第8話合否発表

 翌日、俺とリアは魔法学校の門前を訪れていた。

 最寄りの南門にいるのだが、人が多すぎて十歳の身長でも当落表は見えない。まして五歳児など見えるはずもない。よって、二人で力を合わせている。

 要するに肩車である。

 

「ねえ、見えたかしら?」


「やっと大人の人と同じ目線だよっ、あと10センチは欲しいな」


「なんとか頑張れないの!?」


「もう精一杯だよ!」


 必死に首を伸ばして高さを出そうとしてみるも、視界良好とまではいかない。やはり子供二人で人混みに挑むなど無謀だったのだ……。


「焦れったいわねえ!」


 リアが俺を背負っているにも関わらず地団駄を踏む。


「うわっ」


「きゃあっ!」


 そして案の定俺は体勢を崩し落下、リアも巻き込まれて倒れる。


「いたた……」


「いっつぅ〜。リア、大丈夫?」


「ええ、なんとかね。……ってシアン君、腕が!?」


「え? あぁ、大丈夫だよこれくらい。ヒール」


 俺の左腕が変な方向に曲がっていた。俺が落下の際、地面に手をついた後にリアが倒れこんできたため、彼女の体重を支えきれずに折れてしまったのだ。

 俺は適当に呟いて、魔法を使いそれを治すことで無事をアピールする。


「本当に凄いのね……関心しちゃうわ」


 リアは驚いたように口を開け、少し頬を赤く染めた。


「大丈夫かい? 当落表が見たいなら肩車をしてあげるよ」


 雑踏の中から一人の青年が声をかけてきた。人の良さそうな笑みを浮かべて俺たちに手を差し伸べている。彼の好意を無碍にできないのでそれを受けることにする。


「ありがとお兄ちゃん。早く見たくて仕方なかったんだ」


 肩車をするためにしゃがみこんだ青年に俺は乗っかる。青年が立ち上がると、一辺につき数十メートルはあろうかというほどの大きな紙に文字が余すところなく羅列してあった。こっそり視力強化の魔法を使う。


「リアの番号は?」


「120番よ」


 事前登録していたため、リアの番号はとても若い。視線を巡らすと、リアの番号があった。


「リア、あったよ!」


「本当に!?」


 少し硬くなっていた表情が一気に緩み、だらしない顔になっている。年相応の反応で可愛い。

 次は俺の番だ。俺は7000番。順を追って探していく。……。


「ねえシアン君。シアン君のはあったの?」


 ない、だと!?

 確かに目立ちたくない気持ちはあった。油断もあった。だが、試験官に負けないで落ちることがあるのか? ……まさか! 俺の前の子が弱すぎたのか!? 負けないことは普通なのか!? そんなバカな……。

 身体の震えが止まらない。冷や汗が頬を伝うのを感じる。


「ちょっ、痛い痛い!」


「あっ……」


 いつの間にか青年の髪を思いっきり握っていたようだ。しかし言葉が出てこない。イジメられてもこんなことなかったのに……。

 青年が肩から俺を下ろし、気まずそうに目を逸らしている。


「……肩車、ありがとう、ございました」


 必死に紡いだ言葉だった。


「シアン君……」


 リアに声を掛けられるが、上を向けない。潤んだ目を見られるのが恥ずかしくて、悔しくて、なによりリアの顔を見ると感情が抑えられなくなりそうだった。


「んんっ!?」


 突然、抱きしめられる。この匂いはリアだ。リアは力いっぱい俺を抱きしめ、頭を撫でてくれる。

 俺はそれだけで、それだけでとても心が落ち着いた。

 やっぱり心が身体に引っ張られているのかもしれないな。


「リアぁ……」


「シアン君、泣きたい時は泣いてもいいのよ?」


 十歳の子供にこんなセリフを言われるなんて。恥ずかしいけど、今は心に染みる。


「ゔんっ……」


 遂に嗚咽が漏れる。俺はこんなに弱かったのか、と自覚する。

 そんな時ーー


『ーーえー、受験番号7000番。至急来賓室に来るように。再度告げるーー」


 とスピーカーか何かで放送された。


「あ、俺の番号だ」


「へ?」

 

「シアン君? 何かやらかしたの?」


 心配そうな顔でそう聞いてくる。


「いや、そんなことしてないけど……?」


 心当たりが全くないため、首を傾げるしかできない。無詠唱は普通の人はできないとは婆さんから聞いているのでそこはケアしたはずだ。あまりにも適当すぎたか?


「とりあえず行こっか」


「そうね」


 俺たちは二人で人混みを突き進んだ。そして門の前に立つ何人かの門番に声をかける。


「すいません、受験番号7000番ですが」


「あぁ? なんだ貴様、ハーフの分際で」

 

 門番が俺を睥睨する。

 この世界ではハーフは忌み嫌われている。 婆さんと別れてこれまでは、出会った人が良かったのか気づかれていなかったのかは分からないが触れられなかったが、この魔法学校のあるマジク魔法国などの多国籍国家は兎も角、単一種族が政権を握っているような国ではハーフの扱いは散々なのである。

 なぜなら自らの種族を至上と思っているから。


「ちょっと! ハーフだからってなによ!」


 リアが食ってかかる。彼女はまだハーフに対する価値観を理解していないみたいだ。親がそう仕向けたのかもしれないが。


「血を穢した下等生物を擁護するのか貴様?」


 だが、多国籍国家であるこの国にもその価値観は根強く存在しているのだ。


「その人の自由なんだから誰と結婚したっていいじゃない! 」


「いいや、どの種族であろうと、多種族と交わり子をなすなど言語道断だ」


 貴族王族が存在する時代だ。血統を重んじる風習なのである。


「全く。親の顔が見てみたいぜ」


 あ?


「……おい、何つった」


 門番の言葉が俺の琴線に触れた。

 俺の親は、俺が将来苦労しないように、あの【魔帝】に頼み込んでくれたのだ。


「謝れ」


「おい、誰に口聞いてんだよガキ。お前こそ謝れ」


「……もう一度言う。謝れ」


「話聞いてんのか、オラァ!」


 門番の拳が頬に刺さった。肉を打つ鈍い音とともに、俺は倒れる。


「し、シアン君!!」


 リアの悲鳴のような声が聞こえ、駆け寄ってくる。俺はそれを傍目に口を歪めた。


「おい! お前何やってんだよ! 何もしてない子供に手あげて! この国の法律知ってんのか!?」


 近くにいた別の門番の言葉を聞いて、門番の顔が真っ青になった。

 少なくともクビにはなるだろう、ただの子供に手をあげたのだから。内地での門兵ほど安全に安定して稼げる仕事は少ないだろう、ざまあ。


「お、おいガキ、お前は何もされてない。いいな?」


「……くひっ」


 思わず声が漏れる。愉快である、愉快すぎて今にも踊り出してしまいそうだ。


「う、うわぁあぁん!」


 大声で泣く、喚く、暴れる。周囲の注目が俺と、近くにいた門番に集まり、何が起こったのか憶測が飛び交う。


「この人に殴られたぁぁ!!うわぁぁん!」


 観衆が騒めき、俺の言葉を聞いた人が高価そうな鎧を着た人を連れてきて、事情を説明する。


「ちょ、ちょっと待ーー」


 俺の泣き声が響く中、その門番は手錠を掛けられてどこかへ連行された。

 視線がそちらへ向かっているのを見て、俺とリアはそそくさと学校の中に入ったのだった。

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