日の緊縛少女っ!」

「――ッ!」


 その言葉を耳にし、すぐさまこちらを振り向く鈴城さん。今の彼女は、ゆでだこさんだ。


「……アンタ、今日の放課後屋上に来なさい」

「えっ!? 何で?」

「何でもっ!」

「はいっ!」


 鈴城さんはその後口をきいてくれなかった。ブチ切れ状態だ。屋上に呼び出して何をする気だろう。もしかしたら、知り合いにゴリラ番長の様な男が居て、屋上でボコられるのかもしれない。とうとう死期が近まっている様だ。


 ――良い人生だった。最期は女の子の大きなお胸に包まれながら迎えたかったな。


 これから殺されるのかと恐怖する余り、午後授業の内容は全く頭に入ってこなかった。まあ、入ったとしてもどうせ理解できないのだが。馬鹿だから。


 時間は過ぎ、ついに放課後が来てしまった。とうとう余命いくばくとなった。隣を見ると、何食わぬ顔で先に屋上を目指す鈴城さんの姿を確認する。鈴城さんが教室を去って暫くし、俺も屋上を目指す事にした。


 屋上を目指す途中で、ふとした疑問が頭をよぎる。この学校には屋上が二つ存在する。東館屋上と西館屋上だ。一体、鈴城さんが言う所の屋上はどっちなんだろう。もし間違えたなら、殺された上に、更に殺されるかもしれない。絶対に間違えられない選択だが、全ての望みをかけ、フラれた場所である西館屋上ではなく、東館屋上を目指す事にする。ただ単に、嫌な思い出の場所に行きたくなかっただけなのだが。


 四階建ての東館を駆け上り、東館屋上へと辿り着く。見晴らしの良い屋上には誰の姿も無い。


 ――しまった! 間違えたのか?


 屋上で右往左往していると、西館屋上に人の気配を感じた。東館と西館に挟まれた講堂は高さが低い為、屋上同士目視できるのだ。その人物が大声を上げている。


「ちょっとぉぉぉぉぉおおおおお! なんでそっちなのよぉぉぉぉおおおお! 普通こっちでしょぉぉぉぉぉおおおおお!」


 声の主は鈴城さんである。相当おかんむりだ。俺は選択ミスにより彼女を激怒させるというフラグを回収した様だ。


「ゴメンっ! 今、向かうからっ!」


 俺は足がもげんばかりの全速力を決め、西館屋上を目指した。


 扉を開けると、そこにはご立腹の鈴城さんが一人で立っていた。焦って忘れていたが、もうすぐ死ぬのだという事を思い出す。


「アンタ、何であっちに行ったのよ。アンタが告白してきたの、こっちでしょ?」

「そんな事はどうでも良いんだ。さあ、殺してくれ。もう未練は無い」

「はあ!? なに言ってんのよ。何で私がアンタを殺すのよ?」

「鈴城さんがじゃなくてゴリラ番長が、さ」

「バカなこと言ってないで話を聞きなさい」


 鈴城さんの様子を見るに、ゴリラ番長は不在の様だ。つまり、命は取り留められたらしい。


「話って?」

「……私のこと軽蔑したでしょ?」

「何で?」

「そ、そりゃあ、あんなモノ買ってるの知ったら軽蔑するでしょ。もう私の事なんか好きじゃなくなったんじゃない?――」

「そんなこと無いっ!」

「――ッ!」


 誇り高く俺が言い放つと、鈴城さんは目を丸くしてこちらを見ている。


「確かに俺は鈴城さんの容姿に惚れた。ペロペロしたいと願った」

「サイテーね」

「けど、今は鈴城さんの中身に惚れてる。外見よりもよっぽど素敵だっ!」

「……アンタ、変わってるわね」


 その瞬間、鈴城さんが微笑んだ。俺は一つとても重大な疑問があり、真剣に尋ねる。


「それより、どうしても聞きたい事があるんだ」

「何? そんな真剣な顔して」

「鈴城さんは縛られたいの?」

「そ、そんなわけないでしょ! たまたま買ってみよっかなぁって思っただけよ」

「そう? 一度試してみる?」

「要らないわよ! けど、知られたのがアンタで良かったわ」

「何で?」

「アンタ、誰にも言い触らしたりしなさそうだし」

「えっ、俺が言い触らさないとは限らないよ」

「えっ!?」


 別に言い触らしたいわけじゃない。ただ、頼みを聞いて貰う為の切り札に使えたら、と思っただけだ。


「ふーん。言っちゃうんだぁ。私の株、落とすんだぁ」

「いや、そんなつもりは無いんだ。ただ、一つだけ頼みを聞いて欲しい。誰にも言わない事を交換条件に」

「……分かったわ。言ってみて」

「俺と付き合って下さいっ!――」

「ムリっ!」


 切り札を以てしても叶う事の無い悲しい現実。少しからかってみたくなり、


「じゃあ、言い触らしちゃおうかなぁ」

「くっ! べ、別の頼み事は無いの?」

「別の? そうだな……それじゃあ、一日だけデートして下さいっ!」

「――ッ! この私がアンタなんかとデートだなんて屈辱だけど……仕方ないわね」

「えっ!? 良いの? デートしてくれるの?」

「一日だけだからっ! あと、絶対に変な所に行かない事っ!」

「分かった。約束する」


 俺はついにやったのだ。学校一のモテ美少女とデートをする切符を手にしたのだ。夢にまで見た光景が今ここに。


「それでどこに行く気なの?」

「えっ、全然決めてないけど」

「そう。日付は今週日曜日にしましょ。それまでにプランを考えといて」

「わ、分かったよ」


 今週日曜日という事は明後日。今日を合わせて二日しか考える猶予は残されていない。それまでに2ち○んで質問しまくらないと。


「そうだ。何かの時の為に連絡先を交換しておこう」

「何かの時って、何よ?」

「良いから。さあ、スマホを出すんだ」

「何で上から目線なのよ。まあ良いわ。はい、コレ。私の連絡先よ」


 ついに憧れの相手の連絡先をゲットするに至る。ここまで血の滲む様な日々であった。思い出すと懐かしい。相手の連絡先を自分のスマホに登録し、メールを送信する。


「あっ、届いたわ。これがアンタの――って何よ、このアドレス」

「えっ、変? maid_chan_loveと書いてメイドちゃんちゅきって事だけど」

「ヒッドいアドレスね。これを登録した人間の内面がジワジワと伝わってくるわ」

「ありがとう」

「褒めてないわ!」


 こうして、始業式の次の日、鈴城さんと急展開を迎える形となった。

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