第13話波乱万丈のスタート
鈍色の空が木の間から見える。誰も顔を上げようとしない。耳に入るのは森のさざめき、ではなく呻き声や泣き声、怒声だった。しかし、彼らの顔色は一様に暗かった。
「アイラ、大丈夫?」
「うん、私よりみんなの方が辛いはずだから」
ただ一人、回復魔法を発動して辺りを走り回るアイラの顔色も悪い。だが、彼女は魔法を使うことを諦めない。
「……俺も手伝おっか?」
「ううん。シアンが魔法のこと隠してるのには、何か理由があるって分かるから、ここは私が頑張ればそれで済むから大丈夫だよ」
「……分かった。でも無理はしないようにね」
俺にアイラを止める権利はない。
なぜなら俺がアイラに無理をさせているからだ。
アイラがそれを承知で行動しているからだ。
一方で、白い髪の少女は十メートルはあろうかという木に登り、木の実を採っている。少女の身体は擦り傷だらけだ。
ラークは、一人、岩に背を預けていた。俯いているため表情は読み取れず、何を考えているのかは理解しえないが、彼の沈鬱な雰囲気に誰も近づこうとしなかった。
今、一番心配なアイラを目で追っていると、背後からゆっくりとした足音が近づき、その手が肩に置かれた。
「これからどうするの?」
「トイレ」
肩にある手をそっと払い、集団から離れる。その時の遥の顔は呆然としていた。
俺は、人とは全く違う足音が鳴る方向へ歩いた。
「お邪魔虫を潰しに行くか」
ラークの前を通り過ぎた時、彼は震えていた。よし、丁度いい。俺は目立ちたくないんでな。
「よし、お前も来て」
★
俺は、我がジャークソン家の栄光を再び取り戻すためにここへ来た。
七歳から受験して、一度落ち、二度落ち、三度落ち、また落ち、次も落ち、六回目でようやく受かった。血反吐を吐くような特訓の成果で得た入学は、これまでの人生でなによりも嬉しかった。
門前に貼られている紙に書かれた自分の受験番号を見た時は思わず奇声を発したし、そこから家までの道中、魔法学校に受かった俺を誰かが狙っていないか、不安になったりもした。そのくらいには舞い上がっていた。実際、天狗になっていたと思う。
だが、伸びた鼻は才能というハンマーで叩き折られた。ジャークソン伯爵家はコーシール王国の貴族だ。
そして、同国の侯爵家の長男で同い年のブレイヴ・ハーミスが、今年初めて受験し、合格したという。
それを聞いて、俺は嫉妬に震えた。入学式、何か一言言ってやろうと思っていた。
あいつは同じ会場にいなかった。
周りの連中から話を聞くに、ブレイヴは第1クラスらしい。爵位だけでなく、才能でも負けたことが堪らなく悔しかった。
ーー超えてやる、俺があいつをぶっ倒し、実力で超えてやる!
ーー超えてやる、ジャークソン領を発展させて、経済力も、人口も、人気も、あらゆる点であいつを超えてやる!
野望を持って臨んだこの合宿。対抗戦の話し合いでまとめ役になるまでは良かった。
しかし、あの白髪の女が邪魔をした!
あいつの戦闘欲を満たすために俺は使われたのだと戦っていてわかった。だから、余計に腹が立って、師匠にあれだけ注意されていた魔法を使ってしまった。
頭が冷めて周りを見ると、俺に向かう視線は恐怖だった。当然だろう、彼らを巻き込みかけたのだから。
俺が立てた作戦も、負けたことでみんなに疑念が生まれて行動が中途半端になり、怪我人が続出した。
向けられるのは非難の目。
俺はこれからどうすればいいんだろうーー
★
「ちょ、痛い! 何なんだよお前っ!」
これからお前の信頼を向上してやろうというのに生意気な奴だ。
腕を掴まれているラークが暴れるため、俺の身体にラークの足や手が当たって痛いのはこっちだ。
「落ち着いて」
「落ち着いてられるか! 何するんだよ!」
「俺たちがバカみたいに騒ぐから、魔物が寄ってきてるんだ。それを狩る」
「はあ!?」
ラークは信じられないものを見るような目をする。
「魔物なんて、二年生の実習でようやく相手するような奴だぞ!? 正気かお前っ!」
何か必死に叫んでいるが、知ったことではない。俺には俺の都合があるのだ。
「大丈夫だよ。相手はちょっと大きな熊一匹だから」
大丈夫だ、体長五メートルの熊なんて。
「霊峰に出る魔物が普通の尺度で測れるかっ!」
「きっと大丈夫」
遥たちの助けが入った時点で未完走、負けみたいなものだろう。全クラス中最悪の設備で授業なんて冗談じゃない。
「いやいやいや、無理だって!」
「いいかよく聞いて? まず俺が強化魔法を掛ける。そして、お前がさっきの魔法をぶっ放す。じゃあ、敵は死んでる。どう? 分かったよね?」
「……は? わけがわからない。確かに火属性の魔法は身体強化ができるが、俺たちレベルの強化でこの山の魔物がどうにかなるわけが……」
ラークの動きが静止する。視線の先には俺たちの三倍ほどのサイズの熊。刃物のような目で俺たちを睥睨している。
左右の前後足には可視化した風魔法の魔力。正確には、その爪に、だが。
「
ただ、呆然と立ち尽くしている彼の頭の中は真っ白なことだろう。しかし、そんなことをしている余裕は戦闘中にはない。尻を蹴る。
「いいからさっさと倒して。ほら、どーん! って」
「うっ! で、できるわけないだろ!風熊なんて二年生の第15クラスが三人でようやく相手できる魔物だぞ!」
どんだけ戦いたくないんだよ。いい加減イライラしてきた。
「ああもう! じゃあ撃つだけ撃って、死ななきゃ逃げたらいいじゃんか!」
「俺たちの後ろには俺より小さい子供ばかりなんだぞ! 尻尾を巻いて逃げれるかっ!」
「グルァァア!」
風熊が、後ろ足の風魔法をブーストに使い、俺たちに肉迫、これもまたブーストした前足を斜めに振るう。
すぐさまラークを蹴り飛ばし、俺も慌てて離脱することで、難を逃れた。
「遥たちがいるんだから大丈夫だよっ!」
「痛え……
「じゃあやれよ!」
つい口調が崩れてしまう。が、ラークは意を決したようで気にしていない様子だ。
「分かったよ! やればいいんだろ!」
「ギャァァ!」
再び振るわれた前足を、ラークは咄嗟に作った岩塊で防御するが、岩塊はいとも容易く砕かれた。その間に距離を取ったラークは魔法を発動する。
「駆け廻れ、『
森の地面にある砂、枯葉、石ころ、そして破壊された岩もろとも宙に浮き、それら全てが風熊に向かって弦を弾いたように放たれた。
「グ、ギャァァァ!!」
魔法は、さながら砂嵐のように渦を巻き、無数の礫が幾度となく中に閉じ込められた風熊を傷つけた。
風熊の悲鳴が森に木霊し、その後、力なく崩れ落ちる。次第に威力を増していったラークの魔法により、そこかしこから流血し、黒茶だった毛皮が赤黒く染まっている。
「やった、のか……?」
「死んだみたいだね」
風熊は生き絶え、血生臭い匂いだけが残った。
「すごいよ! あの風熊を倒すなんて!」
「……なんだか胡散臭いが、素直に受け取っておくことにする」
「じゃあ、こいつ持ってみんなのところに行こう。焼肉だ」
「ああ」
俺は絶対に完走したい。それも上位で。そのための最短ルートは、ラークの地位を再建し、再びクラスが団結することだと思っている。
彼の実力をアピールすることで、一刻も早く進行を再開できることを願うばかりだ。
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