第11話霊峰で合宿

「えー、魔法学校第三十二回生の諸君、まずは入学おめでとう! この魔法学校へ入学するためにや血の滲むような努力をしてきたと思う。そして、君たちはその努力が実り、この地に立っている。だが、それだけで満足しているのならば今すぐ帰った方がいい。……いや、胸の内に覚悟を秘めたる者以外は即刻帰れッ!」


 第6クラスから第25クラスの八百人が集まるグラウンドが揺れた。朝礼台に立つ、痩せたタキシードの男が発した言葉は、彼の経験や威厳、そして覇気を内包したその言葉はこの場に立つ生徒全員に届く。しかし、誰も動かない。

 男は自らの白髭を撫でながらぐるりと生徒を見渡した。


「……そのような半端者はいないようだな。覚悟ある君たちは才能の塊だ、魔法士の雛鳥だ。その覚悟を折り、生半可な気持ちでこの三年間を過ごさないことを祈る。理事長、マークス・ウルからは以上だ」


 この場に立つ誰もが現実味を帯びたマークスの挨拶に息を飲んだ。

 グラウンドが静寂に包まれる。ある者は彼の言葉に覚悟を決め、またある者は自らの野望に向けて気を引き締めていた。 下を向いている者は誰もいない。

 婆さんが声を張り上げた。


「ーーよし、それじゃああんたらは今から合宿だよ! 場所は毎年恒例の霊峰『サクリファイズ』ここで上位クラスとの差を埋めるよ!」


「「「「「オォッ!」」」」」


 気迫すら感じる勢いで返事をする生徒。一方、俺は今初めて合宿なんてものが毎年恒例であることを知った。

 着替えとお菓子は道中で買うかーー


『それじゃあ、転移!』


えっ


 ★


 ーー霊峰『サクリファイズ』

 マジク魔法国に聳える大山であり、巨大な霊脈が通ることで有名な、その名の通り霊峰なのだ。

 周辺は開拓されており、安全は保証されているのだが、山の麓からは木々が生い茂り、山頂に近づくほど生息する魔物が強力になっていくため、未だ頂上に辿り着いた者はいないという。

 そんなわけで、俺たちは『サクリファイズ』に来ている。今は学校が所有する屋敷での自由時間である。


「それで、その頂上には『夢をなんでも叶えてくれる杖』があるらしいんだ! 憧れるなぁっ」

 

「そうだね〜」


 弾んだ声で語るアイラにクラスメートの視線が集まっているが、本人は気づいておらず、でねでね〜、とトークが止まる気配はない。


「サクリファイズのどこかには神殿があるらしくて、そこにカップルで行くと、魂で結ばれるらしいんだよ! 行ってみたいなあ」


 アイラは少し頬を紅潮させてそう言う。アイラは俺を弟扱いしている。しかし、態度には出していないが、俺にとっては妹のようなものだ。アイラは誰が好きなのか、兄として知りたいところである。いや、知る権利がある。


「そうなんだ。アイラは誰とーー」


「おい、煩いぞお前ら」



 注意してきたのは、ワックスで固めた茶色の髪が印象的な少年だった。背が高いため、歳も俺たちより上だろう。服装も良い素材を使っている。恐らく貴族の息子である。


「あ、ごめんね」


「全く、これだから低俗な異族は……」


 ……普段なら反論しているところだが、アイラが気にした様子もなく俺の頭を撫で回しているので気がそがれた。

 平民に失礼な貴族とかありふれてるぞ。


「おい、何無視してる」


 黙ったままだと舐められそうなので、一つだけ言っておく。


「第20クラスにこんなお兄さんがいるんだね」


 この学校、年齢別に定員を絞ってはいるが、実力に関しては年齢関係なく序列付けされる。そのため、何年も魔法の練習をしている年上の人は経験や実力があるため、上位クラスに集まるのだが、この少年は第20クラスにいる。つまり、才能のない部類なのだ。

 少年は顔を真っ赤にし、俺を睨んだ。


「っ……俺はこんなところで埋もれてるわけにはいかない! だから、くれぐれも邪魔をするなよ!」


 そう告げた少年は俺に背を向けた。


「そう言えばシアン、昨日の子誰なの?」


 俺の頭の上にあるアイラの手が止まる。アイラによる詰問が始まってしまった。

 因みに、リアは第10クラスなのでこの場にはいない。


「ま、まあ、友達かな」


「本当に? あの子、シアンのこと見て顔赤くしてたよ?」


 やっぱり妙に気に入られてるみたいだ。


「そんなわけないよ。あの子は両親がいないから……」


「そうなんだ……。ごめんね、疑って」


 なんとか理解してもらえたようである。


「それじゃあ、シアンはずっと私と一緒だねっ」


 ニコリと微笑む可愛い姿に一安心……あれ?


「シアンはずぅーっと私と一緒にいるんだもんね〜」


 アイラよ、姉弟とはずっと一緒にいるものではないのだよ。


「アイラ? 俺の故郷にはこんな言葉があるんだ。一期一会と」


「シアンは私といるの嫌なの?」


 俺が諭すように語りかけると、アイラの声は小さくなり、微かに震えている。


「いや、そんなことないよ」


 ……ま、そのうちその辺の常識を教えていけばいいか。

 一瞬、室内にそよ風が吹いた。


『あんたら、聞こえるかい? 今からクラス対抗でマラソンを行ってもらう。コースはサクリファイズの麓一周。それを二日で完走してもらう。ルートは決められているからそこを外れないように。それ以外は暴力以外なにしてもいいさ、魔法を使ってもいいし、何かキテレツな発明をして一気にゴールしてもいい。だが、クラスメート四十人全員がゴールしない限り完走とは認めないよ。出発時間は昼の一時、宿泊施設は道中にあるから自由に利用するように。けど、職員に進行を止められたらおとなしく施設にいるように。以上』


 風魔法を使った婆さんの連絡は終わった。どうやら速さを競う遠足をするらしい。


『あ、そうそう。安全のために各クラスに二人、冒険者ギルドの冒険者一人と、ウチの学校の三年生一人が付くから死ぬことはないので安心しな。尚、今回の順位順に教室の設備とかが決まるから、死に物狂いで頑張るように』


 死ぬことはなくても怪我をすることはあるみたいな言い方である。実際、あるんだろうが……。


「よし、お前ら! 絶対勝つぞっ!」


 先ほどの少年の鼓舞に応じ、第20クラスは準備を始めた。

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