第3話 ②

「とりあえず適当な木で試してみてよ。その間に、僕はちょっと探し物をするからさ」


 そういってホッブさんは一帯に生えている木々を何やら確認しながらウロウロとし始めた。何か目的があるみたいだし、こちらはこちらで検証しましょうか。


「やっぱり同じように全てが記号付きの素材ですね」


「今回は“!”とか“#”もあったな。ホッブの言い方だとさっきの場所は良い素材が採れるってことだったから、“%”とかの方が素材としてはいいのか?」


「そうかもね。まあ、そこは正直検証命の人たちに任せるよ」


 今回は“%”が2個、“!”が5個、“#”が3個だったわ。誰でも来られる初心者向けの採集ポイントでも全部が記号付きだったから、これはもう確定でいいかもね。あと、品質についてはさすがに誤魔化したわ。


「記号付きが出るのは確定みたいだね。じゃあ、今度はこっちの木で挑戦だよ!」


 戻ってきたホッブさんは、そういうなり再びスタスタと歩き出す。リアルで首をかしげつつ、私はホッブさんの後について行った。そして、連れてこられたところには上質な木炭のような色合いの大樹がそびえ立っていたの。


「これって、暗黒大樹じゃないか!? なんでこんなところに生えてんだよ!?」


 ゴルトくんが驚くのは無理もない。これは森じゃなくて荒地の深奥部でもいちばん深いエリアにある『無明の洞窟』まで行かないと生えていない最高難度の大樹なんだから。ホッブさんクラスの人が最高品質で最高レア度の伐採斧を使ってようやく切り倒せるレベルで、間違っても中途半端なレベルの私が挑めるものじゃないわ。


「探索系がMAXになっているとね、時々こうしたレア樹木を『見つけられる』んだよ。マリアちゃんの神品質が作れるっていうのに似てるかもね」


 とんでもないカミングアウトがきたわ。私の能力も相応にチート級だと思っていたけど、いるところにはやっぱりいるものなのね。


「これを伐採できたら神品質はレベル差も埋められることになりますね」


「さすがにそこまでチートじゃないと思うんだけどね。元々の伐採斧も私の普段使いのものと同じものだし」


 そう言いつつも、私もちょっと期待しているの。伐採には至らなくても、ダメージくらいは入れられるんじゃないかなって。


 伐採は樹木オブジェクトで示される伐採ポイントへ伐採斧を使用することで行われる。伐採ポイントの樹木には伐採ゲージというものがあって伐採斧でダメージ?を与えることでゲージが減って、一定値減らすごとに枝や樹皮などの素材が手に入るの。そしてゲージをゼロにすると切り倒すことができて『原木』という素材が入手できるという仕組みなのね。だから、少しでもダメージが入れられるのであればそれはそれで十分すぎる価値があるの。


「えっと、この木はどこが弱点なのかしらね・・・・・・」


 伐採斧を構えて私は木の周りをウロウロと見て回る。さっきまでの一般的な木とこの暗黒大樹のような大樹系と呼ばれる木ではちょっとだけ伐採の仕方が違うの。普通の木はどこからどう伐採してもいいんだけど、大樹系の木は弱点を探して伐採をしないと弾かれてしまってダメージが入らないの。だから伐採のスキルや道具のレベルなんかで圧倒的しているのなら別なんだけど、適正レベルをちょっと超えてる程度だと弱点以外から伐採を始めても徒労に終わるだけなのね。


「マリアは弱点が見えるくらいには伐採のレベル上げてるのな」


「じゃないと作った斧の性能のテストにならないからね」


 ゴルトくんに答えつつ丹念に見定めた結果、ここかな?と疑わしきスポットを見つけた。キャラクターと大樹とのレベル差があればあるほど弱点は分かりにくくなる仕様だから、むしろ暗黒大樹の弱点らしきものが見えただけでも私的にはすごいことなんだよ?


「えいっ」


 伐採時のオートワードが出るのを横目に私は伐採斧を振るった。


 そして見事に弾き返されたわ。


「あー、やっぱりこれとの差は無理かー。弱点ポイントが見えてるっぽかったからいけるかなって思ったんだけどなー」


「まあまあ予想の範疇ではあったけど、ちょっと悔しいなあ。でも、たぶん下位四属性の大樹ならレベル差を埋めて伐採できそうな気がするというか、ダメージは入れられそうな気がするわ。あと、これはホッブさん用の道具を作って神樹系に挑んでもらわないとダメね!」


 私じゃ伐採に関してはこれ以上は無理だけど、ホッブさんなら攻略最難関とされる神樹系の伐採も行けそうな気がするし!


「神樹系はじわじわゲージが回復していくし、弱点のポイントが一定時間ごとにランダムで変化するし、弱点以外のところを叩いたら反射ダメージを受けるんだよ?あれは入念に準備をしたうえで丸1日1本に全力集中すると決めてかからないと伐採どころか枝や樹皮の素材だって手に入らないんだからね?」


 ホッブさんでそれなら、知り合いじゃ他の誰にも伐採できませんからねー。


「まあまあ。次回以降の目標もできましたし、次のポイントへ行きませんか? まだ、採掘と釣りをしていませんから」


「あ~、それなんだけどねサラサちゃん。ここまででだいたい神道具の性能傾向は見えちゃったから、検証はもういいんじゃないかなって思っちゃったんだよねー」


 まあ、傾向については目途が立ったかなとは思うよね。


「使用者のレベルをある程度ブーストするのと、入手する素材は記号付きになることくらいよね。ブーストされるレベルは現状の1~2段階上の採集に挑戦できる手ごたえかな。素材に付く記号も手に入れた素材の元々の品質の1~2個上になる感じだと思うわ」


 これが使ってみての私の感想ね。だとすると、この森で手に入る素材や出そうな品質がわかっているから結果が想像できちゃうのね。さらに拡大して考えれば大体のフィールドの採集スポットについて把握していればどこでどういう結果になるかが予想できちゃうってこと。


「でもよ、採掘だと同じスポットから何種類か出てくるだろ? その時の排出率とかどうなるんだ? たとえば激レアな素材が出やすくなったりはしないのか? 釣りでもヌシはまあレベルとかが影響するだろうけど、大物とか特殊個体とかはどうなるんだよ?」


 ゴルトくんの疑問には私もうんうんとうなずく。確かに採取や伐採は実のところそこまで排出される素材に幅がないわ。それに対して採掘や釣り、それに『ヒュージー』の解体はレアドロップという浪漫――というより生産における切実な問題が存在しているのよね。


「それは茨の道というか、修羅の道だよ~? 物欲センサーが発動したらレアじゃない素材がレア化したり、極レアが普通に出たりするからね」


 物欲センサーか・・・・・・。オンラインゲームの世界では一般用語となった感じがあるよね。素材とかで欲しい気持ちが強い人のところには欲しいものが出てこなくなるジンクスだったっけ?


「まあ、物欲センサーは都市伝説だって言うだろ? それに、検証についてきて言うのもあれだが、俺は全然戦闘しないで帰るとか嫌だし」


「それはまあ、解体ナイフのお試しも考えていたから戦闘は必須だと思ってるし、そのための武器だって持ってきたしね」


 装備をセレクトして持ってきた武器を構えてみせる。神品質のオーラをまとう白銀の短剣は、総ミスリル銀の短剣を絶零氷塊を徹底的に細かく砕いたものでコーティングして白氷竜の爪で装飾した業物よ。元のデザインだともっと爪を主体とした感じだったんだけどね。


「『銀嶺の氷竜刃』ですね。デザインホログラムでも見せていただきましたが、本当にきれいな短剣ですよね」


「サラサちゃんの『桜花の細剣スプリングブロッサムレイピア』だってきれいだし、愛用してくれてて嬉しいよ」


「それじゃあ、“炎顎竜”フラージャルでも狩りに行くかい? キミたちの装備レベルなら討伐推奨レベルに達してるでしょ?」


 “大森林の暴君”を推してくるかー。でも、あれってもっと深奥に踏み込まないと出てこないでしょうに。


「色々と検証するのに7つのフィールド全部回るつもりだったんだけど、地形や属性に対応させた道具まで網羅してはいないんでしょ? だったらこの森で完結させてもいいかなーって。“炎顎竜”に遭遇するまでの間に釣りも採掘もできるしね」


「まあ、急いでしないといけないことでもないから今日のところは森だけでもいいですよ。“炎顎竜の結晶石”が出れば私も嬉しいし」


 そういうレア素材が出やすいかどうかは同じ相手を複数体解体してみないと何とも言えないけどね。ホッブさんが言ってたように、出るときには一度に2~3個出たりもするし。


「それじゃあアイツの縄張り目指して行くか。採掘はぽつぽつポイントがあるだろうからその都度やればいいだろうし、釣りができる川も途中にあったしな」


「川辺は“森狼”が出やすいですから、マリアさんが釣りに集中できるように私たちでお守りしますね」


「ありがとう、サラサちゃん。良い素材が出たら新しいレイピア作ってあげるね」


 リアルは小学生だというサラサちゃんの優しい気配りに、そう言いながら抱きつきアクションでかわいがっちゃう。


「キャラクターの見た目のせいでちっちゃい妹さんが歳の離れたお姉さんに甘えているようにしか見えないね」


「身長設定が150前後のキャラが170近いキャラに抱きついてるわけだしな。しかも顔や体型もマリアは童顔で、サラサはキレイ系でメリハリ体型だからな」


「セクハラで運営さんに通報するわよー」


 まあ、フレンドになって1~2年。仲良くなってお互いのリアルについてもそれなりにぶっちゃけた関係だからこの程度の軽口はただのコミュニケーションの範疇だけどね。


 などと言うやり取りを挟みつつ、私たちは森を奥へ奥へと移動した。ところどころ天然の地下道みたいになっている洞窟を通りながら何か所かの採掘スポットで「森石英」「炭晶石」「森林琥珀」を掘り当てる。今のところレア素材の排出率が良くなっているという感じはない。記号付きなのは採取や伐採と変わらないけど。


 洞窟から川に出たので釣りをする。「森イワナ」「緑アユ」「森林ヤマメ」「オオバマス」が釣れたんだけど、こっちは大型が釣れやすい感じだったわ。ヌシ釣りポイント以外ではレアな魚っていうのがそもそも少ないし、ここの川では釣れないはずだからね。そのぶん釣り師を自称する人たちの間でレア度の代わりに語られるのがサイズ。実際の釣りでも大きい魚を釣りあげたら話題になるでしょ? このゲームは魚拓も取れるし、そのサイズを競うイベントも定期的に開催されているから、そういう意味ではレア度が高いものが獲れるっていっても良いのかも。


「僕が釣った魚よりもマリアちゃんの方が全体的に大物だね。釣りは神品質が大きく影響するようだし、なんか早々と結論を出そうとしたのは失敗だったよ。そのうえ全部が記号付きでしょ? 僕だって記号付きの魚を釣りあげるのは確率的にも結構大変なんだよ?」


 基本戦闘はしないホッブさんは一緒に釣りをして神品質の検証に付き合ってくれたんだけど、私が思っていた以上の結果だったみたい。

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