第6話竜人の少女、リア
「あと五十キロっ……」
茜が指す時刻。
魔物に出会うと厄介なので、脳内で術式を描き、魔力探知の魔法を発動する。すると、街までの道中に幾つもの人間の反応があった。
そうこうしているうちに通りかかったため木の裏に身を潜めて覗いてみると、そこには馬車が倒れ、その馬車を守るように立つ十歳くらいの赤い髪の少女、と彼女に下卑た視線を送る薄汚れた格好の男達十人以上ーー盗賊が相対していた。ひとまず身を隠すことにする。
「くひひっ、こりゃ上玉だぜ」
「でけえ胸だ」
「早くやっちまおうぜ!」
「くっ……」
右腕を抑える少女は全身を舐め回すような視線に顔を顰め、キッと睨む。しかし身につけている上着やスカートはボロボロになり、抑えられた右腕は赤く染まりつつあり、満身創痍なのが一目でわかる。
「この時期は魔法士になりたい、とかいう金持ちのボンボンが沢山くるから美味いねえ」
圧倒的数の有利に油断しているのか、得物で遊んだり談笑しだす盗賊達。彼らは小声で詠唱を始めた少女に気づかない。
「ーー切り裂け『風の刃ウィンドブレード』!!」
「たまにこんな上物もいーー」
掲げた左手から発現した風魔法は談笑に夢中で視線を彼女から外していた男の首に吸い込まれ、そのまま肉を、そして骨を断ち切った。吹き上がる血飛沫に動揺を見せた盗賊達だが、次の瞬間には怒りに眦を吊り上げた。
「てめぇ、よくもッ!」
「ヤってから殺そうと思ってたがもうやめだ、今すぐ殺す!!」
盗賊達は一気に肉薄する。この人数差だ、幾ら魔法が使えようと、あの子供には勝ち目がないだろう。
彼女も諦念したのか、体を強張らせ、目を閉じた。
「そろそろかな」
盗賊達を横一文字、風の刃が両断した。
いつまで経っても訪れない痛みを不思議に思った少女はゆっくりと目を開け、そして見開く。
「……えっ」
まあ、血溜まりと無惨に転がる死体を見たらそうなるだろう。だが、すぐさま我に帰り、馬車に駆け寄る。
「パパ、ママっ!」
必死に呼びかけるが、しかし、返事はない。少女は馬車から両親を救出しようと扉のなかに手を突っ込むが、少女だけでは力が足りず、上手くいかない。
「パパ、ママ、今助けるから……っ」
目に涙を溜めて、相当痛むであろう右腕すらも馬車に突っ込むが、馬車の中から人が出てくる気配はない。
「くぅっ、やだ、死なないで」
右腕を襲っているであろう激痛に顔が歪んでいる。もしくは、両親の死という事実を直視して、なのかもしれない。
もはや痛々しい少女をこれ以上は見てられない。
「手伝うよ」
「……子供?」
こんな何もない道に子供がいるのが疑問なのだろう。俺もいたらビビる。しかし、そんなことを追及している余裕など、あるはずもない。
俺は五歳児の小柄な体を活かして馬車の中に入り、邪魔になるものを外に出していく。
そして、最後に少女の両親を協力して馬車の外へ出した。
「パパ、ママ……」
少女がいくら揺すっても二人は目を覚まさない。
「うぅ、ぐずっ、うえぇぇぇん……」
たった一つの嗚咽が、虚しく闇夜に響く。
この場には、彼女の辛さを共有できる者はいない。二人の死を本当の意味で悲しむ者はいない。
だから、両親の死を知らしめるように彼女は大声で泣いた。悲しみ尽くすために涙を枯らすまで泣いた。
「ねえ君。火の魔法は使える?」
ずっと見ているものではないので目を瞑っていると、少女が言葉を零した。
「使えるよね。なら、火葬してくれない?」
表情は見えない。
「人間は土葬が主流らしいけど、竜人は原初の龍『ドラグニール』様の操った炎に焼かれることで輪廻の輪に還るの。だから……」
少女の言葉が詰まる。もういいとの意を込めて口を開けた。
「わかった」
二人から離れる少女を見届け、形だけだが、詠唱を紡ぐ。
「龍に愛されしふたつの魂よ、我が焔の中で安らかに眠れ」
刹那、二人から火柱が上がり、二人の体を赤色に包む。
「っ……さよなら、パパ、ママ」
その炎を焼き付けるように見た少女は、糸が切れたように倒れた。
俺はそれをみるや盛大に燃えている炎を水をぶっかけて鎮火、二人を覆っていた水の膜も消しさる。
「……二人とも、生きてるんだよね。娘さんとても悲しんでるよ」
俺は怒りを以って何の傷も負っていない・・・・・・二人に問いかける。
「……」
二人はだんまりである。呆れてため息が漏れる。
「死んでるんなら、首を跳ねても問題ないよね」
と魔法陣を見せつけると、ようやく反応が返ってきた。
「ちょ、ちょっと待った!」
焦ったように父親が勢いよく起き上がったので、無言で説明を促す。
「竜人には、そういう決まりなんだよ」
「死んだフリして自分の子を悲しませる?」
そんなの、親として失格だ。
「いや、竜人ってのは生まれつき甘えん坊でね。親離れが大変なんだよ。だから、十歳の時にこうやって死んだフリや、行方をくらまして強制的に親離れさせるんだよ」
言いたいことがありすぎて呆れるしかできない。
俺のツッコミ魂が疼いて仕方がない。
「竜人って甘えん坊さんなんだね」
「グハッ!……恥ずかしながら。竜人の威厳を保つのに、甘えん坊なところがバレるとアレだろう? だからこんな決まりができたんだよ……」
「確かに、竜人って凄いカッコいいイメージがあったけど大暴落だよ」
「ガッハァ!!」
胸を押さえて仰け反る少女の父親を冷めた目で見ると、気不味くなったらしい、隣の奥さんを起こし始める。
「……ねえママ、起きてよ!」
「おい待て、甘えん坊治ってないじゃん!」
「うにゃ? なんだよ煩いな。リアは行ったのか? っているじゃねえか。バレたらどうするんだよっ」
娘と同じ赤い髪の奥さんは眠そうな目をして夫を叩く。
娘が慟哭している間寝てたのか。大物だな。
「娘さんは気絶してるから大丈夫だよ」
「なっ、お前、よくも私の愛娘をっ!」
奥さんは大きく目を見開き、戦闘の構えを見せる。
「ちょっと待ってママ、この子は娘を助けてくれた人で」
「ふっ、バレてしまったなら仕方がない。我が魔弾で貴様を消し去ってやるっ!」
視線が交錯する。一瞬の間を置いて、二人は地を蹴った。
「「おぉぉぉぉ!!」」
「んっ……」
少女、リアが声を漏らした瞬間、奥さんはさっきの位置に戻って目を瞑り、俺は何事もなかったかのように背中を向けた。
「……ただの寝言か」
「そうみたいだね」
「君たち切り替え早すぎない!?」
ただ一人取り残された父親のツッコミは森に虚しく響いた。
「煩い」
「グホッ」
なんだか夫婦漫才が無性にムカつくので、早く魔法学校へ向かおう。
流石に自分の娘が目を覚ますまでくらい、見守っているだろう。
「じゃ、俺はこれで」
逃げるように夫婦から背を向ける。
「待ちな!」
「なに……」
時間もヤバいし……。
俺がしぶしぶ振り返ると、奥さんは思ったより真剣な顔をしていた。
「ウチの子の面倒を見てやってくれないかい?」
「あはは、面白い冗談ですね。愛娘を五歳の子供に預けようとするなんて」
確かにリアは美人である。だが、五歳の子供には荷が重い。
「冗談じゃあない。私たち竜人は個体の能力がどの種族よりも高いのは知っているだろう。その代わり数が少ない。どうにも子供ができづらい体質らしくてな。この子も、村で十年ぶりの子供だったんだ。そんな子を一人にはしたくない」
竜人というハイスペックが沢山いたら、勢力図が一新されてしまうしな。
「俺には手に負えないよ」
まあ、それもひとつだが、俺が渋る最大の理由。それは竜人の目・。
竜人の目は史上最高の効力を誇る『命の薬』の材料になる。そのため昔、竜人狩りというものが流行ったそうだ。今は、戦争が無くなった平和な時期に結ばれた条約的なもので世界的に禁止されているらしいが、今でも密売する輩がいるため一人でいるのは危ない。
そんな経緯から俺は自分の手には負えないと感じている。
「ふーん。断っちゃうんだ。まあいいけどね。私たち見えるんだよね、中身と外見の違い。魂ってやつが」
「……で?」
竜人の目は特殊で、生物の魂が見える。生命いのちの奥深くを感じる力を有するがために、材料になるのだ。
「君、異世界の人でしょ。確か、五年前に三十九人が人間国で一斉召喚されたらしいじゃない。何故四十人じゃないのか疑問だったけど、そういうことね」
奥さんは愉快に口元を歪める。
俺が四十人目であることを人間国に報告されれば、もしかすると拘束されるかもしれない。それは非常にマズイ。俺の自由が潰されることになり、魔法を極められなくなる。
「それに、ウチの子気に入っちゃったらあげてもいいわよ。竜人は強い者に惚れる。君くらい強いなら任せられるわ」
勝ち目がなさそうだ。
「はぁぁぁ。分かったよ。その代わり一年間だけだよ」
「ありがとう」
そう言って奥さんはニッコリと笑い、俺に何かを手渡した。
菱形のペンダントだ。
「それを見せると竜人の遣いという扱いになるから楽に事が進むわよ、人間とエルフのハーフさん」
「あはは……ありがとうございます」
何枚も上手だったようだ。
「じゃあ、私たちは帰るから。何かあったらペンダントで伝えてね」
そう言って夫婦は空を飛んで月夜に消えた。
もうあまり時間はない。俺は竜人の少女、リアを担いで全力疾走で魔法学校へ駆けた。
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