第14話獣人の耳
風熊を持ち帰った結果、クラスメートの反応は良好だった。ある者は驚嘆の声を漏らし、ある者は羨望の目をラークに向けていた。そして、口々にラークを持て囃し、彼自身も満更ではないようだった。
一方で俺は木に座り込んでいるアイラのもとへ向かった。近くで見ると、アイラは肩で息をしており、疲弊しているのが目に見えて分かる。
「お疲れ様、アイラ」
「あ、ありがとシアン。ちょっと疲れちゃったみたい」
肩に頭に手を置いて、そこから不足した魔力を補ってやる。しかし、いつになく静かなので心配してしまう。
「ごめんね、無理させちゃって」
「お姉ちゃんが心配されてちゃまだまだだね〜」
魔力欠乏による倦怠感や吐き気に耐えているのだろう、浮かんだ笑みは力ない。
自分本意な行動が生んだ彼女の状態に、自己嫌悪に陥りそうになるが、そうしたところで何かが変わるわけではない。
俺にできることは、アイラに頑張ったご褒美をあげることくらいだ。
「頑張ってくれたから、お願い聞いてあげるよ」
「ほんとっ!?」
思わぬがっつき様だ。アイラは顎に手を当ててしばらく思案し、口を開ける。
「じゃあね〜、えいっ目隠し!」
「うわっ!? 何も見えないんだけど!」
アイラの発動した魔法が俺の視界を覆い尽くした。
「えへへ、これでシアンのファーストキスを……」
嬉しそうな声とともにがしっと肩を掴まれる。
こ、これはキスされようとしているのでは!? 俺もアイラほどの子なら本望……いやだがっ、高校生の俺が幼女と言っても過言ではない女の子のキスを甘受していいものなのか? もちろん違法だ。しかし、今の俺は五歳、合法なのだ。ショタなのだ。男シアン、行けー!
そしてそのまま唇と唇がーー
「あんたたちこんなところで何してんの?」
「わっ!」
触れ合うことはなかった。
アイラは慌てて俺から離れたことにより、目隠ししていた魔法が解除され、視界が開ける。
目に映ったのはさっきの白髪の少女だった。
俺は心の中の動揺を押し殺し、平静を繕う。
「なんでここに?」
「面白そうな雰囲気がしたからかな」
屈託のない笑みを少女は浮かべる。
戦いの時とは違った笑い方もできるんだな。
「そんなことで邪魔しないでよーっ!」
「いや、続けてもいいよ? お気になさらずに」
「できるわけないでしょ!」
アイラが食ってかかるが、のらりくらりと躱されている。
「それよりあんた、私と勝負しない?」
楽しげに笑っていたその顔は、狂気的な笑みに歪んだ。獲物を見つけたライオンのように、大きな瞳が俺を捉えている。
「いや、遠慮しとくよ。ここで怪我人が出たらアイラが困っちゃうしね」
俺が彼女と戦っても、万が一にも負けることはない。彼女に野生が備わっているように、俺にも数多くの魔物を屠ってきた経験がある。それにより、なんとなくだが力量が分かるのだ。彼女もぼんやりとそれが分かっていると思うのだが、流石はバトルジャンキーと言ったところか。
「そんなこと言わずにね? ね? いいじゃん、一回くらい」
イケナイ薬の勧誘みたいな感じに聞こえるが、なんにせよ、俺は戦いたくない。俺は本来の力を暴露したことで戦場へ連れて行かれるなどまっぴらごめんなのだ。
「嫌だって」
「む〜」
拗ねたように膨れっ面をする。時折動くネコ科の耳が可愛らしい。
「ちょっと失礼」
思わずその雪のように白い耳に手が伸びる。躊躇いなく包み込むように撫でると、ふわふわした毛とこりこりした感触でこりふわだった。
「えっ……うにゃぁぁぁッ!」
「きゃぁぁぁ!」
一瞬の空白。少女は顔を真っ赤にして飛び退き、アイラは絶叫した。
置いてきぼりを食らったので目を丸くしていると
「シアン! 謝りなさい! 獣人の女の人は、家族以外で初めて耳に触れられた人を主人と認めないといけないのっ! 今すぐ謝って取り消しなさい!」
それは大変だ。彼女の人生をこんな簡単に決めていいわけがない。
地に膝をつき、頭を地面に付ける。日本で言う土下座である。
「ご、ごめんっ! 取り消すから気にしないで!」
……返事がない。まだ足りないのか。
……返事がない。まだ許せないらしい。
……返事がない。ちらっと見てみることにする。
潤んだ目と目が合った。少女はキッと睨みつけた。
「こ、この屈辱は定期戦で晴らさせてもらうからっ! 覚えてなよ!」
そう言い残し、少女は森の中へと姿を消した。
「断れない状況になっちゃった……」
まあ、善戦して負けるくらいのシナリオを考えておけばいいか。
「あんなことしたんだから、手抜きなんて失礼な真似したら怒るからねっ!」
本人曰く姉貴のアイラは何でもお見通しのようだ。
「は〜い」
苦笑して、頷いた。
「全員集合っ! そろそろ進行を始めるぞ!」
「行こっか」
俺たちはラークの元へ向かった。
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