第7話 試験

 明朝、漸く魔法学校のある街まで着いた。丸一日寝ていないため、今にも倒れそうだ。


「ん……ふあぁぁ……ここは? ってきゃあっ」


 リアは俺が担いでいることに驚き、地面に降りる。 そして俺の顔をまじまじと見てきた。


「君はさっきの……ありがとう、両親を葬儀してくれて」


 儚い笑顔を浮かべるリアの顔が霞む。瞼に重りでも付いているかのように重い。身体が十分に動かない。そうだ、大体五歳児が徹夜なんてできるはずなかった。


「魔法学校まで……頼む」


 俺の意識は糸のように途切れた。



 喧騒に目が覚めた。ざわざわとしか音が判別できないくらいには騒がしい。


「起きた? ここが魔法学校よ」


 俺はリアに背負われていたらしい。リアの視線が向かう先には日本で言う、その中には琵琶湖はあろうかというくらい大きな敷地面積を持つ、巨大な門があった。


「うおぉぉぉ!! すっげえ」


「ふふ、あんなに強いのに可愛いところあるのね」


「う、煩いな」


 年甲斐もなくはしゃいでしまった。まだ十歳の少女に指摘されるととても恥ずかしい。


「君、名前は?」


「シアンって言うんだ」


「シアン君ね。私はリア。リア・ドラグニールよ。君も魔法学校目指すなら、一緒に頑張りましょう」


「うん。俺も頑張るからリアも頑張ってね」


「ええ。それじゃあ受付を済ませるわよ」


 俺たちは長蛇の列に並び、入学の手続きを済ます。

 そして、年齢が違うため別々の列に受験の順番待ちで並ぶ。

 五歳児の枠は、結構な数が親子で来ていた。子供だけならず、親までもが顔を強張らせ、緊張の色を露わにしている。

 そんなこんなで数時間。漸く俺の前の番まできた。

 試験会場は平地を柵で区切っただけなため、ギャラリーが豊富である。


「よし、始めっ!」


「ーー炎熱よ、木々を燃やし、業火の限りを尽くせ!『フレイムボール』!」


 俺の前に立っていた女の子が詠唱を開始、魔法を発動する。大層な呪文のわりにバレーボールくらいしか火球の大きさはない。火球が向かう先に仁王立ちする監査員は感心したように声を漏らす。


「ほう。沈め、はるか海の底へ『アクア』」


 監査員の放った津波はフレイムボールを呑み込み、勢いそのまま少女に襲いかかる。


「きゃあ!」


 少女が身体を強張らせ、悲鳴をあげた瞬間に津波は霧散する。


「よし、6999番。帰ってよし」


 次は俺の番である。


「7000番。入れ」


「は〜い」


 策を跨いで試験会場に入る。会場には魔法を吸収する結界のようなものが張ってあるため、ある程度の魔法は大丈夫だろう。

 監査員は会場の端に佇む人と目配せしたあと、開始の合図を口にする。


「今から試験を開始する。かかってこい」


 ゆったりと、しかし隙のない構えだ。

 相手は監査員。俺よりずっと強いんだろう。ここは胸を借りよう。


「お願いします。ーー潰せ」


 一礼した後、魔法を発動する。

 監査員を囲むように地面が隆起、そのまま押し潰さんと収束する。


「一節詠唱!? 沈め、はるか海の底へ『アクア』!」


 監査員が放った水魔法は土の壁を破壊ーーすることなく、内側に溜まることで壁際から脱出することに成功する。まさか、破壊するのではなく脱出のために水を溜めるとは、流石だ。


「そんな使い方が!? 勉強になるよ。じゃあ次は「ま、待て! 」ん?」


「これで終わりだ。帰ってよし」


 監査員は何か焦ったような表情で告げた。


「は、はあ」


 釈然としないが変に食いついても評価を下げるだけだ。素直に従おう。


「ありがとうございました」


 策を乗り越えて、後列が並んでいるところを歩いていると、やけに騒がしくなっている。


「シオン君! 見てたわよ、凄いじゃない一節詠唱なんて」


「ん? そうなの? ありがとう」


 一節詠唱? なにそれ。世界では、魔法には詠唱が必要だと思われているって婆さんは言ってたけど、詠唱って適当な一言じゃダメなの?


「聞いたことない詠唱だったし、本来の詠唱ってどんなものなの?」

 

「えっ! いや、き、企業秘密かな〜」


 適当に呟いてやってるだけなのに詠唱なんて大したもの使えねえよ。


「ふふふ、そう」


 リアは楽しそうに笑う。


「それじゃあ、私は宿に帰って休むわね」


「うん、それじゃ……あっ」


 俺は昨日、タチの悪い奥さんにリアの面倒を任されたのだ。このまま別れて誘拐でもされたら胸糞悪い。

 だが、二十歳オーバーの成人が齢十歳の少女を誘うのか!? 犯罪だ。

 だが、同じ宿には泊まっておきたいのだ。


「どうかしたの?」


 赤い髪がはためく。視線が交差する。


「えっと、いや、その……」


 言葉に困り、下を向く。視線の先には小さな足。

 そうだ、俺は今五歳児だ。一緒の宿にいても何の問題もない。


「今日の宿が……」


「あっ、そうよね。いくら強いと言ってもまだまだ子供だもの。夜一人で寝るのが怖いのね、リアお姉さんが一緒に寝てあげるわっ」


「ええっ!? あ、ありがと……」


 何故か二人でベットインすることになってしまった。



 リアと俺は今、大きな字で『のどかや』と書かれた看板が一際目立つ宿の前に立っている。石造りの外観は時代背景を写している。

 俺たちはちょうどチェックインを終えたところである。

 何故休む予定だった宿の外へ出てきたかというと


「なにあの人、怖い」


「俗に言うオネエってやつだね」


 店主はオネエである。しかも完璧なプロポーションを備えた。スレンダーな身体の上に乗っかるおっさん顔はもはや人知を超越していると言っても過言ではない。そんな店主に動揺して、思わず外へ出てしまったのだ。


「シオン君は怖くないの?」


「ま、まあ、動揺しちゃったけど、人は見た目じゃないし……」


 本当は物凄く怖いです。


「強がっちゃって〜このこの〜」


「痛い痛いっ、やめてよ〜」


 頭をグリグリとしてくる。痛い、やめろ。


「でも、入らないとご飯も食べれないし、部屋にも入れないわね」


「入るしかない、ね」


 俺とリアは頷き合い、意を決して宿の中に入る。


「あら、さっきはどうして出てっちゃったの〜?」


 俺たちに気づいた店主がこちらを振り向く。

 無駄に赤い口紅が青髭と対比されて目立っている。


「ちょっとトイレを探しに」


「あらっ、あなた達二人で生活してるの? 大変ねぇ、困ったことがあったら何でも言ってね!」


 質問に答えたのに無視されたことに対するイライラはおくびにも出さない。


「ありがとうございます。早速、部屋に案内して欲しいんだけれど」


「分かったわ。八時に夕ご飯だから、降りてきてね」


「分かりました」


 部屋に案内され、何とか難を逃れたようだ。

 悪い人ではなさそうなのだが、何と言うか、本能的に恐怖を感じる。捕食者と被捕食者のような感じだ。


「ふう、疲れたわね。学校の合否は明日、各門に張り出されるから見に行くわよ」


「は〜い」


 月は上り、二人で一緒に寝た。


 この日ほど、まだ五歳児の身体で良かったと思ったことはなかったーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る