第15話制限時間

「幸い、と言っていいかは分からないが、他にスタートダッシュを掛けた大半のクラスが何名かの負傷者を出しているらしい。そして、回復魔法の使い手は世界的にも珍しいと聞く。他のクラスにいる可能性は低いだろう。つまり、何が言いたいか分かるな?」


 前に立つラークは雄弁と語る。強大な魔物の頭を携え帰還した彼を嘲る者は誰もいない。

 ラークは俺に目で先を促す。


「怪我した人を速攻で治せるっていうアドバンテージがあるわけだね」


「そうだ。そしてそれは有効に使われた。彼女の頑張りで恐らくどこよりも早く全員が回復した。ここから一位を目指すには今から出発しないと間に合わない。よって、今から再出発しようと思う。何か意見はあるか?」


 ラークの視線が白髪の少女を捉えと、少女は首を振った。


「……ないみたいだな。じゃあ、年少組は前に、体力に自信がある者は後ろで彼らを支えてやってくれ。力に自信がある者数人は前で年少組の警護を頼む」


 ラークの指示で隊列が組まれ、俺とアイラは前列に配置された。因みに白髪の少女は中盤に、ラークは最前列で年少組の護衛役をしている。

 進行は、体力のない年少組のペースに合わせられた。進行速度に不満を漏らす者がいるかと思ったが、誰も納得しているらしい。


「日が沈むまでには宿泊所に着けそうだな」


 手元の地図に視線を落としたラークが言葉をこぼす。道が分からず、冒険者の目から外れ山奥へ迷い込んでしまわないよう、自分の位置が分かるという便利な地図が一人一枚配られているのだ。

 彼の声が耳に届いた付近の子供はふぅ、と安堵の溜息を吐いている。

 まあ、そう簡単に着けるわけがないのだが。

 先頭を歩く何人かが視界から消える。一拍おいて地面に何かがぶつかったような音が響いた。

 その原因が他のクラスが仕掛けた落とし穴だと周囲が気付いたのは更に数秒の後。


「だ、大丈夫か!?」


「ぐぅ……っ、大丈夫だ」


 気が緩んでいた団体の中に緊張が急速に波及していく。

 呻き声が聞こえたが、落とし穴の底には枯葉や枝が敷いてあり、緩和剤となっているため大怪我にはなっていないらしい。

 死亡することがないように、仕掛けたクラスの付き添いの人が後から弄ったのだろう。


「登って来れそうか?」


「無理だ、深すぎる!」


 付近の生徒が穴を覗き込んで状況を見ているが、芳しくない。しかし、ラークは土魔法の使い手である。


「任せてくれ。隆起せよ!」


 ラークの手が地面に触れると、落とし穴の底の地面が盛り上がる。そしてぐんぐんと中に落ちた者達を押し上げ、遂に地上へと押し出した。


「た、助かった」


「死ぬかと思ったよ……」


 救出された者は思い思いの言葉を呟いていると、アイラが近寄り、回復魔法を掛けている。

 落ちた生徒が無事だったことに周囲は安心しているが、ラークや他の理解が早い生徒は険しい面持ちだ。


「先行したクラスの罠か……もっと慎重に行こう」


「身軽な人に哨戒をしてもらおう」


「風魔法で木の上の罠を探知、土魔法で地面の罠を探知してもらうのはどうだ?」


「どっちともやれば早期発見の確率は上がるよな」


「ダメだ、あんまり丁寧に探っていると宿泊所に着く頃には真っ暗になってしまう! ここはいざという時に魔法でどうにかできるよう、身軽な人に先行してもらおう。もちろん俺も先行する」


 纏まりかけた話を一刀したラークは、白髪の少女と何人かの生徒に声をかけ、先頭についた。

 危険な役割なため、不平不満を漏らす者がいるかと思ったが、誰もが一つ返事で了承していたので、近くにいた人に聞いてみることにする。


「ねえ、嫌じゃないの?」


「嫌だけど、ここで負けたらこれから大変だろ? 自分のためにも今は協力しないとな」


「なるほど」


 愚痴一つこぼさないのは利害の一致によるものも含まれているらしい。

 彼らは木の上や地上を確認しながら前を進む。

 ゆっくりになった歩行ペースに欠伸が出そうになったので、眠気を紛らわすため、先頭にいる白髪の少女を見ると、彼女もちょうどこっちを見ていた。

 目が合うと、少女は顔をリンゴのようにしてキッと俺を睨みつけ、逃げるように木の上を飛び移っていった。


「どんだけ嫌われてるんだ……」


 ここまで拒絶されると、この状況を作った原因が自分だと分かっていても凹む。

 はぁ、と重いため息をこぼしながら、冒険者の目を掻い潜って仕掛けられた、もしくは職務怠慢で見過ごされた本気で悪質なトラップだけをこそこそ潰して行く。

 相手に重傷を負わせて強引にでも退場させるという考えだというのは分かるが、その行為はどうなのだろうかと苦言を呈したくなる。

 なかなか進まない行軍と面倒臭いことをしてくれた他クラスに苛立ちを感じながら、この道無き道の先にある宿泊所へ歩みを進めた。


 視界は徐々に悪くなり、哨戒を担当する人たちの疲労も進行速度に現れている。事実、木を渡っている最中に足を踏み外して地面に落下したり、受け身を取ればなんとでもないトラップで身体を痛めてアイラのお世話になったりしている。

 更に、薄暗いなかに響く魔物の遠吠えがまだ幼い子ども達の心を圧迫する。

 怖気付いた空気のなか、まめにアイラの魔力補給をする俺もまた、焦りを覚えていた。


「あと数十分したら真っ暗になっちゃうよこれ……」


「最後尾なんてもう見えないもんね」


 アイラの応答に首肯する。

 十歳にも満たない大勢の子供を纏め上げるなど、洗脳でもしないとできるはずがない。

 宿泊所はペースを上げれば日没と同じくらいに着くのだが、付き添いの彼らの判断で強制終了もあり得る。


「あと十分が制限時間よ」


 凛と澄んだ声は集団に焦燥を募らせた。それは俺も例外ではなく、猛烈に焦っていた。

 魔法学校に来る時点で、この階層に好んで甘んじる者はいない。それだけの高みを夢見、目指しているからだ。ならば、彼らが取る行動はある程度絞れる。

 リーダーの意見を待つか、焦り先を急ぐかだ。

 前者ならば統率がとれるが、後者ならば、暗く足元も見えづらい環境だ、転倒したり、人とぶつかったりしてこれこそ詰みである。

 だが、一つの声が混乱した場を律した。


「落ち着けっ! 火魔法、光魔法を使える者は軍団の外側へ寄って灯りを! 他は陣形を崩すな、先頭は俺が行く! 俺について来てくれ!」


 一か八か、だがやるしか生き残る道はない。リスク計算を捨て、あらゆる責任を背負い駆け出すラーク。

 思わず、俺も叫んだ。


「ラークに続けぇッ!」


「「「おうっ!」」」


 こうなったらヤケクソだ。隠密性は下がるが、クラスメートに強化魔法を掛け、先にある罠を全て潰して、躓く生徒を土魔法で補助する。

 誰もがなんとなく身体が軽いと感じているだろう。

 俺たちは今までにないハイペースで進行し、目標へ向かう。

 そしてどれくらい歩いただろうか、太陽はわずかに顔を覗かせるだけで、今にも消えてしまいそうな時、遥が告げた制限時間と同じくらい経った頃。


「あ、灯りだ!」


 誰かがそう叫んだ。ハッとして遥を魔法のフィルターを通して見ると、微笑んでいた。タイムリミットを引き伸ばしてくれていたらしい。

 クラスメートは今までで一番元気に走り出す。しかしそこには余裕があり、危険がないように配慮している。


「間に合ったぁ……」


 こうしてなんとか第20クラスは一日目を生き残ることに成功した。

 

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