第8話 【幕間】壊された思い出

夢を見た。もう10年以上前の、幼稚園生位の記憶を辿る夢だ。

小さい頃の俺はとにかく人見知りで、外で遊ぶよりも教室の隅で積み木を組み立てているような子供だった。だが先生は他の子と交流させたかったのだろう。

遊びの輪にいれようと躍起になっていたけれど、無理に入れられたために余計に何も喋れず、輪を崩された子供たちも不満そうにおれを見ていた。


 「しーちゃん入ったから鬼ごっこだめかぁー」

 「ずっと交代しないとつまんないし、かくれんぼにする?」


鬼ごっこは苦手だった。走るのは早い方なのだが、昔勢いがつきすぎてタッチした相手を突き飛ばして大泣きされてから怖くなってしまったのだ。そのため至極ゆっくりと近づいてちょんと触ろうとして逃げられる、という繰り返しだった。


 「ねーねー、何話してるの? 私もいれて!」


戸惑う集団の中に、一陣の風が舞い込んだ。短い髪がちらりと揺れて、ハシバミ色の目が覗く。その姿にぎょっとしたように目を開き、集団は慌てたように話に出ていたかくれんぼをいそいそと始めた。


 「一緒に隠れよ!」


彼女が返事がないまま俺の手を掴み、狭い校庭を突っ切って教室の中に戻る。


 「ねぇ、ここじゃ隠れてないよ」

 「大丈夫だよ。皆以外とこんな所にはいないだろうと思って探しにこないから。それよ  り待ってる間暇だし積み木遊びしよ?」


とてもマイペースな子だった。けれど元からしたかった遊びであり、それに付き合ってくれる子など今までいなかったから、俺は思いのほかウキウキと散らばった積み木を集めだす。少なくない工程を踏んで完成した城を見て、2人で手を取り合って喜んだ。


 「あっ、こんな所にいた! しーなとしーちゃん、見付けたよー!!」


突然邪魔者が現れた。鼻息を荒くこちらに向かってくる際、彼はいかにも気に入らないと言う風に頬を膨らませた。そして思い切り完成したばかりの城を蹴り上げる。積み木で出来た建造物は、その一撃で呆気なく崩壊した。


あっ、と小さく声を漏らしたのは俺だったか彼女だったか。次の瞬間、鬼のような形相で城を壊した本人に馬乗りになる彼女の姿が見えたことで、悲しさや虚しさはどこかへ吹き飛んでしまった。


 「折角しーちゃんと作ったのに!! 何で壊したの! ひどいよ!」

 「いたい、やめて、いたいよおー!!」


幼稚園児とは言え全力で相手をぶっているのだから衝撃は相当のものだろう。まして彼女は彼よりも体が少し大きく、がっちり押さえ込んで逃げられないようにしていた。騒ぎを聞きつけた先生達が青い顔で走ってきて2人を引きはがしたものの、彼は泣き叫び、彼女は顔を真っ赤にして怒っているし、散々な有様だった。

その後先生に呼び出されて何故か一緒に叱られ、彼女は早めに親が迎えに来て帰っていった。


 「ごめんね」


何に対するごめんだったのかは分からない。それから結局、彼女とは卒園まで話すことは一度もなかった。唯一名前だけは「しーな」だとひらがなを教わったあとバッジを見て分かったのだけれど、呼ぶこともなかった。暫くして彼女は休みがちになり、「おじゅけん」するからあまり幼稚園に来られないという噂を聞いた。


当時はその意味が分からずにいたが、同じ学区に住むはずの彼女が小学校の入学式に現れなかったとき、ぼんやりと理解した。もう会うこともないんだと。風の噂で隣町に引っ越したという話を聞く頃には、すっかりあの事件のことも、彼女のことも忘れてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る