第9話再会

 案内員に連れられ校内を少し歩くと、他とは違う豪奢な扉があり、案内員もそこで立ち止まる。


「学園長」


「あぁ、来たのかい。入っていいよ」


 案内員がノックし声をかけると、扉越しに返事がきた。


「では」


 一礼をして案内員が下がる。それを確認した後、俺は扉に手を掛けた。


「失礼しまーす」


 扉の先には調度品が飾ってあり、そのどれもが一級品だということを感じさせる風格を持っている。その中央にはソファが机を囲むように設置してあり、そこに見慣れた顔があった。


「まったく。ちゃんとした敬語が使えないのかい?」


 堂々と我が物顔でソファに座る婆さんはやれやれとかぶりを振る。


「婆さん、一度も俺に敬語を教えなかったじゃん」


 いつもの婆さんの姿を見て、皮肉を口にするも自然と口元が緩む。


「そうだったかい? まあそれはいいさ。あんた、入学試験で試験官を倒しかけたそうじゃないか。あんたはそのまま戦争の駒にされたいのかい?」


 現在、有能な人材は祖国で軍人として召集されやすい。なんでも、今は魔国に矛先が向かっているが、魔国以外の国どうしでも睨み合っているらしい故、戦争に備えて戦力が欲しいのだ。


「それは婆さんがこの世界の基準をあんまり教えないからじゃん!」


「見たらなんとなく分かるはずだ! 少なくとも私は分かる」


 なんという暴論であろうか。こんな独裁者が魔法学校の学園長で良いのだろうか。


「それにしてもあんた、私が学園長と聞いて驚かなかったのかい?」


「校内に入った辺りから魔力感知を使ったから知ってた」


「そうかい……。その子は?」


 婆さんが、ぽかんと口を開けているリアを見る。


「魔法学校までの道中に出会ったんだよ。名前はリアって言って一年だけ面倒をみることになったんだ」


「ふぅん。竜人かい」


 愉快そうにリアを見て、婆さんは視線を俺に戻す。


「それじゃあ、本題に入ろうかい。私があんたを呼んだのは、あんたが無駄に目立ったからどうしようかって話さ。本来なら全体の最も優秀な人材が集まる第1クラスになるんだけど、最近は貴族が優秀な子を産むために、有名な魔法使いと交わる事が多くてね、貴族の子が多いんだよ。だいたい第10クラスまでは貴族が多いかね」


 魔法学校は数字が若いクラスほど実力が高いのだ。


「俺、礼儀作法とか知らないから無理かも」


「だろう? それでだ、丁度アイラの親から、あんたと同じクラスにして欲しいと頼まれててね、アイラは20クラスなんだけど……」


 貴族サマに気を遣って学校生活を送るか、アイラと底辺のクラスで気楽に過ごすかの二択というわけである。


「アイラと同じクラスでいいよ」


「そう言ってくれると思ったよ。断ってたら火炙りじゃ済まなかっただろうね……」


「選択権なしかよ」


 俺と婆さんでダラダラ会話をしていると、リアの唇が微かに震えた。


「し、シアン君のお祖母様って……」


 フリーズしていた脳みそがようやく仕事を始めたらしい。


「魔法学校の学園長……?」


「うん、黙っててごめんね」


 俺もさっき知ったばかりなのだが、事情を話してもややこしくなるだけなので黙っておく。


「どうりで凄いわけよ……はぁぁ」


 深いため息である。とても十歳の少女が吐くものとは思えない。


「リアちゃんだったかい? こんな間抜けなガキンチョだけど、これからもよろしく頼めるかい?」


「は、はいっ!」


 魔法学校学園長からの依頼に、リアは背筋を伸ばすのだった。



 地面に紅い炎が衝突し爆音と砂埃が闘技場を包む。その中から聞こえた鈴の音の声と同時、子供なら身体が浮き上がりかねない強風が吹き荒び、風魔法の不可視の刃が爆炎の主に襲い掛かる。しかし、直撃すると思われたそれは地面から噴き上がった豪炎に掻き消される。彼が一息吐いたその時、穴が開いた炎から剣尖が見え、首を貫いた。


「そこまで!」


 審判と思わしき女性の一声の後、ガラスが割れたような音が鳴る。すると、首を剣で一突きされたはずの男性と、艶のある長い黒髪の女性が握手し、それぞれ闘技場に背を向けた。


「す、凄い。あれが学校のトップなのね……」


 リアは頬を赤らめて見惚れている。その理由は、その強さ、更には彼女の持つ美貌にもよるところがあるだろう。なにせ、彼女は姫草 遥、俺の幼馴染なのだから。


「本当だね。魔法に加え剣術も一流って」


 しかし、気掛かりなのは彼女の目である。前世ではもっと生き生きとした、毎日が楽しくて仕方がないっ! みたいな目をしていたのに、今はその瞳に何も映していない気がした。

 遥を目で追っていると、視線に気づいたのか振り向き、俺と目があった。


「あ、どうも」


 俺の声を聞いた瞬間、僅かに遥の目が見開かれたような気がする。


「こんにちは。合格が決まった日に見学なんて熱心ね」


「あはは、合格が決まった日に呼び出しくらっちゃったもんで、ついでに見ていこっかなって思って」


「そうなの。私はハルカ・ヒメクサよ、この学校の生徒会長をしているわ。入学式・・・の時にはよろしくね」


 この学校の入学式は幾つかの場所に分けて開かれ、上位の五つのクラスは体育館で挨拶は生徒会が、他はグラウンドで先生が行う。理由は幾つかある。

 一つは、各学年千人のマンモス校だから。

 一つは、競争させるためである。魔法学校のクラスは実力順にクラスわけされており、上位クラスはよりよい設備、環境で講義を受けることができる。その逆も然りなわけである。

 しかし、魔法学校には『下剋上』というシステムがある。

 下剋上システムとは、クラスの申請により行われる戦いで、申請されたクラスは特別な事情がない限り受けなければならない。

 クラス対抗で行われる団体戦であり、勝負内容は様々であるが、下位クラスが上位クラスに勝てば、設備を入れ替えられるというシステムである。

 下剋上システムがあるおかげで、下位クラスは下剋上を目指し努力するし、上位クラスは下剋上されまいと努力する。そうすることで学校全体のレベルが上がるわけである。

 そんな理由で入学式が分けられるのだが、遥は俺の実力を見据えたのかもしれない。


「シアンです。入学式なんて、俺はそんなに凄くないよ」


 だが、俺はシアンである。異世界まで来て西宮 悠河を引きずるのは野暮というものだろう。


「そうなの? まあいいわ、それじゃあまた」


 薄く微笑んで、今度こそ遥は闘技場を出て行った。完全に実力を見抜かれているな、これ。


「よ、よく緊張しないで喋れるわね、シアン君は」


 遥はもういないのにも関わらず強張った表情のままのリアである。


「まあね。それじゃ、帰ろうよ」


 さらっと流すと、ぷくっとほっぺを膨らますリア。何故かご立腹のようである。


「あんな凄い人と緊張しないで話せるなんて、シアンがお兄ちゃんみたいじゃない……」


「え? なに?」


 何か呟いたようだが聞こえなかったので聞き返すと、リアは俺に背中を向けてしゃがみ込んだ。


「ほら」


「どうしたの?」


 何がしたいんだ……。


「早く乗って!」


「なんで?」


「も〜! シアン君がどんなに強くても私がお姉ちゃんなのっ! だから疲れたシアン君をおんぶして帰るのっ!」


 なんだか泣き出しそうな勢いで叫ぶリアに動揺してしまう。


「え、でも……」


「……私がお姉ちゃんじゃ嫌なの?」


 そして突然の涙声。もうどうしたらいいのか分からない。成るように成れ。


「えっと……リアがお姉ちゃんがいい」


 すると、ぴくりとリアの身体が動いた。


「ほんと?」


「うん、リア大好きっ」


 恐らく俺の顔は今真っ赤だ。年甲斐もなくこんなこと言うのはとても恥ずかしいのである。


「ほんとのほんと?」


「うん、リアと出会えてよかった」


 リアの顔に大輪の花が咲いた。とても満足気な様子で私の背中に乗りなさいアピールをしている。


「なら、お姉ちゃんに乗りなさいっ」


 だからなんでそうなった。

 しかし、ここでおんぶされなければ同じことを繰り返しそうだ。


「は〜い」

 

 リアの背中はとても暖かかった。

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