第3話 分かり切った告白

次の日、恭子はいつも通りの時間に交差点にやってきた。

腕につけた腕時計を見て、後何分で彼がやってくるだろうと思いを馳せる。そうしている内に学校のチャイムが鳴りだしたが、今日は彼の足音が聞こえてこない。いつもならどんなに遅くてもこの時間にはやってくるはずなのだが、意を決して交差点の角の先を見ても、人っ子一人いなかった。


 「もしかして今日は休み……?」


ここに立ち始めて暫く立つが、彼が休んだり遅刻したりする日は一度もなかった。朝が弱い彼だが、何だかんだできっちり朝礼には間に合っていたのだ。昨日の様子では体調が悪そうでもなかったが、一体どうしたのだろうか。

万が一の可能性にかけてそれから30分程程待ち続けたものの、遂に彼は来なかった。冬の呼び声がまだ遠いとはいえ、朝の時間帯はまだ気温も低く、すっかり体が冷たくなった彼女は仕方なく学校に向かった。


 「あっ」


通用口を通りぬけ、ふと昨日と同じように彼のいるクラスを見つめてみる。すると、窓際の席に座った彼と目があった。彼はふっと目を逸らしてしまったが、また通じ合った気がして嬉しくなる。今日は珍しく早起きできたのだろうか。そう思うものの、部活もしていないらしい彼が学校に早く来る理由が見つからずに、どうしようもないモヤモヤが残った。


 「今日は随分遅かったね、寝坊でもした?」


保健室のドアを開けると、保険医はまた気だるげに椅子にもたれかかり、朝っぱらからお茶を片手に梅しばを齧っている。


 「いえ、寝坊はしてないです」


彼女は迷った。このモヤモヤを解消するにはまた保険医に相談するしかないだろう。しかしどうにも自分の色恋沙汰を人に相談するのは気恥ずかしい。どうしたものかと悩んでいると、保険医は彼女の分までお茶を用意してくれた。


 「まあお座りなさいよ。お姉さんに話してみな」


お姉さんという所に引っ掛かりをおぼえたものの、賢明なことに恭子はそれを口に出しはしなかった。これからまた一日傍にいる相手なのだから、雰囲気をわざわざ悪くする必要もない。


 「昨日の話なんですけど、実はあれって私のことなんです」

 「まあそうよね」


まだ湯気をたてるお茶をずず、とすすり、保険医は促すように彼女を見る。


 「彼との接点は毎朝交差点で目が合うことで」

 「ちょっと待って、もしかしてそれだけ?」


そうですけど、と答えると保険医は天を仰ぐように額に手をやる。


 「うん。それで?」

 「でも今日は彼がいつもの時間に来なくて。休みなのかと思ったんですけど、さっき教室の窓から授業に出てるのが見えたんです。何でわざわざ早く学校に来たのか分からなくて」

 「昨日は何か変わったことはなかった?」

 「そうですね……昨日、初めて学校で目が合ったんです。今日と同じように窓越しですけど。彼はひどく驚いた様子でした」

 「なるほどねぇ」


保険医は腕を組み、小さく唸り声をあげる。恭子は緊張の面持ちで彼女の次の言葉を待つ。


 「向こうは同じ学校だとは知らなかったのかもね。この辺り似たような制服の高校もあるし。でもそれならチャンスじゃない? もしかしたら向こうもこっちを意識して恥ずかしくなったのかもしれないし」

 「そう、なんでしょうか」


どうにも納得しがたい理由だった。しかし他に代案もなく、彼女は意を決して言葉を発した。


 「できれば放課後に彼に話しかけてみようと思うんです。昇降口なら、いつも通ってるし……朝より人が少ないから」

 「いいじゃない! 早速今日やってみなさいよ」


彼女はゆっくりと肯いた。前に踏み出す勇気。それを持つために、恭子は少しずつ変わろうとしていた。

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