【本物の笑顔】
私は、また、逃げた。
最低だ。
大好きな、神威くんから、逃げた。
最悪だ。
……でも、あのままでは。
私、ずっと、笑えなかった。
きっと、本当には、笑えなかった。
毎夜のように、夢に見る。顔中、血だらけの神威くんを。
毎夜のように、夢に見るから。私に、神威くんは、染み込んでいく。
怖かった。
あの日、美琴お姉さんの車に乗って、無理やり連れて行ってもらった現場で、神威くんは、顔中、血だらけだった。
おでこと頬っぺたと。生々しく切断された細胞達が歪んでいた。
乾いた血がどす黒くこびりついた箇所と、未だ鮮やかな赤が残る箇所と。その奇妙なコントラストが、網膜に焼き付いて離れない。
二度と、閉じられた瞳が開かないんじゃないかと思った。
状況を冷静に判断出来たなら、それは大袈裟な心配だったけれど。冷静に、なんて、とても無理。私の喉は、ひ、と不可思議な音をたてて、そのまま不愉快な叫び声へと変わったんだ。
もしかすると、葛西先生を突き飛ばしたかもしれない。
御子柴、来るな、とか。手で制された気もする。
今となっては、確かめようも、謝罪の仕様もなかった。
私は、皆から、逃げてきたから。
***
『あんた、どうしたいの?』
お母さんは言った。
いつも自分勝手で、お母さんの生き方に私と智を巻き込んできた人が、初めて、私の生き方を問うてきた。初めて、私の気持ちに関心を寄せた。
ちょっと、こそばゆい様な。嬉しい、とは、違う…と思いたい。
だって、ね。今まで散々、私に惨めで暗くいたたまれない気持ちを抱かせてきた張本人が初めて、真剣に土下座して謝ってきたから、って。
そう、簡単に。私の心が解きほぐれる訳、では。ないんだからね、そんな。そんな、簡単には。
『……逃げたい』
何もかもから。
そう呟いた小さな声をお母さんは、そう、とだけ平淡に受け止めた。
『山田くんの傍に、いてあげないの?』
『……苦しい』
お母さんはまた、そう、と応えた。幾分、悲しそうな声音に聞こえた。
右京くんの理由なき悪意がぶつけられた傷痕は、いやが上にも視界へ入る。
目を、逸らせる? 逸らしちゃ、駄目でしょう? 誰のせいで、神威くんはこうなったと思ってるの?
皆は、言ってくれる。
“ミコちゃんのせいじゃないよ”
でも、本当にそうですか? 本当に、そう思えるんですか? 世の物事に因果があるのならこうなった原因は、私にあるのではないですか?
生々しい縫合の痕。瞬きのたびに瞼の裏側が真っ赤に染まる。目眩がしそう。
脳からの指令は、きちんと神経を伝わってるのかしら。
笑って、明るく、普通に。
頬の筋肉は、言うことを聞いてくれない。
『……ねぇ。あんたがどっか逃げてる間に、山田くんの気持ちが変わっちゃったらどうするの? 誰か別の人に、とられちゃったら? あんた、その時もっと、苦しいのよ?』
『………』
『歯ぎしりしたって、地団駄踏んだって、どれだけ頭も身体も掻きむしったってどうにも、ならなくて。冷静でいられなくて、熱い想いはどこにもぶつけようがなくて、そのうち愛なのか憎しみなのか分からなくなって、でも無関心には戻れなくて』
あんた、そんな苦しみを味わう覚悟までしてるの?
肩で息をしながら、お母さんは一気に言葉を吐き出した。
……どうして。どうして、お母さんが泣くのよ?
覚悟、と。声にもならない囁きが、口の端から漏れる。
久しぶりに目にしたお母さんの泣き顔。こみ上げる嗚咽を噛み殺す様にして。肩を小さく震わせて。
あぁ、そうね。小さい頃、時々、遭遇した。
黒電話の受話器を片手に、もう片方の手で髪の毛をかきむしりながら、同じ様に泣いているお母さんの姿。受話器の向こう側にいたのは、万葉のパパだったのよね。
『……あんただけが、苦しい?』
なに? お母さん。母親面して、自分も苦しいとか言うの? 世の模範的なお母さん達と同じように。
それとも、神威くんも苦しいとか言うの?
そんなの、分かってる。笑えない、泣けない私を見て、そのたびに神威くんの優しい瞳に悲しい色がゆらゆら揺らぐ。
『……優しくて、綺麗で。素敵な、彼氏じゃない』
そうよ。そうなの。神威くんは、私には、勿体ないくらいの人なの。
『……礼ちゃんを産んでくれてありがとう、って。山田くんから、言われた。誰も、そんなの、言ってくれなかったのに』
ごめんね、と。お母さんはつけ足し、鼻を啜る。
『産まれてきてくれて、ありがとう、って。思ったこと、無かったの。女の子か、って産んで、すぐ、言われて。私の全部を否定された気がした』
とりあえず、という体で“礼”と名付けられた私を、お母さんが顧みる日はさほど無かったと思う。物心ついた時には、親戚や近所のおばちゃん達がお母さん代わり。
私は、いつも、寂しかった。神威くんの家族が、本当に本当に羨ましくて仕方なかった。
『……私。産まれてこない方が、良かったでしょう? 誰も、望んでくれなかったのに。誰も、かけがえなく愛してはくれなかったのに。そもそもっ……、私が、産まれてこなければっ! 神威くんは、あんな目に遭わずに済んだのにっ……!』
私の声は次第に大きくなっていった。
荒げたことなんて無かったからか。耳に入るそれは、自分のものではないみたい。
神威くんのお家の和室をお借りしていた。
さっきまでボンヤリと、一輪挿しの水仙だとか、柔和な笑みを湛えた美人画だとか、落ち着いた色合いの障子だとか。私の目に映っていたはずなのに。
激昂と共に狭くなった視野は、目の前のお母さんだけが捕らえることの出来る全て。
『………でも、今は、望まれて、愛されて。産まれてきてくれてありがとう、って。思ってくれる人がいるじゃ』
『お母さんじゃ、ないの?』
『え……、』
『普通、親じゃないの? そういう想いを、子供に注ぐの、って』
『あ……、』
『神威くんが、どうしてそんな素敵なことサラリと言えるか、ってね? 小さい頃から、たくさんたくさん注がれてるからよ? 本当の家族からの、本物の愛情や、優しさとか、思いやりも! 私が欲しかったもの! でも、私には無かったもの! たくさんたくさん持ってるから! だからっ……、私にも、惜しみなく、くれるのよっ……!』
こんなにも気持ちが昂ったのは、初めてで。私、結構 大きな声、出せるんだ、って気づいて驚いた。立て板に水、とはいかないまでも、言いたいことは熟考するより前に口をついて出るし。
でも、決して気持ち良くは、ない。それでも、溢れる様なこの感覚は、止められない。
私の内部で、奥深いところでずっとずっと閉じ込め、ねじ伏せられてきた汚い感情は、いつか、テレビで観たグロテスクな映画を思い出させた。
何かが、お腹から…いや、口から? 物質化し飛び出してくるんじゃないだろうか。
キリキリと、こめかみが痛い。ドクンドクンと荒ぶる血管が、頭を締めつけている。肩で息をする自分を宥めたくて、大きく深呼吸した。喉が、ひゅう、と不可解な音をたてる。
『……私は、智を、育ててる』
お母さんが育てないから、と。言いかけて、止めた。
『……うん』
『……絶対的信頼感って三歳までに形成される、って。育児書で読んだわ。智は、大丈夫かな。私はいつも、どこかしら迷いながら智を抱っこしてるけれど。それでも、感じてくれてるかな』
産まれてきて良かったんだ、と。礼ちゃんは、何があっても味方だ、と。安心して過ごせているのかしら。私の不安定さを、知らないうちに智へ押しつけたりしてないかしら。
だって、分からないから。
自分がされたことの無い経験は、善きにつけ悪しきにつけ、なかなか人へ伝えられない。
私が何かを求めて伸ばした小さな手は、いつも、すぐには、応えてもらえなかったから。
どうしてこんな話になってるんだか。私は顔や頭に集中している血液が分散しないかと、フルフルかぶりを振った。
『……私には、無い。そうして、育まれてきたものなんて』
『………』
『だから、自信が無い。私が神威くんの傍にいて、本当に支えられるのか。必要としてもらっても、良いのか。こんな私に何が、出来るのか』
神威くんには、あんなに素敵なご家族が、友達が、いる。私は知ってる。今までの関係がきちんとあって、それはこれから先も簡単には壊れないくらい強固なものだから。
だから、余計に思う。寄り添うのは私じゃなくても、時間が上手に作用して、私が欠けても神威くんの世界は、あまり変わらないんじゃないかと。
『……作りものの……、嘘の笑顔しか、出来ないの。大好きな人の前で。私のそんな姿を見て、神威くんは、苦しくなるの。悲しくなるのよ』
『……好き合ってるのに。一緒にいられるのに……、離れるの?』
私には、分からない。それはお母さんの心底の言葉なんだろう。
やっぱり恋愛至上主義で、こんな時でも、女なんだな。滑稽だとか、呆れだとかよりも徹底している姿勢に、意地すら感じられる。
そりゃあ、そうね。智をダシにして何としても手に入れたかった万葉のパパ。
好き合っていたのかもしれないけれど一緒にはいられなかった。離れて、別々の人生を選ぶより他なかった。
そんなお母さんの経験則だと、分かってはもらえないだろう。
でもね。これが、私の考え方。お母さんとは違う、私の考え方。
『……私なりの、覚悟です』
私に自傷する気概は無い。
たとえ、ザックリ深傷を負ったとしても、かえって神威くんのご家族が気に病んでしまうだろうし。
『おでこにも頬っぺたにも。神威くんと同じ痛みと恐怖を感じられないのなら。せめて心が、痛くなりたいの。好きなのに、一緒にいられない、って。触れることも話すことも笑顔を見ることもヤキモチ妬く姿を見ることも、何もかも。出来ない、って、辛いでしょう? 自分のあちこちがきっと、痛くて痛くて堪らないでしょう? お母さんなら、分かるでしょう?』
そんなつもりはなくても、自ずと乱暴で嫌味な物言いをしてしまう私は、少しずつお母さんを追い込んでいる様な気がする。
小柄な私より、更に小さく見えるくらい身体をぎゅっと強ばらせて、正座を崩さず俯き加減だった顔が、ちょっとだけ上がって目が合った。
『……分かる……、けど……』
『……何?』
自虐的?
だって、本当に、私ひとり、私だけが傷つけば良かった。
神威くんも、万葉も。神威くんのご家族も。吉居くんも、弓削くんも。皆、大切に想われている人達なんだから。
『逃げる、って……、言わないわ、それ。身を……』
『言い方なんて、どうでも良いの。そのくらいしないと、気が済まないの。私のせいじゃない、って言葉を真に受けて、神威くんの庇護のもと、のうのうと生きていけるほど鈍感じゃないし。こんな、がらんどうな私が傍にいたって……、』
ごめんね。
お母さんは、今日だけで何回使ったのか、また謝罪の言葉を口にする。
今、じゃなくてもっと昔に、言われていたら。私は、少し、違う考えを持てたんだろうか。
例えば食事の有無が自身の存亡を左右しかねない、と幼いながらに感じていたから、私は出来るだけ、大人しくニコニコして、お母さんの顔色を窺っていた。本当の父親に似ているという理由だけで、手をあげられたりしないように。
そのうち、自分がやれば良いんだと気づいた。
食事やお風呂や翌日の学校の準備。着る服のコーディネート。シューズ入れや通学バッグも自分で作れば良い。ダイニングのテーブルへ決まったお金が置かれるようになり、そうして、お母さんには、何も期待しなくなった。
そうだ。あの頃から、私はがらんどうだ。
神威くんと出逢って、キラキラに触れて、本物に近づけそうな気がしてた。
『……結局、分からないの。どんな風に、好きでいたら、良いのか』
『……ごめん、っ……ごめんね……!』
そんなに謝られたら、真剣みが無くなりそう。謝られたところで、何が劇的に変わるという訳じゃない。お母さんを許す、なんて気持ちが沸いてくることもなく、でも誰かに抱きしめられるのは、案外と気持ち良いものなんだな、とか思ったり。
苦笑する私にしがみついてきたお母さんの重みで、私の正座は横に崩れそうになる。片手をついて体勢を整えながら、私は小さく呟いた。
『……悪いと思うなら……、逃がして。私が、ちゃんと、笑えるようになるまで』
『………うん。全力で、逃がしてあげる』
某雑誌のフリーライターなんて肩書きのくせに。全力、って使い方、間違ってるでしょ。
逃がしてあげる、なんて。どこまでも居丈高なんだから。
ピキ、とどこかで家鳴りがして、私はここが神威くんのお家だと改めて思い出した。
私を加減することなく抱きしめるお母さんの力に、私を支える右手はそろそろ限界がきそうだ。娘の抱きしめ加減も知らない、って。本当に、どうなの?
何に対するごめんね、なのかも分からなくなってきたってば。
むせかえる様な香水の匂いと、クルリと巻かれた髪の毛先が鼻孔を刺激して、私はそれにも苦笑する。
お母さん、って感じじゃない、本当に。家庭的という形容には程遠い。私の方がよほどお母さんみたいだ。
こうやって視覚的にあるいは嗅覚で他者のオンナっぷりを意識させられると、自分がとても惨めな気分になる。圧倒的に自覚が足りないと烙印を捺されているようで。
いや、そもそもはお母さんが……、
――バレンタインの日も。
……そうだった。こんな感覚を味わった。
あの晩、神威くんからメールが来た。『報告』というタイトルで。
『遅くにごめんね!
今日は、本当に誰からも1個ももらってないです。
それだけ、どうしても、報告したくて。
自意識過剰って思われるのは嫌だけど、礼ちゃんが気にしてたら、もっと嫌だから。
あ、返信要らないよ!』
気を遣わせないためなのか、気を遣ってなのか。
絵文字も顔文字もデコってもないメールは、かえってシンプルで間違いない神威くんの気持ちを伝えてきていた。
私は本当に偶然に、見てしまった。あの日。
神威くんが告白されて、チョコレートを渡されそうになっている姿。
登校した途端、言われたんだ。『5組に近づいちゃダメだよ』って万葉から。和泉さんからも。
『アンタ、知らないだろうけど、毎年スゴいのよ? チョコアーンドコクリ攻撃の女子』
えーっと。チョコレートを渡して告白をする、ということですか。
去年、見たなぁ。段ボール箱一杯のチョコレートを抱えて、トボトボ帰る神威くんの後ろ姿。
『ミコちゃんとつき合ってる、って。今年は誰からも受け取らない、って。噂 流れてるんだけどね、どうだか』
『……和泉さんって、良い人ね』
私の心からの言葉は、はぁ? という語尾が上がった怒声にかき消された。
『アンタ、ケンカ売ってんの? 何の流れでアタシが良い人なのよっ?!』
『あ、ごめんなさい……え、と。良い女?』
『表現を指摘してんじゃないわよ! しかもなんで疑問形? も、やっぱイライラするわー、アンタと話してると!』
気づけば私の隣の席に座っている万葉も、和泉さんの後ろに控える遠野さんも西條さんも、こぞって笑いをかみ殺している。
『……ツンデレ?』
『使い方 間違ってるよっ! とにかくっ! アタシはチョコあげないし! ちゃんと忠告したよっ!』
んもー! と怒りの擬音を吐きながら、和泉さんは自席へ向かう。その背中をすぐ追いかけるでもなく、遠野さんは西條さんと何事かを目で会話し、次いで私を見る。和泉さんの背中を指差した後、口から何かがパッと出て広がり行く様なジェスチャーをした。
……あぁ、やっぱり。
『噂は、和泉が流してるんだね』
万葉の呟きに私は頷き、それを見届けた遠野さんと西條さんは、やっと和泉さんの元へ向かう。
神威くんを取り巻く人は、本当に良い人ばかり。
移動教室の時も。お昼休みも。出来る限り5組を視界に入れない様にした。
万葉や和泉さんのあの忠告は、私へ配慮してくれたものだもの。
女子の輪の中心に自分の彼氏がいるなんて、そんな経験は到底 無いから。
そこまで考えて、ふと立ち止まる。
……あれ。でもそもそも、神威くんを特別だと意識し始めた時、神威くんは既にそんな存在だった。女子の輪の中心ではないけれど、常に噂の中心にいた。遠くから見ていただけの私の位置が、ちょっと近いものに変わっただけに過ぎないような。
……あれ。どうしてこんなに気を遣われているのかな。
その日は、智の保育園でお別れ遠足と進級の打ち合わせがあって、私は妹尾家の高級車で送っていただくことになっていた。教室へ置き忘れたプリントを取りに戻った時だった。
校舎の2階へ昇る中央階段。その踊り場から聞こえてきた女の子達の声。
『てか、まぁ顔は可愛いの認めるけどさぁ』
『なんでぇ? あんな冴えないのが神威くんの彼女って』
『顔だけじゃんね』
『なぁんか、納得いかない、っつーか』
あんな冴えない、と称されたのが自分であることくらい、数瞬で理解した。
『スタイルも、そぉんな良くないしねぇ?』
『チビよ、チビ』
『細いけど巨乳、とか?』
『いや、あれはナイでしょ』
『スッゴいテク、持ってんのかもよ?』
好き勝手なガールズトークは甘くない声で続いていく。
どうしようかな。意地と根性はあると思うけど、聞き続けるのは流石に心が折れそう。かといって、堂々と傍を通り過ぎて行くなんて。
面倒だけど、5組側の階段から行こう。そう決めて踵を返す。
『妹尾が睨みきかせてっからね』
『和泉もやり込められたらしいじゃん』
万葉も和泉さんも関係ないのにな。
私に位置が近いというだけで、どこかしら悪し様に言われてしまう二人へ申し訳ない気持ちになる。
近づくな、って忠告には、こういう想定も含められていたのかも。
私は神威くんに相応しくない、と、認めてもらえないリアルを痛感してしまう惨めさ。
そんなネガティブさに近づかなくて済む様に、気を遣われていたのかも。
そんなことをボンヤリ考えていたら、いつの間にか5組の前に差し掛かっていた。
山田くん、と耳に入ってきた甘い声。5組は男子クラスなんだから。これは、もう。
私は咄嗟に座り込む。丁度、腰高の窓がある箇所だから、教室内から私の姿は見えないはず。
いや、だからって。ここで他人様の告白を聞いちゃう訳には。
とは言え、正直 気になる。いやいや、モラルとしてどうなの。廊下を誰かが通るかもしれないし。大体、気になる、って何を?
『……山田くん、好き、です』
私の逡巡などお構いなしに、愛の言葉が囁かれていく。
あぁ、どうしよう。もう今更、抱え込んだ足が前に出そうな気がしないし。教室の向こう側の窓ガラス越しに射し込む夕陽が伸びた影を映し出す。
長い髪がクルリと巻かれている。胸の前でモジモジと組んだり合わせたりしている両手も。何もかも。今日のこの時のために、これでもかとお手入れされてきたんだろうな。
『彼女、いるのは知ってるんだけど。私と、つき合って、くれない?』
顔が分からないその女の子は、綺麗に語尾が上がった愛らしい声で物凄く強烈なセリフを吐いた。
えーっと。私が神威くんと別れる前提ですか、それ。それとも二番目でも良いから、的な?
あぁ、何だか。胃が痛い。
『俺、バカみたいに彼女大好きなんだよね。悪いけど他の誰とも、どうこうなる気はありません』
キッパリと、寸分の迷いなく紡がれた言葉は、神威くんの綺麗さも物語っているようで。私は、胸が熱くなった。
神威くんは、どう応えるんだろう、とそこが気になっていた。
疑う、とかではなく決して。ただただ、自分に自信が無いだけ。
男女交際のお申し込みを断る引き合いに出してもらえる程の存在なの? 私。
でも、とか、だって、だとかの続き文句を、神威くんは、無いから、本当に、と丁寧に遮っていく。遂には泣き出し、教室を駆け出していく女の子を低い位置から見送る羽目になってしまった。
胸に抱えられた、渡せずのチョコ。あの子の涙目に、どうか私が映っていませんように。
私は腰を落としたまま、そろりと右足を出し、4組を目指す。
神威くんと鉢合わせしないように祈りながら。顔を合わせるなんて、とてもじゃないけど出来やしない。
『……ぅあー、もう、』
迅速かつ静粛に5組を通り過ぎた私の視界の端に、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら、苦しそうに溜め息を漏らす神威くんの姿が映った。
あの時。私は考えたんだ。
神威くんが綺麗なのは、その外見所以じゃない。どんな時にも真摯に考えて、どんな事にも真剣に向き合って、逃げずに答えを見出だして。時に涙が、苦しみが、悲しみが、あったとしても。その芯の、本物の、美しさ。その内面が映し出された、綺麗さ。
いろんな感情を諦めて、自身を日常に埋没させて、それを言い訳にして、自分とも誰とも真剣に向き合おうとはせずに、逃げてばっかりの。私とは、大違いだ、って。
ごめんね、神威くん。今の私じゃ、無理なの。
辛い時にどうしたら良いのか。悲しい時にどうしたら良いのか。苦しい時にどうしたら良いのか。誰も教えてくれなかったから。
自分で見つけた解決策は、逃げることだったの。いろんなことを無かったものと仮定して、心に蓋をして、眠って眠って、思い出さないようにして。触れないように、掘り起こさないように。そっとそっと、綱渡りみたく。嘘の笑顔は得意だから。そうやって、がらんどうな私が出来上がったの。
ごめんね、神威くん。今の私じゃ、駄目なの。
こんな自分の出来映えを誰かのせいにして……、ううん、お母さんのせいにして生きてきたけど。謝られちゃったの。勿論、許すなんてそう簡単に出来ないけれど。お母さんだけのせいに、しておけなくなっちゃったの。
私、もう少し自分の心を満たさなきゃ。誰からか与えられるのを待つだけだったけど。神威くん程には無理だと思うんだけど。そうじゃなきゃ、神威くんの隣にいられないな、って。
一緒に未来なんて、描けない。
だって私の“これまで”ってすごく曖昧で、ボンヤリ。
だからね、本当には、痛みも何もかも分かってあげられないの。半分こ、なんて無理なの。分かち合う程に、何も分かってない。
もしかしたら、好き、ということさえ。
ごめんね、神威くん。待ってて、なんて言えない。これで最後にするから。
私を、逃がして。
***
「いらっしゃいませ」
あら 礼ちゃん、と言いながら常連のアヤさんがお店に入って来た。私はペコリと頭を下げ、冷蔵庫からお皿を取り出す。
「出来てますよ、お刺身。あと、小鯵はフライにしましたけど、良かったですか?」
「あらま、揚げたて? 美味しそう! 切り口も綺麗だし。礼ちゃん、腕 あげたわねぇ」
屈託のない笑顔と賛辞に、私の頬も口元も緩む。すかさず、厨房の奥から大きな声が二つ飛び出してくる。
「「あたし達の仕込みが良いからでしょうが!」」
アヤさんは、アハハと豪快に笑うと、礼ちゃんも大変ね、と声を潜めて続ける。
「キヌちゃんもスズちゃんも偏屈だから。他人に何かを教えるのなんて、向かないと思ってたけど」
「……でも、すごく良くしてもらってますよ」
そ? と温かな双眸が私を包む。アヤさんは、丁度の代金を小さな木製のトレーへ入れると、また頼むわね、と言い残し店を出て行った。
「誰が偏屈だって?」
「……地獄耳ね、キヌおばちゃん」
「アヤは昔っから口が悪いんだよ。女はああなっちゃいけないね、礼。おしとやかに、三歩下がって男を立てるもんさ」
……おしとやかに、って。キヌおばちゃんと対極に位置する単語だと思うわ。
と、口には出さず、私は肩を竦めて、そうね、と相槌をうった。
私は、三年振りに島に戻ってきた。出て行った時の経緯を考えると正直 躊躇われたけれど、お母さんが、頑として譲らなかった。
『18歳になるまでは、島にいて』
その代わり、18歳を過ぎたらどこで何をしようと勝手だと明言した。だって一応 保護責任者だから、とか何とか、一体 何に目覚めたのか、本当にお母さんの口から出た言葉なのか、私は疑わしい気持ちで何度も聞き直した。
退学届はお母さんに託した。私は調理師免許を取得しようと考えていたけれど、受験には中卒であれば事足りるし。島に戻れば、3年間の実務経験を積む場もあったし。
それがここ「スズキヌ屋」。ネーミングセンスを疑いますが。
奔放なお母さんに代わって、実際に私を育ててくれたのは、キヌおばちゃんとスズおばちゃんだ。二人共、50代半ば、だと思う(絶対に教えてもらえないから真実は分からないけど)。結局嫁がず、ずうっと寄り添って暮らしている。お母さんの遠縁にあたると聞いたけれど、本当の続柄は分からない。キヌおばちゃんが姉で、スズおばちゃんが妹。
……なんだけど。ジャンケンで勝ったスズおばちゃんの名前が、屋号の先頭を飾ったみたい。
五年前に、このお惣菜屋さんを開き、その日 漁港に揚がった新鮮な魚を、市内にある数少ないスーパーや仕出し屋さんからの注文に応じておろしたり、ご飯に合うおかずを作ってご近所さんへ提供している。
核家族化が進み、一人二人暮らしが多いこの辺りでは、かなり重宝されているらしい。魚をさばくのって、かなり重労働だし。
お恥ずかしながら、切り身の魚しか買ったことがなかった私は、出刃包丁の扱いから細かにダメ出しされる日が続いた。最近やっと、アヤさんのように店に持ち込まれる個別の対応を任されるようになった次第。
お母さんは、絶対に私の居場所を明かさない、と約束をした。
半信半疑だったものの、この日数の経過を考えると、きちんと履行されているのだろう。
お母さんから、本当に久しぶりに連絡を受け、かと思えばそれは『礼、傷ついてるからお願いね』という、何とも中途半端な内容だったらしく、私が島へ戻った日、バス停まで迎えに来てくれたキヌおばちゃんもスズおばちゃんも、それはそれはプリプリと腹を立てていた。
短く切った髪の毛では隠せないほど、こけた頬と目の下のクマ。目につくあちこち骨が浮き出るほど痩せた身体。そんな私の姿を見た途端、二人共、声を失っていたけれど。
「れーい! 礼、礼!」
「……一回で聞こえてる」
じゃ、あんた早く返事しなさいよ! と息もつかせぬ勢いでスズおばちゃんは捲し立てる。返事する間もなかったよ?
「今日もう、あんた先にあがって良いからさ。あのでっかいの、散歩させといで」
お店の入口へ目を向けながら、スズおばちゃんは、でっかいの、へ温かな笑みを送る。
「スズおばちゃん、ちゃんと名前あるのよ? あの子。いつまで、でっかいの、って」
「だって犬にしちゃでっかいでしょうが」
「……うーん、ゴールデンレトリバーだからね」
私は所定の位置からリードを手にする。それを目にした途端、店先からダッシュで駆け寄り、ちぎれんばかりに尻尾を振って、早く早く! と催促しているアーモンド形のキラキラした瞳。
あー、似てるなぁ、やっぱり。この瞳。
「で、何だったっけね? 名前」
「……カムイ」
私が好きな人の名前よ、とつけ足し、リードを装着する。勢い良く引っ張られ、のけ反った背中へ、暗くなる前に帰るんだよ、と何年も前と変わらない声がかけられた。
この子が島へやって来たのは、一ヶ月くらい前になる。私が庭の草むしりをしていた時だった。
キヌおばちゃん達の家は、スズキヌ屋を開店する際、増改築されている。私がお母さんと住んでいた家は既に取り壊されていたから、私は庭のお手入れ一切を受け持つ代わりに、居候。この辺りでは珍しく水洗だし、檜の薫りが漂う、生活導線の良いバリアフリー。居心地は最高なんだけど、何せ庭がだだっ広い。あの国民的人気妖精が出るんじゃないかと思わせる程の樹齢の木もあり、ちょっと油断してお手入れを怠ると、すぐ荒れ果てたお屋敷みたいになってしまう。
「……すみませーん!」
宅急便も滅多に来ないから、この家に向かってかけられている声だと気づかなかった。
「すみませーん! れいちゃん、いらっしゃいませんかー!」
れいちゃん、にドキン、と心臓が小さく跳ね上がった。
いやいやいや、女の人の声だし。美琴お姉さんの声とも…、勿論、万葉とも、違う。
あー何だって、よりによって、こんな格好の時に。ヨレヨレTシャツにショートパンツ、軍手にスコップ、履き潰したスニーカー、首からタオル、スズおばちゃんの畑仕事用の麦わら帽子に、更にタオルをかぶせてる私は一体、どこのオッサンかという……、仕方ない。待たせる訳には。
「……どちら様ですか?」
庭から玄関へ回り目にした女の人に、逢った覚えは無かった。しかも、大荷物。いや何より……犬? どうして?
「……あれ。何か、感じ違うな。れいちゃん、ですか?」
「……え、あ…はい」
「あー、良かった! ここ遠いわぁ! あ、申し遅れました!」
お母さんと一緒に働いている乃木と言います、と。満面の笑みと共に見覚えある雑誌名が書かれたクリーム色のお洒落な名刺を、細身のスーツのポケットからごそごそと取り出すと、ヒョイと目の前に差し出された。
「……のぎ、みやび。さん?」
いや、それより。その犬は、一体。
「この子ね、チーフ……、あ、お母さんかられいちゃんへの大切なお届けものです」
お母さん、チーフ、って呼ばれてるんだ。目の前の状況がよく飲み込めず、まずはそんな現実逃避を試みる。
「こっちの箱は、この子のお洋服とかリードとか。あ、餌はね、定期的にお届けするので初回分だけ。注射も済んでるし、しつけ教室にも行ってるから」
「あの。ちょっと……、」
意味が分かりません、と言いたかったけれど。乃木さんの目がキラン、と光って、あ、と遮られた。
「良かった! トイレお借りしたかったの!」
「……あ、あー、えと、気が利かなくて」
「あ、いーのいーの! 冷たいお茶で良いから!」
トイレどっち? と口にしながら、私がつられる様に示した指の先を確認すると、乃木さんは開きっぱなしだった玄関から中へ瞬時に姿を消した。残されたのは、大荷物と、この子と、私。
目線の高さを合わせるために、腰を下ろす。ちょっと赤茶色の艶やかな毛並み。お行儀よく座ったまま私を見つめる漆黒の瞳。あ、睫毛もあるのね? ちゃんと。当たり前ね。綺麗ね、とっても。笑ってる? 端整で、でも愛らしく人懐っこそうなその表情。
見覚えあるわ。そっくりな人。大好きな人。
「……えー……、何だか……、」
神威くん、と。
私はフカフカの手触りに十指と頬を埋もれさせながら呟いた。
ワフ、と聞こえたから。名前は決定ね。
「あれ? チーフ…、じゃなかった、お母さんから連絡ありました?」
乃木さんの明るい声が背後から飛んできた。私は苦笑しながら立ち上がり、チーフで良いですよ、と伝える。
「何の連絡もありませんが……、」
「え? そうなの?」
だって、名前、と。
段差の低い上がり框に立ち、未だお座りを続ける軒下の良い子ちゃんを指差しながら、不思議そうな表情の乃木さんは首を傾げた。
細い指に丁寧に施されたフレンチネイル。サラリ、と同じ方向へ流れるツヤツヤで栗色の髪。不意に情けない自身の格好が思い出され、私は家の中へ入り着替えたくなる。
「チーフがつけたんですよね?」
「え?」
「カムイくんでしょ? トレーナーさんへしつこく言ってましたよー。“名前はカムイなんです”って」
乃木さんの声色は、きっとお母さんの真似なんだろうけど。正直、似ているのかどうかすら曖昧だった。仕事用のお母さん、を私は全く知らない。
「どうして……、」
カムイ、と名付けたの? どうして私の元へ、この子を?
お母さんへ訊きたいことの答えは、私とカムイを代わる代わるニコニコと見守っているこの人が、くれるのだろうか。
「れいちゃん、本当に不躾ですみませんが。お茶、ください。喉 渇いちゃって!」
「……あ、すみません! すぐ」
「冷たいのでお願いしまーす」
さっさと室内へ入っていく乃木さんの背中を追うべく、私は慌てて、カムイの首輪に繋がっている紐を低い門扉に引っかける。
(礼ちゃん、どこ行くの?)
あー、何だか。アーモンド形のキラキラ瞳にそんな風に訊ねられてるみたい。
いや。行かないで? かな。遊ぼうよ、みたいな気も……、
「れーいーちゃーん!」
私は、ふ、と苦笑すると、カムイと目線の高さを合わせ、待っててね、と伝えた。
低いちゃぶ台に肘をつき、興味深く室内を見渡している乃木さんの前へ、冷たい麦茶を急いで呈する。いただきます、とほぼ同時にごくごくと喉が鳴り、プハ、と大人可愛い女子には似つかわしくない感嘆。
「あああー! 生き返った! ほんっとぉーに、ここ遠いわねぇ? 途中から高速 通ってないし! 車で4時間よ!」
思わず、すみません、と謝ってしまう程の語気。乃木さんは、あらやだ、とどこぞのマダムみたいな物言いをした。
「違うの違うの! ごめんなさいね、れいちゃんは悪くないのに。取材ついでだし、気にしないで!」
はす向かいに座る私の目の前で、両手をプルプルと振る乃木さん。その拍子にフワリと香水の甘い匂いが漂ってきた。自身の汗臭さが際立つようでますます気が滅入る。
お母さんと一緒に働いている、と言っていた。お母さんが勤める出版社は、大人可愛い女子や働く綺麗なママといったターゲットで月刊誌を発刊していたはず……お料理レシピ以外のページって、あまり読んだ記憶ないんだけど。この人が書いた記事、とか。あったんだろうか、ひょっとして。
「……えーっと。私、ずっとアシスタントしてたんだけど。あ、チーフの、ね?」
サラツヤの髪の毛をちょっとかき上げたのが仕切り直しだったようで、乃木さんは声を落とし話し始めた。
「チーフの机に飾ってある写真の“れいちゃん”は…、髪が長くて、制服姿で、もう少しふっくらしてたから」
ピンとこなかったの、と表現しているのは、私の第一印象らしい。
髪が長くて、のタイミングで、乃木さんの両手は両の肩あたりに置かれた。高校に入ってからは、ずっとそれくらいの長さをキープしてたかな。ふっくら……いつの写真なんだろう。いやそもそも。いつ撮った写真?
いやいやいや、そもそも。お母さんの机に飾ってある写真?
お母さんが、私の写真を、机に、飾ってるの?
れいちゃん戻ってきてー、という乃木さんのおどけた声で我に返る。
私の目の前でヒラヒラと手を振っていて、細いシルバーのブレスレットが五月の陽射しに反射し、チカリと光った。思いの外、顔の距離が近かったからビックリ。
「あっ、すみませ…、」
「れいちゃんって、黒目が大きくて綺麗なパッチリ二重なのねー! 吸い込まれるかと思った!」
申し訳ありません。ちょっと、意識が、どこかへ。
私の顔はほんの少し赤らんでいるかもしれない。汗まみれで分からないだろうけど。乃木さんがあっという間に飲み干したグラスの結露へ、視線を置いて俯いた。
だって、信じられない。写真、飾ってあるなんて。
あれでしょ? 海外ドラマとか映画とかで観るやつでしょ? 忙しく働くパパママの、広いデスクにうず高く積まれている本や書類をかき分けると、砂漠のオアシスみたく、幸せファミリーやらちょっと斜に構えたポーズやらの、これでもかスマイルが癒しの空間にマイナスイオンをもたらしてる、っていう……、
嬉しい、というよりも、驚き。そしてそれ以上の、黒い感情。
透明な滴がグラスの下の木製コースターへゆっくりと染み込んでいく様に、私の胸にそれがじんわり領域を拡げていく。
だって、何アピールなの? それ。
「目元はチーフにそっくりなのね? 息子さんも」
「え…と、智のこと、ご存知なんですか?」
まさか、智も写真が机に飾ってある、とか?
れいちゃんと一緒に写ってたわよ、と乃木さんは事も無げに言う。
ますます分からない。私と智が? 一緒に?
どんな写真ですか、と抑揚の無い小さな声で訊ねれば、入学式の日っぽい写真、と即答された。
「れいちゃんの制服姿が、全く着なれてない真新しい感じだったから。ご自宅の前かな、あれは」
写真、撮ったんだっけ。お母さんが入学式に来なかったのはハッキリと覚えてるのに。私の記憶は、そんなに呆気なく、覚えておくべき事実を消去してしまってるの?
都合よく? 私が、可哀想な私で、あるように?
「ここの住所をサラサラッと紙に書いてカムイを届けて、って。取材のついでに行って来い、って。チーフったら自分で行けばいいのに」
「……勝手だわ」
「でしょう? 私にも月間のスケジュールがあってね、や、大体がチーフは強引…」
「……今まで、散々 放置しておいて。あんなことがあったから、って。急に母親らしいことされたって…、こんなの……、どうしたら良いのか」
あぁ、私。見ず知らずの人の前で、一体何を口走ってるんだろう。
でも、私の内なる容器はちょっと壊れてしまっていたから。感情を、きちんと溜め込むことが出来なくて小さな亀裂から、漏れていく。溢れていく。言葉となって。
「……そんなの……私のこと……、大切に想ってるみたいじゃないですかっ……!」
汗だと思い込みたかったけれど、頬を伝う温かさは、決してそれではない。涙腺まで壊れてしまっている。夜毎、神威くんを思い出して、夢に見て、涙するだけじゃ飽きたらない訳ね。
「……全くもって、肩を持つ訳じゃないんですけど」
乃木さんの明るい声が少し曇った気がして、私は申し訳ない気持ちになる。乃木さんを巻き込んでしまっている。私とお母さんの問題なのに。
「チーフはね。毎日、鬼のように働いてます。妥協しないし、自分に厳しい。常に真剣、常に全力。尊敬してます……、けど。お母さん、としては失格でしょうね。お家のこと、全部 れいちゃんがやってるんでしょう? 男の人にだらしなかった過去も噂に聞いたし」
私は、ふ、と鼻水混じりの笑いを漏らす。お母さんが褒めてもらっている箇所より、けなされている箇所の方へ共感してしまうなんて。一度染み入った黒い感情は、なかなか漂白されないらしい。
「……贖罪だ、って言ってました。罪滅ぼし。私に出来ることは、一財産作って借金を残さないことだ、って」
想ってない訳ないんじゃないですかね。れいちゃん達のこと。
乃木さんの遠回しな言い方は、涙で軽く麻痺した私の頭を混乱させる。それって、想ってる、ってことですか、結局。私の欲しい答えは、それ?
「今日から、カムイのご主人は、れいちゃんです。いつも傍にいて、可愛がってあげて下さいね」
目を細め、私を覗き込むように見つめてくる乃木さんの声音に、決して強い力があった訳ではないのに、私は、あの瞳を、愛らしさを、美しさを、もはや手離せないと解っていた。コクリ、と頷くと、それが合図と言わんばかりに、乃木さんは両の掌をパチンと合わせる。
「じゃあ、れいちゃん! カムイのお散歩がてら、取材につき合って。ね?」
せめてシャワーを浴びさせて欲しいという私の申し出を快諾してくれた乃木さんは、15分で私が玄関先へ戻ると、荷物を家の中へ運び入れ、カムイへお水をあげてくれていた。
ミ、ミネラルウォーター…?
私、思えばどんなペットも飼ったことが無いんだけれど、こんなに丁寧に育て上げないといけないのね。
呆気にとられた表情でペットボトルを眺めていた私の視線に気づいたのか、乃木さんは、大丈夫よ、と家の中へ運び入れた段ボール箱を指す。
「あの中に、凄く良い浄水器が入ってるから。後で蛇口に取り付けてね」
「……至れり尽くせりですね」
「そりゃあ、そうでしょう! カムイは神威くんの分身ですもん」
もん、って。
明るく跳ねた語尾の聞き心地が可愛くて、スルーしそうだった。
……待って待って。神威くんの分身、って。乃木さんは間違いなく、今そう言った。
「……乃木さん。神威くんを、知ってるんですか?」
寧ろ何故そんな当たり前のことを? くらいの不思議顔で、乃木さんは視線を私へ向けてくる。
いやいやいや。本当に、何を、どこまで、あなたは知ってるんですか?
「編集部に一度 来たのよ、山田神威くん。あんまり美少年なもんで、出入りのカメラマンにスカウトされてました」
「……え」
「チーフが、合鍵 渡してました」
……合鍵?
乃木さんはカチリと手際よくリードを装着すると、私の手に握らせ、少し先を歩きだす。
慌ててどこを取材するのかと問えば、ここから徒歩で15分程の場所にある、とある宿泊施設の名前が返ってきた。
「戻ってくるまで、車 ここに置いてても平気?」
振り向きざま、ここ、と指し示されたのは、うちの玄関脇。まぁ、車のみならず人もあまり通らない田舎道なので、路上駐車にうるさく口を出すご近所さんなんていない。はい、と答えて、私はカムイと共に乃木さんの後ろ姿を追いかけた。
ふんだんに使われた海の幸料理が評判で、天然温泉も堪能できるその施設は、大人可愛い女子向けの小旅行…じゃない、プチバカンス、という特集ページの一部を飾るらしい。地元民はね。かえって行かないとこなんだけど。
「あの……、合鍵、って。うちの、ですか?」
カムイに力強く引っ張られながら、気になっていた疑問は口をついて出たものの、はたと気づかされる。うち、以外の合鍵だったら、さらに問題じゃない? え、何なの、合鍵なんて。誤解や妄想がこれでもかと広がっていくじゃない。
「もちろん、れいちゃん家のですよ? チーフの息子さんのお迎え、神威くんが時々行ってるみたいで不便だから、って」
「なっ、…もう、お母さん……!」
言葉も出ないほど呆れる、ってこういうことだ。お母さん、何してるのよ? 神威くんが、智のお迎えに行ってるって。智のお世話はちゃんとして、ってあれほど約束させたのに。
あ、フォロー入ります! と元気の良い乃木さんの声がした。宣誓、みたいに右手を胸の前に挙げ、私とカムイへ向き直る。
「お迎えに行く、って申し出たのは、神威くんですよ?」
「え?」
「チーフの前で…、というか私達の前で、ね。熱い想いを、堂々と語ってた。れいちゃんとの繋がりは、どんな細い糸も断ち切りたくないから、って」
シャワーを浴びて一旦冷めたはずの身体は、また妙な熱を持ち始める。熱い想いを、って、そんな。私は、神威くんへ酷いことをしたのに。自分のことだけしか考えられなくなって、逃げて。神威くんの気持ちは置き去りにしてきた、最悪最低の、彼女なのに。
「……傷、はね……」
その言葉に、ピクリと身体が震える。カムイもつられて、足並みを乱す。
「……目立たなかった。綺麗、だった」
それは、傷痕が綺麗だったのか。神威くん自身が綺麗だったのか。乃木さんの形容は、意図する先が分からなかったけれど。
私が損なわせてしまった美しさが修復されたことは嬉しくて。でもそこに私がいなくても、修復されるんだな、って。分かっていたのに。私が、それを選んだのに。複雑な気分。
「……あ! れいちゃんへ、もうひとつプレゼントがあった」
乃木さんは肩に提げた大きめのトートバッグから、某かをガサゴソと探している。あった! と、明るい声と共に差し出されたのは、写真?
「チーフを待ってる間の、神威くん」
お母さんの会社……編集部の、廊下? なのかな。立って、壁にもたれて、軽く脚を組んで。鞄を左腕の脇に抱えて、手はポケット。右手には携帯電話。俯き加減で、口元に笑みを浮かべている。
「神威くん……、」
神威くんだ。当たり前だ。あぁ、どうしよう。目の縁までじんわり熱くなってきた。涙腺が、また決壊しそうだ。
「カメラさんがね、綺麗な子だなぁ、って。オーラがあるとか言ってね? こっそり何枚か撮ったの。あ、もちろんご本人に後から許可はいただいたけどね? その内のベストショット。他のは…、」
乃木さんが言い澱んだ。
それほどこの人を知っている訳ではないけれど、これまでのハキハキとした流れる様な口調を思うと違和感を覚え、私はじっと乃木さんの口元を見つめる。
「……神威くんって、あんまり愛想ないの? 俺様キャラ? それともツンデレ?」
私は思わず、ふふ、と声を出した。
つられるように、少し先を行くカムイが愛らしい顔をクルリと回転させて私を見上げた。
「俺様でも、ツンデレでもないですよ。愛されキャラ、かな。お友達に、よく弄られてるし」
そーお? と眉根をよせている乃木さん。
神威くんの周りを飛び跳ねている吉居くんと、お父さんみたく見守っている弓削くんの顔も浮かんでくる。
「綺麗で人目を惹いちゃうけど、神威くん自身は嫌みたいで。見た目だけで、言い寄って来られた苦い経験があったりして。あ、でも、神威くんは本当に内側も綺麗なんです。仲良くなると、すごくよく分かります。確かに、遠くから見てる時はちょっと愛想がない感じ…というか。や、敢えて愛想を消しているというか。だって、」
息を継いで先を述べようとした時、乃木さんが肩を小刻みに揺らして笑いを噛み殺している様子に気がついた。
な、何か。私、何か、可笑しなことでも?
「……乃木さん?」
「あ! ごめん! ごめんね、れいちゃん! 先を続けて…、」
「……何がそんなにツボでした?」
違うの! と片手をフリフリしながら、乃木さんはもう片方の手で目の縁に浮かんだらしい水分を拭い、おんなじだったから、と深呼吸の後で告げた。泣くほど? 何が、おんなじ?
「神威くんにねー、私、訊いたの。何を見て、笑ってたんですか? って。唯一、目にした笑顔は、その時だけだったから」
その時、とは、写真の笑顔の時らしい。乃木さんの指先が、私にそう教えてくれている。
「……見ますか? って。携帯電話を、こう、パカッと開いて。待受画面に出てきたのは、れいちゃんでね?」
……私?
「……私、神威くんと写真を撮った覚えは……。プリクラとかも、無いですし」
口に出して自身がその言葉を確認すると、何とも寂しくなった。そうだ。私達はお年頃のカップルだったのに。お年頃カップルがしそうなことは、あまり……。
「あ、れいちゃんと神威くん、ではなくて女の子と写ってた写真。お父さんが携帯電話で撮ったものを赤外線でもらった、って言ってた」
女の子、は万葉で。お父さん、は、神威くんのお父さんで。そう理解するのに時間はかからない。いつだったか、神威くんのお家で携帯電話のカメラを向けられた。そっか。あの時の、写真。
……神威くん、待受にしてくれてたんだ。
何だろう。胸がこんなにもギュウギュウと締めつけられて、痛くて。息までも苦しいのは、カムイに引っ張られているからじゃないわよね? 私はそこまでボンヤリじゃないわよね?
「……俺の彼女なんですよ、可愛いでしょう? って。臆面もなく言うのよ? 最近の男の子はそうなんだなぁ、って感心しちゃった。あ、それとも神威くんが特別?」
私の口元は、また自然と緩む。神威くん。神威くん、神威くん。
「写真はね、少しブレてて…あ、お父さんの携帯電話には手ブレ補正機能が付いてないんだって」
そうだったなぁ。神威くんのお父さん、カメラ使うの初めてなんだ、って言ってなかったっけ。
「でも、可愛いでしょう? 実物はもっと可愛いんです、って。内側も可愛いんですよ、仲良くなると分かります、とか。……ね、おんなじ」
乃木さんは、ふぅ、と大きく深呼吸をした。カムイのペースになんとか慣れて、足取りに若干 余裕が出てきた私を覗き込んで言う。
「相手のことを、おんなじようにキラキラした瞳で、おんなじように嬉しそうに、話すのね? れいちゃんと神威くんは」
胸がむず痒くなるような、嬉しいような、照れ臭いようなことを言われている。言われている、のだけれど。乃木さんの眉尻が切なく下がっていて、私は何だか喉元が痛くなる。
「……それなのに、離れちゃってるのね」
私達はいつの間にか目的地へ着いていた。乃木さんは、肩から提げている重そうなトートバッグを、よいしょ、と提げ直すと、明るい表情へ瞬時に作り変える。
「れいちゃん、取材 終わるまで待っててくれない? 後でスズキヌ屋へもお邪魔したいし」
私は乃木さんの曇った表情がまだ瞼の裏に張りついたまま、無意識に顔を縦に振った。施設館内へ軽やかに歩を進めていく乃木さんの背中を見送った後、その反対側へ一面に広がる海で視界を一杯にする。
「……カムイ、海だよ。海……、知ってる?」
見たことないよ! 初めてだよ!
そんな風に言ってるみたい。
カムイは興奮して前脚で空をかき、舌を出して、早く早く! と私を急かす。
「危ないよ、ゆっくりね。ゆっくり行こう、海は逃げないよ」
海は、逃げない。
そう、ずっとそこにあって、これからも変わらず、あり続ける。
そんな当たり前のことに、私は本当に安堵する。
あまりにも、日常が変わってしまったから。元に戻せない事実に恐れおののいてしまったから。変わらずにある、どんな小さな温もりもありがたく思えて仕方ない。
この景色。キヌおばちゃんも、スズおばちゃんも。庭の立派な樹も。
ささくれだった私の心を、優しく優しく宥めてくれた。
遠浅の白い砂浜。リードから放した途端、カムイは勢いよく駆け出す。しなやかな体躯、風になびく艶やかな毛並み。スローモーションで、昔々の無声映画を観ているようなノスタルジック。感傷的になってる。
私は防波堤下に広がる階段へ腰を下ろすと、もう一度、神威くんの写真を見つめた。
写真で見る限り、確かに傷痕はよく分からない。最後に神威くんを見た日、不揃いだった前髪は少し斜めにカットされたらしく、神威くんの端整な顔立ちに品良く添っている。それが上手に隠しているから?
「……神威くん……、」
私、本当に最低最悪だ。
私が私を痛くして、これでもかというくらい苦しんで。そうでなきゃ、それが私に出来る精一杯の償いだ、って、それを理由に、都合良く、逃げ出して。
なのに、もう傷痕が目立たないかも、って思った瞬間。
――逢いたい。
逢いたい。逢いたいよ、神威くん。
神威くん。早く。早く、私を、掴まえに来て。
どれくらい、ぼんやりしていたんだろう。私の頬を伝う涙のせいなのか、鼻を掠める潮風のせいなのか、ほんの少しの塩辛さに、私は我に返った。
クゥン、と可愛らしい声に隣を見遣ると、カムイの潤んだ瞳に瞬時で心を奪われる。
「カムイ……?」
(泣かないで、礼ちゃん)
あれ。幻聴だ。私、大丈夫?
(なーきーむーしー)
神威くんは、私の頬を両の掌で優しく包んで、涙を拭ってくれたっけ。大きくて、温かな掌。私の澱んだ何もかもを、浄化してくれるんじゃないかと勘違いしそうなほどの心地好さだった。マイナスイオン、出てたよね、あれは。
擬音語としては、ペロリ、なんだろうけれど、実際はザラリとしたカムイの舌の感触が私の頬を撫でた。
「……さすが、分身だね……」
おんなじこと、してくれるのね。ありがとう、カムイ。凄いね、私の心に寄り添ってくれるのね。
ねぇ。お母さんは、分かっていたの? もしかしたら、皆、分かっていたの?
私が、寂しくなるって。きっと、絶対寂しくなるって。夜毎、神威くんを夢に見て、皆を思い出して、逢いたくて、たまらなくなるって。逃げ出してきたのに、戻りたくなるって。
分かっていたの? 分かっていたのに、私がしたいように、させてくれたの? 私の我儘を、皆で許してくれたの? どうして?
「れーいーちゃーん!」
背後から、乃木さんの大きな声がかけられた。振り向くと、高く挙げた右手を振りながらこちらへ向かってくる。私は慌てて、掌で涙を拭った。その拍子に右手首のブレスレットがシャン、と音をたてる。
細いワイヤーにターコイズブルーを基調とした天然石が幾つか連なっていて、涼しげで透明感のあるそれは、きっと今からの季節、青い空にも白い雲にも映えるだろう。そうして目にする度に、私は神威くんの笑顔を思い出す。
「何か物思いに耽ってた?」
私の涙を見透かす様に、でも敢えて触れない様に、乃木さんは明るい声で訊いてくる。
「……私、我儘だなぁ、って」
「あら。そうなの?」
意外、という乃木さんの小さな呟きはどんな意味なんだろう。カムイを挟んで私の右隣へ、乃木さんはストンと腰を下ろす。
「れいちゃんは、我慢ばっかりしてきた、って。神威くん、言ってたけど」
「……そう、ですか」
「違うの?」
乃木さんは手元の大きなトートバッグから立派なカメラを取り出した。一眼レフ、というのだろうか。本当に、取材に来てたんだな、この人。人影もない、目に鮮やかな蒼をレンズに収めようとしている。
「……確かに、我慢はたくさんしてきたのかも。一人になりたい、なんて。たぶん、久しぶりの我儘」
「あ、そういう意味の我儘?」
乃木さんの視線とレンズは、依然として海へ向けられたままだったから、私はかえって、胸の内を吐露しやすい。カムイの温かく柔らかな毛を撫でながら、私は苦笑した。
「……今回、私がしたことの。その何もかもが、我儘」
私は顔を少し俯けていたから。乃木さんの捉えた景色の中に、自分の姿が含まれていると知る由もなかった。シャッター音が、波のざわめきの合間を縫う。
私の言葉は、もはや独り言で構わない。だけど誰かが傍にいてくれてありがたい。全くもって、矛盾。我儘。
「私が一番、傷つけられた気になって。そのくせ、一番大切な人を一番傷つけて。あの局面を乗り越える力や、自信がなかったのは、ちゃんと育ててくれなかったお母さんのせいにして。自分の弱さや狡さは棚に上げて。こんな我儘…、」
もう、また。
喉元にグッと熱いものが込み上げてきて、私は何とか息を整えようとする。
何の涙なのよ、一体。
カムイが濡れた鼻をクンと近づけてきた。
なぁに? 涙の匂いがした? 大丈夫、泣かないよ。
「……れいちゃん。人間はね、考える葦、なんですよ」
え、っと。パスカル、だったかな。倫理の授業で教わったような。その程度しか、覚えていない。きっと私は今、物凄くマヌケ顔をしてるはず。
「どうして葦なんだろう、って思わない? たぶん、弱いものの喩えで使われてるんだけど」
たぶん、と前置きした乃木さんを、好きだな、と思った。パスカルの考えは、本当にはパスカルにしか分からないから、乃木さんの誠実さが見えた様に感じられた。私はコクリと顎を引く。
蟻、とか。いや、凶暴な蟻もいるのか。
なんだろう、草、ってまとめちゃっても良いじゃない、ね?
うん、確かに、どうして、葦、なんだろう。パスカル先生。
うーん、といつしか声に出して唸る私を、乃木さんは、れいちゃんは本当に何でも真剣に受け止めてくれるのね、と感心したように見つめてくれていた。
だって、もっとちゃんと勉強しておけば良かった。誰かとの会話もままならないくらい、私は知らないことが多い。
あ、でも、知らないことがあると知ることが大切だ、なんて言ってた大先生もいたような。
「葦、って、弱いの。ちょっと強い風が吹くと、すぐ倒れてしまうし。でも、風が止めば、また姿勢を正す。大木が風に立ち向かい過ぎて、根元から弱って折れてしまうことを考えると、逆に賢明なのかもしれない」
クタリと地面に横たわる葦のイメージが自分と重なる。今の、私に。
私はまた、しゃんと背筋を伸ばして生きていくことが出来るのだろうか。
「……乃木さん?」
「なぁに?」
「……私、甦れるんでしょうか」
葦みたいに。
弱いなら弱いなりに、何度でも何度でも、立ち上がれるんだろうか。
「れいちゃんは、たくさん考えてるでしょう? 今までのことも、悲しい事件のことも、これからのことも。きっと、たくさん考えてるはずよ?」
「……そうですね。時間が……、もて余すくらい、あるから」
島へ戻ってきた当初は、とにかく何も考えたくなくて、ただがむしゃらにキヌおばちゃんとスズおばちゃんに言われるがまま、朝から晩まで厨房に立った。
二ヶ月が過ぎた今、血まみれの神威くんを夢に見てうなされる夜は確かに減ったけれど、その分、涙を流す時間が増えた。
「考えることが出来る人間は、強いのよ。思いがけない強風や災害に遭ったって、立ち上がる力を持ってる」
私はそう思うわ。
言いながら乃木さんは、カムイ越しに私の後頭部をよしよしと撫でてくれた。
だって、やっぱり、泣いてしまったから。
カムイの温かな舌は、また私の頬を拭いあげる。
ね、カムイ。それ、どこで教えてもらったの?
「……乃木さんは、一体、何者ですか?」
私は至極 真面目に問うたのに、ぶふっ、と噴き出されてしまった。
「チーフのアシスタントですよ? あ、優秀な、って肩書きの、ね?」
「はい、異論ありません」
本当に乃木さんが、訪ねて来てくれなかったら。カムイを、連れて来てくれなかったら。
私は、これからを、いつまで悲しみに包まれたままで、過ごしていくつもりだったの?
「あ! でもね、れいちゃん。私とカムイをここに送り込んだのは、チーフと神威くんなので。連絡してあげてね、是非」
「や、神威くんには……、」
私から、連絡なんて。その戸惑いは私を口ごもらせる。一体どこまで察しが良いのか、乃木さんは、そうか、と手を叩いた。
「神威くんが見つけたいんだもんね? れいちゃんのこと。苦戦してたみたいだったけど」
「苦戦、……?」
「ちゃんと学校へ行くように、親御さんからも先生からも、きつく言われてるそうよ? 受験生だから土日も模試ばっかりでなかなか捜しに行けない、って」
そうだ、受験生だね、神威くん。私もそうなるはずだったのに。
確か、もうすぐ、文化祭だ。また、去年みたく頑張りすぎてないかな。本当に、器用だから。
「……でも、絶対見つけ出します、って。宣言してた」
「……そう、ですか」
「羨ましいわ。あんな真っ直ぐな想いをぶつけられることなんて、そうそう無いもの」
そう。神威くんの想いはいつも真っ直ぐで、迷いがなくて、弱い私はそれに相応しいと思えなくて、受け止められなくて、倒れそうになるの。ううん、倒れてしまってたの。
でも、もう、やめよう。
私は、これからを、また甦っていけるんじゃないだろうか。今までの自分に、どこか欠けて充ちていない部分があったとしても、誰かがそれを埋めてくれる訳じゃない。私が、埋めていかなくちゃ。
神威くんも、ううん、こんな私の我儘を許してくれた皆も、きっと手伝ってくれるから。
「……チーフには、連絡してあげてね。あの人が来れば良かったのに、私の取材なんて、本当にこじつけた理由なんだから」
「……はい」
じっと、私の傍にいてくれるカムイの温かさに、神威くんと同じ温もりを感じる。
神威くん。私、一人で寂しがってたんだね。
気づこうともしないで自分で自分を、可哀想がりたかったんだね。悲劇のヒロインぶってね。
どこまでも都合が良い話だけれどもしも、本当に、本物の神威くんの傍に戻れたら、毎日、好きだよ、って言ってもらおう。
そんな短い言葉だけで、私の胸はいっぱいになるよ。
乃木さんは、本当にこじつけの理由に相応しいぞんざいさで、スズキヌ屋を取材した後、慌ただしく帰っていった。
どっちがキヌおばちゃんで、どっちがスズおばちゃんか、ちゃんと区別出来たのかな。というか、本当に雑誌に掲載されるのかな。7月号に、とか言ってたけど。
私はその晩、お母さんの携帯電話へ連絡を入れた。
家の固定電話へ、とも考えたけれど、もしかすると本当にひょっとすると、神威くんが出ちゃうかもしれない。
それは、酷く躊躇われた。どうして? と自問しても上手に答えは導けないけれど、とても図々しい様な気がした。
《……もしもし?》
「……お母さん? …礼だけど」
ほんの少し間が空き、あぁ、と驚きを隠せない、意味を伴わない感嘆の声が続いた。
背後にざわめきの音。まだ仕事中なのかしら。19時。キヌおばちゃんもスズおばちゃんも、テレビを観ているふりをしているけれど、同じ空間で電話をしている、私の声に耳をそばだてているのは分かっている。
「……今日、カムイが来たよ。乃木さんが、連れて来てくれた」
《あぁ、うん。……似てるでしょ? 彼氏に》
ふふん、と少し自慢気な声。トップブリーダーのところを何軒も梯子したのだと、お母さんは言った。
「……目が、ね。すごく、似てる……、ありがとう、ございました」
《え? ちょ……、礼? な…ん、何なのよ? ……あっ!》
「……何?」
《見つかったの? 山田くんに? 私何も言ってないわよ!》
見つかってないわよ、と苦笑まじりに答えると、しばしの沈黙の後、そう、と押し殺した様な声が聞こえる。
《でも、あんたの彼氏は……、》
電話の向こう側で、チーフ! とお母さんを呼ぶ声がする。やっぱり仕事中だったんだ。送話口を手で押さえているのだろうけれど、ちょっとだけ待って! という返事が漏れ聞こえた。
「切ろうか?」
《ん? あぁ、や、大丈夫。本当にうるさいのよ、山田くん。あんたの居場所教えろ、ってしつこいし。私は口を割らないって分かったら、心理的に揺さぶってくるし》
心理的に、揺さぶる? 何のことやら分からない。
私の疑問はそのまま口をついて出る。
《礼ちゃん、寂しがってますよねー、って。ネチネチネチネチ言うし。俺、居場所知らないからなー、知ってたらなー、泣いてるだろうなー、とか。もー、しつこいったら》
受話器を持ったまま、突然、くぐもった笑い声をたてる私を、キヌおばちゃんとスズおばちゃんは怪訝そうに見ている。
お母さんの口調のせいでもあるんだろうけど、いじけたように、拗ねたように、私のことを心配そうに話す神威くんの姿が、思い浮かんでくる。
ありがとうね、神威くん。私が見ていないところでも、聞いていないところでも、おんなじように優しく思い遣ってくれるのね。
《智はすっかりなついてるしさー、良かったわよ、3歳で。漢字が読めたら絶対、住所教えちゃう》
「智は、元気なの?」
《元気よ。ちゃんと育ててる。あんたは自分のことだけ、ちゃんと考えなさいよ》
「………ありがとう」
ありがとう、という感謝の念は、自分で思っていた以上に素直に言葉として出てきた。しかもお母さんに対して。
何だろう、カムイのあの綺麗な瞳にやられちゃったのかな。お母さんも、きっと戸惑っている。
はい、なんて答えてるけど、会話のキャッチボール、出来てる?
《……あんた、その……、ちょっとは、マシになったの?》
マシ、って。なんだかもう、ダメ人間の烙印捺されてたみたいじゃない? 私。いや、あながちハズレてもいないか。最悪最低だと自覚してたし。
「……海底二万里からは、浮上した、と思いたい」
そ、と聞こえたお母さんの声音に、安堵の色が混じる。自分の心の持ち様で、相手の想いの彩りは違って見えるのかもしれない。そんな些細な、でも当たり前のことに私は気づいてなかった。気づこうともしなかった。相手が、お母さんだったからかもしれないけれど。
《……山田くんさ。礼のこと、見つけて掴まえたら、絶対、離さない、って。つまり俺のお嫁さんですよ? もう、お母さんだけの礼ちゃんじゃなくなるんですよ? って》
「……ふ。話が飛躍しすぎ」
《いや、あれは真剣よ。だからそれまで悔いの無いように、礼ちゃんへいろいろしてあげて下さい、って。もー、本当にしつこい》
しつこい、と繰り返すお母さんの表情は、きっと言葉の意とはかけ離れた明るいものなのだろう。もしかすると、笑っているかもしれない。そんな想像すら、私はしたことがなかったのだ。
「……でも、嫌いじゃないでしょ? 神威くんのこと」
《そうねー。未成年者の結婚には親の同意が要るんだけど、ちゃんと知ってるのかな。8月で18になるって…、》
チーフ! とまたお母さんを呼ぶ声。携帯電話から何やらバサバサと音が聞こえ、それじゃ、と締めくくりの言葉が紡がれた。
《カムイと仲良く。気の済むようにして》
私はもう一度、ありがとう、と繰り返し、とても柔らかく、受話器を置くことができた。その所作が、私の心の穏やかに凪いだ部分を反映しているようで、なんとなく、ほんの少し。
自分で自分が、嬉しかった。日本語、おかしい?
キヌおばちゃんもスズおばちゃんも、そんな私を見て、目尻を少し下げていたなんて、まだまだボンヤリが抜けきれない私は、気づかなかったんだけどね。
乃木さんからいただいた神威くんの写真。私が家から持ってきた、智の写真と並べて置こう。フレームが、あまりおしゃれじゃないけれど中身が素敵すぎるから問題ないよね。
「そうだ、カムイ。見て?」
今夜は軒下で毛布に寝そべって一夜を過ごす予定のカムイ。乃木さんが持って来ていた大荷物の中には、組立式の犬小屋も入っていた。明日、早速作ってあげなくちゃ。
「この人ね、私が大好きな人」
カムイの瞳が神威くんを捕らえる。ワフ、というお返事が、了解、に聞こえる。お利口さんだね。
「……これね、神威くんの匂い」
私は、神威くんお手製のネックレスやブレスレットを小箱から取り出すと、カムイの鼻へ近づける。犬の嗅覚は、人間の1億倍とも言われるから。覚えてね、カムイ。
「……神威くんが、もしも私を見つけに来てくれたら。カムイも掴まえて、離さないでね」
夜空を見上げると、上辺がほんの少し欠けた月が浮かんでいた。乳白色のそれは、輪郭がやや朧気で頼りない。だけど、確実にまん丸になっていくんだわ。
私、空を見上げたのなんて、いつ以来だろう。毎日、時間に追われて、漫然と過ごしてたから、自分を取り巻く要素の温かみにも、些末な煌めきにも、気を配ることなんてなかった。それらに生かされてきたはずなのに。
「……ねぇ、キヌおばちゃん。スズおばちゃん」
二人して、何? と顔だけ私に向ける。
あぁ、そうだ。
お母さんへ向けて伸ばして繋いでもらえなかった手を救ってくれたのは、この人達の陽に焼けた手。働き者の、節や筋が目立つ手。
「……私、小さい頃、幸せだったと思う?」
バカだね、と一喝。
「今だって小さいじゃないか」
「……や、そういうことじゃなくてね? 子どもの頃、って意味」
「今だって子どもだろうに。何言ってんだい」
……そうですね、そうですよね。人生の先輩にしてみれば、私なんぞまだまだ子どもですね。
「あたし達が構ってたんだから。不幸せだったとは言わせたくないねぇ」
「それでも、お母さん、が一番だったんだろうさ」
庭に面している縁側に座り、カムイの頭を撫でていた私の傍へスズおばちゃんはゆるやかに寄ってくると、あれ、と大きな楠を指した。
「あんた、あれによく登ってたんだよ。覚えてるかい?」
「……なんとなく」
私、運動神経はさほど良くないけれど、木登りは、わりと出来た。それでも、小柄なせいで、登る順番は一番最後で。
誰かが、手を貸してくれた。誰だった?
私は、本当に、どれだけの大切な記憶の欠片を失くしているの?
「下から二番目くらいの枝にしょっちゅう座ってさ。何してるのか、って尋ねたら、お母さん待ってるの、って言うんだよ? あんた」
「え……?」
そうだった? そんな健気なこと、してたの? 私。
目を見開いた私に、背後からキヌおばちゃんの声が加わる。
「そこに座ると、前の通りが県道と交わるとこまでよく見えるから、さ。帰ってくるお母さんが早く見えるでしょう? って。可愛いこと、言ってたよ」
記憶がその人の人格を形成している大きな要素なのだと、この前テレビで言っていた。
私は自分に都合が良いように。都合が悪い記憶は、なんとなく曖昧に、忘却の彼方へ追いやって、可哀想な私を作っていったのか。
「……幸せだったかどうかなんて。死ぬ間際じゃないと分からないさ。あたしは、そう思うね」
「そうさね。だけど、幸せだったと思って死にたいじゃないか」
「……うん。だから、生きてくのね」
辛くても、悲しいことがあっても。
心がちぎれそうなくらい痛くて、逃げて、倒れてしまっても。
葦のように、考えて考えて、また立ち上がって。
シャンと背筋を伸ばして、姿勢を正して、笑って、愛して。
生きていくんだわ。
万葉。ごめんね。
万葉は、お父さんと私のお母さんの事情は抜きにして、本当に私のことを友達だと思ってくれてたかもしれないのに。
あの時の私は、何も信じられなかった。
万葉の顔色がみるみる青ざめていくのが分かっていたのに、優しい言葉を何ひとつかけてあげられなかった。
吉居くんも弓削くんも、ごめんね。
大切な大切な友達の神威くんを傷つけて。
ずっと私に気を遣ってくれてたのに。分かっていたのに。
二人に心の底から認めて欲しかった。神威くんの彼女、って太鼓判、捺してもらいたかったな。
美琴お姉さん。ごめんなさい。
大切な大切な弟の神威くんを悲しませて。
あの日。最後の日。
言いかけて止めた言葉は、何だったんですか。ぶつけたい感情は、何だったんですか。
怒り? 憎しみ? 呆れ?
甘んじて受け止めます。でも、許してはくれないでしょうか。
神威くんのお父さん、お母さん。
葛西先生。
智。
和泉さん、遠野さん、西條さん。
キヌおばちゃんもスズおばちゃんも。
それから………、お母さん。
みんな、ごめんね。
(礼ちゃん、謝りすぎ)
あああ、また。幻聴だ。
神威くん。そうだったね。私、何度も言われたね。
みんな、ありがとう。大好き。
神威くん。
大好き。
―――毎日を、大切に生きていきたい。
私の“これまで”は、何かが欠けていて、足りなくて、充たされてなくて、がらんどうで。
それでも、神威くんに、通じた。
私がずっと曖昧なまま抱えていたこと。
“生まれてきて良かったのか”
良かったのよね。神威くんに出逢えたんだから。
“愛されていたのか”
私が忘れていただけだけで、気づこうともしなかっただけで。
目に見えないものだから、掴んで、この手に残せなかっただけで。
きっと、愛されていたのよね。
もう一度、神威くんへ通じて欲しい。私が、生きていく道。
幸せだったと思って死ぬには、きっと私の傍に神威くんがいてくれなくちゃ無理なんだもの。
神威くんじゃなきゃ、嫌なんだもの。
陽は沈み、月は欠けていくけれど、また陽は昇り、月は満ちていく。
当たり前のことを当たり前で済ませてしまわない優しさを。
私が今あることに、きちんと感謝出来る真摯さを。
忘れないようにしたい。
そうやって、泣き顔より笑顔を、ごめんね、より、ありがとう、を。
たくさん、あげられたら良いな。
神威くんへ。
みんなへ。
***
「こんにちはー、郵便でーす!」
スズキヌ屋の入口がガラリと開いて、顔馴染みの郵便局員さんが入ってきた。キヌおばちゃんかスズおばちゃんか、受取人はどちらだろうと考えていたら、はい、と私へ大判の茶封筒を手渡された。
「礼ちゃんへ、速達だよ」
「え、速達?」
差出人を見てみると、お母さんの勤務先。手書きじゃなくて出版社名が印字してあり、地方支社名が並んでいる。一体、何事だろう。
郵便局員さんへお礼を告げ、私はピリピリと糊付けされた部分を開封した。見えてきたのは、雑誌。
「あー、7月号だ」
「何事だい、礼」
厨房からキヌおばちゃんの大きな声が飛んでくる。私はお目当てのページを探しながら厨房へ足を向けた。ちゃんと掲載されてるのかしら。えーっと、73ページから特集……、
「ええっ?!」
「何だよ、あんた」
見開いたページを見つめたまま呆然とする私の傍へ、キヌおばちゃんもスズおばちゃんも寄ってきた。二人して記事を覗き込んでいる。
「あら」
「まー」
その感嘆は何に向けられたもの? あ、お店の前で立ち並んでいるお二人の笑顔、にですか。
「これ、どういうことだい?」
「誰が看板娘だよ!」
これ、とキヌおばちゃんが指す先には、しゃがみこんでカムイの頭を撫でている私の姿。いや、すごーくちっちゃいけどね? いやいやいや、看板娘とか、どうでもいいのよ!
「な……んで、私が…、」
「本当だよ! 看板娘はあたしらだよ!」
「まぁでも、綺麗に写って」
………乃木さん。乃木さん?
取材って、一体何が、メインだったんですか?
プチバカンスにオススメの施設より、スズキヌ屋が、私とカムイの写真が、丁寧に配置されている様に感じるのは、私の気のせいですか?
“目の前に広がる紺碧の海!”
そんな吹き出しの下にも、防波堤下の階段に座る私の写真が。
これまた本当に小さいけど、いつ撮られたのか気づきもしなかった。
一応、全国誌なのよね、この雑誌。
ターゲットは、働く大人可愛い女子向けだと思うんだけど。神威くんの目には、触れないと思うんだけど。
いや、合鍵。神威くん、うちの合鍵 持ってた。
お母さん、時々、雑誌を持って帰ってきてたかしら。どうだった?
でもそもそも、17歳 男子高校生が、ページ捲りますかね?
速達で送られてきたけれど、発売日からはもう2日以上経っていると思う。離島の郵便事情なんて、そんなもの。
私、かなり髪が短くなってるし、ちょっと、痩せちゃったし。
男の子か女の子か分からないわ、ってアヤさんからよく言われるし。
パッと見では分かりにくい。以前の私とでは、かなり雰囲気が違うと思う。
いやでも、カムイの首輪に回している私の右腕。そこに光るそれは、鎖骨あたりを彩る輝きと同じく、作った本人なら分かる作品。
あああ、なんだろう。
どうしよう。
いや、どうしよう、って、なんだろう。
掴まえにきて欲しいと思ってたのに。
なんだろう。
勝手に、もっとずっと先のことのように考えてた。
あああ、本当に。
どうしよう。
神威くん、見つけてくれるかしら。
ちょっと焦りすぎて、感動の再会シーンなんて思い描けやしない。
ドキドキする。胸が、ザワザワする。背筋が、なんとなくゾワゾワする。
周りを散々巻き込んだ、傍迷惑なかくれんぼは、もう終わりにしなさい、ってことなのかな。乃木さん。そういうことですか? 綺麗な綺麗なオニさんが、きっと掴まえにくるから。いや、私にとってはオニというより王子様だけど。
神威くん。
私、嬉しくて、嬉しすぎて、泣いてしまうかもしれない。
本当は、笑顔で大好きだ、って言いたいんだけど、イメージトレーニング、しておくね。
だから――。
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