第12話烏合の衆
婆さんの連絡から数分後、第20クラスは一つの部屋に集まりミーティングを始めていた。
「バラバラに行ったら、いつどこで誰が脱落しそうなのか分からない。だから俺たちはクラス全体でまとまって行動しようと思う。意見がある人はいないか?」
一人前に立って喋るのは先ほどの少年で、名前はラーク・ジャークソン。人間領コーシール王国の辺境にある伯爵家の一人息子らしい。
近年、彼の家名が落ちぶれてきているため、名誉復帰を果たすために魔法学校に来たそうだ。
「……ないみたいだな。あと、魔法は温存するように頼む。麓だが、ここは霊峰だ、いつ魔物と出会うか分からないし、それ以外にも、不測の事態に陥ることがあるかもしれないからだ」
自己紹介の時間で分かったことだが、このクラスの最年長は十二歳、彼である。年下で見聞が狭いクラスメート達は年上の知識ある人物に任せることにしたらしい。誰も静観している。
「恐らく、俺たちのクラスは遅れて出発する。なぜなら、全クラスが一斉スタートだからだ。多くの人間が我先にと突き進むから、それ相応の怪我人はでる。第20クラスなど、特に小さい子供が多いクラスは余計に危険だ。だから、最初は安全を最優先にして、そのあと全員で出発する」
なるほど、安全を重視するなら採用する案である。第20クラスに所属しているという立場上、全属性を使える俺が火属性、水属性魔法を使えるとしか明かしていない以上、他に隠している子がいない限りこのクラスで回復魔法を使えるのはアイラだけとなる。アイラの貴重な魔力を浪費してまでスタートダッシュに賭ける必要はないと考えたようだ。
「第20クラスなら、相応のリスクは覚悟して攻めないと勝てないと思うんだけど」
声のする方には、真っ白な髪を肩辺りで雑に切っている女の子が一人、いた。
「自衛の能力が高い上位クラスならばともかく、下位クラスならば確実に潰される」
「ここは大半が下位クラスじゃん。みんなあんたみたいな陰鬱な考え方の奴らばっかだよ」
ラークはひたいに青筋を浮かべて怒鳴った。
「誰が陰鬱だっ! 俺はみんなが怪我しないように、そしてなお高確率で勝利できるように考えて言ってるんだ!」
「そんな甘っちょろい考えでよく勝ち抜こうと思ったね」
「貴様ぁっ!」
年上の男の怒号に臆することなく、それどころか煽り出す少女の口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「やるか? 落ちこぼれの貴族様?」
ラークは床に掌を当て、魔力を送り込む。
「俺を侮辱したこと、後悔させてやるッ! 自然よ、我に力を貸し給え『
詠唱が始まるや否や、周りにいた者たちは一斉に二人の付近から離れ、動向を見守る。
部屋全体が激しく揺れ、耐えきれなくなった床にヒビが入る。そして遂に、バリバリと音を立てて地面が割れた。
しかし、そこに少女はいない。
「ワンオンワンでとろとろした魔法撃ってんじゃないよ!」
突如として背後から現れた少女がラークにしがみつき首をホールド、落としにかかる。
「ガッ!? どこからっ!?」
彼女は
「キレる相手は考えなよっ!」
少女の碧眼はこれまでにないほど爛々と輝き、口元は愉悦に歪んでいる。俺もわりと戦闘が好きだから分かるが、彼女はバトルジャンキーの類だろう。
ギリギリと首を締め上げ、とうとうラークが落ちるかと思われたその時、天井から先が尖った岩が突き出る。
この歳で無詠唱とはなかなかやる。
「うわっと!」
気配を察知した少女は慌てて跳びのき、難を逃れた。
「はぁーっ、はぁーっ……」
「まだやるの?」
息を乱し、目に見えて疲弊しているラークが少女を睨むが、圧倒的優位な状況に少女は柳に風と受け流す。
「まだ、負けてねえ!」
ひときわ大きな揺れが起こり、部屋中から悲鳴や泣き声が上がる。
恐らくラーク最大の魔法であろうそれは、対象が少女だけでは済まなさそうである。
瞬く間に立つこともままならないほどの大きな揺れになり、先ほどの地割れで出来た瓦礫や生徒の荷物が浮き上がり始めた。
「駆け廻れ、『
浮上したそれらが意思を持ったかのように少女へ襲い掛かろうとした刹那、それら全てが叩き落とされた。
「はい、ストップ。これ以上は私闘じゃ済まないわよ」
目にも留まらぬ速さで瓦礫を刀で撃ち落としたのは姫草 遥だった。彼女は唖然とするラークと少女にコツンとげんこつを落とし、これでおあいこと笑った。ラークは己の不用意さに俯き、戦闘狂の匂いがした少女も興を削がれたのか、バツの悪そうな顔をして引き下がった。
喧嘩両成敗と言うが、少女の欲求のために煽られたラークが少し不憫に感じたりする。
そのうち呼び出しくらうだろうけど、頑張れよ。
しーんと静まり返るなか、遥は口を開く。
「えーと。変な空気のなかアレだけど、私と彼が君たちを担当するハルカ・ヒメクサとアレクよ。よろしくね」
「アレクだ。お前らを殺さないように、と依頼を受けているから守るが、基本的に何もしないならそのつもりでな」
冷めた口調で告げる背の高い濃緑の髪の男性は、壁際に避難した生徒たちの中から出てきた。
「そうね、基本的に干渉はしないけど、応援はしてるから頑張ってね」
遥のにこやかな表情とともに、開始五分前を告げる婆さんの音声が脳内に流れた。
通信が切れると同時、室内が騒然とする。
結局、スタートダッシュを狙うのか、遅れて出発するのか。リーダーは誰にするのか。まとめ役はラークでいいのか。準備はどうするのか。俺たちの荷物ぶち壊しやがって。お前のせいだ。
などなど、一瞬まとまりかけたクラスは最初より散逸となり、まさしく烏合の衆である。
かといって代わりのまとめ役がいるわけでもなく、俺たちは各々の判断で再び準備を始めた。
こうして、俺たち第20クラスは大きく出遅れ、更に意思統一のされぬまま、大自然へと足を踏み入れることとなった。
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