第10話修羅場

 翌日、俺たちは入寮の準備があるため再び学校に来ている。必ずしも入寮しないといけないわけではないが、入寮するのは無料なので、入寮すれば朝昼晩の食事代、宿泊代が浮くのである。要するに、働かなくて良いのである。

 しかし、その蜜に辿り着くためには困難を乗り越えなければならない。


「うはぁ〜、何時間待ちだろこれ」


「一時間じゃ済まないね……」


 リアに肩車してもらって分かったのだが、受付は箱詰め状態であり、学校の長い廊下を飛び越えて校舎の外まで列ができていた。


「なんでこんなに混んでる時間に来たんだろ」


「シアン君が寝坊するからよ!」


「そーだった」


 今現在の時間は十時。地球と同じ一年365日、一日24時間なので、時間感覚は気にしないでいい。

 本来ならば八時に並び出す予定だったのだが、二度寝がしたいがためにリアにごねた結果、予定より二時間遅れて宿を出ることになったのである。


「もうっ。だから早く来たかったのに」


 拗ねたように口をとがらせるリアに謝罪を述べていると、腹部に鈍痛が走った。


「シアーン!」


「ぐぶっ!」


 頭突きという形で。

 お腹を襲った衝撃に空気を吐き出しながらそのまま押し倒される。


「えへへ〜、お姉ちゃんが帰って来たよ?」


 そのまま俺の上へ乗っかり、眩しい笑みを向ける少女はアイラである。

 

「ゴホッゴホッ、なんでここに……あー、そういや婆さんが言ってたな……」


「シアン成分補給しないと〜」


「んぐっ!?」


 考え事をしていると、アイラが抱きついてくる。彼女の方が背が高いため、俺の顔はアイラの胸の辺りに当たることとなる。

 まだ未成熟なのでなにもないのだが……。


「ち、ちょっと、あなたシアン君のなんなの!?」


「んー、お姉ちゃん?」


「んなっ!?」


 アイラの胸の隙間からリアを覗くと、リアが顔を赤くして突っかかっている。そして、アイラの返答で更に顔を真っ赤にして俺を見ていて、何か物言いたげだ。


「シアンはお姉ちゃん大好きだもんねーっ」


「う、うん……」


 それを傍目にアイラは俺の頭を撫で始めた。

 アイラに頭を撫でられると俺はもう彼女に抵抗できない。彼女の言葉に肯定してしまう。


「シアン君!? あなた、シアン君から離れなさいよ!」


「嫌だよーだ!」


「「ぐぬぬ……」」


 アイラは、俺に私の所有物だと言わんばかりに抱きつき、リアはそれを竜人の威圧感でアイラを威嚇し、一触即発の雰囲気が二人の間に流れる。

 まさに修羅場である。

 こんな衆人環視の中で喧嘩でもされたらたまったもんじゃない。まして魔法でもぶっ放されたら入学前に退学すらありえる。そうしている間に二人は魔力を溜め始めた。

 やばいやばいやばいやばいーー


「二人とも、落ち着いてっ!」


「「うるさい!」」


 泣きそうである。

 しかし、まだ俺の学校生活は死んではいなかった。


「こら、皆さんの迷惑になるからやめなさい」


「お父さん! ごめんなさ〜い」


「あ、すみませんっ」


 アイラのお父さんが柔らかい笑みでアイラを窘めた。元々西洋風な顔つきでイケメンなのだが、今はその精悍な顔が輝いて見える。


「シアン君もすまないね、ウチの子が迷惑をかけて」


「いえ、大丈夫ですよ」


「ありがとう。ところでそこの子は?」


 アイラのお父さんはリアを見て尋ねた。


「えっと、私は竜人のリア・ドラグニールと言います」


「ほう、竜人とは珍しいね、シアン君はなかなかに女ったらしみたいだね」


 アイラの父は快活に笑う。彼の視線の先には頬をぷくっと膨らましたアイラがいた。


「負けないもん!」


「わ、私だって!」


 負けじとリアも口を開くが、このまま放置すると先ほどの二の舞になりそうだ。


「ちょっと、カマかけないで下さいっ」


「あはは、ごめんね。それより、これから入寮の手続きに行くんだけど、君たちも来るかい?」


「え? 並ばないんですか?」


「シアン君も知ってるだろうけど、学園長とは知り合いだから優先的に見てもらえるんだよ」


 学校としてそれはどうなのかと思う。

 ……俺たちはアイラ父のご厚意に甘えることにして、無事に入寮の手続きを終えることができた。

……二人の関係はとても無事とは言えない気がするが。

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