大したオチなどない

 空前の感染力で世界中を混乱させたあのウイルスは、遂に非現実を現実に呼びこんだ。なんと、世界はゾンビだらけになってしまったのだ。


 どうしてそうなってしまったのか、順を追って説明しよう。


 あのウイルスは様々なワクチンに耐えられるように独自進化を重ね、ついにはゼータという最強ウイルスになった。


 ゼータウイルスは感染から三日以内に90%という恐るべき致死率で、これまでの「空気感染するタイプのウイルスは致死率が低い」などという迷信を吹き飛ばし、人類に蔓延した。


 このウイルスへの特効薬がないまま世界が死の影に包まれていく中、さらに人類は地獄に叩き落されることになる。


 それはこのゼータという最強ウイルスが、人体に巣食っている蛔虫のような寄生虫をも進化させてしまったのだ。


 どうしてそうなったのかわかるものはいない。自然界にあるウイルスにそんな力があるはずないため、これは最初から人工的に作られた大量殺人兵器だったという説が真実味を帯びたくらいだ。


 ゼータウイルスに感染して進化した蛔虫をここでは「Z虫」と呼ぶことにするが、そのZ虫は一部のハチや吸虫またはよく知られているところのハリガネムシと同じように「宿主を操る」能力を持った。つまり、人間を操ってしまうのだ。


 Z虫は自分たちを増殖させるために宿主を操り、他の人間を襲い、感染させ、その体内で増殖し、また感染を広げていく。その光景はさながらゾンビ映画のようだった。


 Z虫に寄生された人間はまず自我を失う。


 そして他の人間に体内のZ虫を寄生させようと、噛み付き行為を行う。これは人間を食っているのではなく、唾液中にいるZ虫を相手に感染させるための行為だ。


 もちろん操られた宿主は食事も取らずに動き回るので、数日で養不足や脱水症状に陥り肉体機能が停止する。つまり死ぬ。


 しかしここからが恐ろしいところで、死んでもその肉体は体内で増殖したZ虫によって操られ続ける。むしろ、死体になってからのほうが問題だった。


 体内に宿る大量のZ虫は、特殊な分泌液を出し続けて宿主の死後硬直や腐乱の進行を遅らせる。半年経っても一年経っても死体は動き続けた。


 そして宿主を守り他を捕食するために、小さなZ虫が寄り集まり、筋肉や神経を補強することで超人的な身体能力を発揮した。


 死人に痛覚はないので、人間の限界を超えた動きと抑制のない力を発揮する。その身体能力はゾンビ一体が人間五人分にも相当するものだった。


 ゾンビに掴まれたら逃げようがないし、ゾンビに見つかったらとんでもない速さで追いかけられる。統計が取れるような状況ではなかったが、もしかするとゼータウイルスよりもゾンビに殺されたほうが多かったかも知れない。


 そんなZ虫は実に小さく、唾液や血液の中に蠢いている。


 噛まれたら感染することはもちろん、返り血を浴びても感染するし、アホな若者が美人ゾンビを捕まえてに励んだら、当然粘膜感染した。


 更に最悪なのが、このゾンビ化した人々はゼータウイルスを大量に保持している「キャリア」だ。噛まれなくてもゾンビが近くにいるだけで致死率の高いゼータウイルスが空気中に放出され続け、ゾンビ化していない人々も感染させられるのだ。


 ゾンビ化した人々をむやみに殺せば返り血でZ虫が拡散するし、放置していたら致死率の高いウイルスが拡散する。ウイルスで亡くなった人たちの遺体も体内の蛔虫のせいでゾンビ化していき、最悪なことにその対象は人間ばかりか動植物にも拡大したため、生きとし生けるものすべてがゾンビになっていった。


 このゾンビ化現象から逃れるためには、人類は2つの方法を選択した。


 1つは宇宙に行くか海底に行くか、とにかく隔離されて外気を取り入れない完全なるシェルターに入ること。


 ―――しかしそんなシェルターが人口分あるはずもない。あったとしても水や食料が尽きたらそこで終わりだし、そもそも外気を全く取り入れないことが不可能に近い。殆どのシェルターが空気を濾過して室内に取り込むのだが、その時にゼータウイルスも取り込んでしまうのだ。


 もう1つは人間を辞めること。


 特殊水溶液のカプセルに浸って仮死状態になり、ワクチンが開発されるであろう数百年後に目覚めるという、未来に託す方法だ。この方法は人体そのままだと保持することが難しいため、脳だけが取り出されて生命維持された。


 ―――しかし脳みそだけになり、未来にすべてを託した者たちは哀れだ。世の中がこうなってしまってはワクチン研究できる人も、脳みその生命維持を管理する人もいなくなるのだから、これは一種の自殺に過ぎないのだ。


 こうして、世の中には数少ない非感染脳みそと感染済みゾンビしかいなくなった。地球上から人類は滅亡したのだ。


 だが、人類の記憶を持ったなにかは残った。


 実は前述の2つ意外にも「感情から記憶まですべて記憶媒体にコピーしてアンドロイド化する」という手を取った科学者がいたのだ。


 実験に協力してくれた者たちは全員発狂して死んでしまった。記憶も考えも感情も、本当に自分のものなのかそれともコンピュータによる演算処理なのかわからなくなって、自我が崩壊してしまったのだ。


 が、その前任者たちの結果を引き継いだ科学者は、自身のアンドロイド化に成功した。


 だが、そこまでだ。


 もう彼は人間の肉体を捨てたロボットでしかなく、子孫を生み出すことができない。人は人を生むことはできても造ることはできなかったのだ。


 何十年も自身の体をメンテナンスしながら生きながらえた科学者だったが、最後は部品が足りなくなり、風化して物理的に消滅したゾンビたちと共に、その生涯を終えた。








「うーん。駄目っすね」


 吉田君は頭をポリポリと掻きながら俺が出したプロットを書いた原稿用紙を机に投げた。


「せんせぇ~、プロット長すぎですよぉ。これ三行でわかりやすく言うとどういう物語です? 僕言っちゃいますよ? ウイルスのせいでみんなゾンビになって死にました、ってことでしょ? だめっすよ、こんなの、すぎてー」


 わお、原稿投げた上に頭ごなしのダメ出しときた。


 歴30年の作家が新卒2年目くらいの若手編集者にけちょんけちょんに言われるってのはなかなか良い経験だと思って、俺は黙って聞くことにした。


「やっぱりヒロインがいてヒーローと一緒に人類の希望になるとか、そういう感じにしてもらわないと、売れないっすよ? せんせぇの書いたこれ、盛り上がりもなくただただ終わっちゃってるじゃないですか。そういうガチなやつはエンタメっていわないんですぅ~ ヒロインは絶対入れてくださぁ~い」


 言い方が小学校低学年の嫌なガキみたいだが、そもそもてめぇがリアルなゾンビもの持ってこいっつったんだろうが。ガチが駄目ってどういうことだよ。


「じ、じゃあどんな感じにすればいいのか、編集者の目線でアドバイスをくれないかな」

「うーん、そうっすねぇ。最近は主人公がゾンビに襲われないってパターンをね。主人公が男の場合は大体その能力を活かしてハーレム作ったりするんすよ。いいっすよねー、夢があって」

「……よく見るってことはなんじゃ?」

「かーっ。わかってないなぁ、これだから昭和は。いいっすか、違うんですよ。みんながわかりやすい世界観の中で、独自性を出して勝負してほしいんですよ! 異世界ものの作品は大体そうでしょ!? 同じようなテンプレ展開だけど、どの作品も独自性を取り入れて人気出してますよね!?」

「じゃあ女の子を主人公にしてゾンビに襲われない設定で、イケメンを集めて逆ハーレムを造る話がいいのかな?」

「そのイケメンたち、女巡って殺し合いっすよ、絶対」


 なにこいつ、数分で言ってることが矛盾するんだが。


「もう一つヒント出しますけどぉ、異世界帰りでチート能力を持ってる主人公が暴徒化した悪い奴ら相手に無双するってのも流行ってますよ。ほら、なんか浮かんできませんか、いいネタ!」

「暴徒相手に無双って。なにかの拳法の伝承者がオラオラしてるイメージしか浮かばないんだが」

「これだから昭和は」


 こんガキャあ、スッとディスりやがったな。書いて欲しいものがあるならそう言えよ……。てか、異世界? リアルなゾンビものっていう前段の話はどこ行ったんだ。


「吉田君、そのチートの話、ゾンビと戦うのは最初だけで、後の相手は人間ばかりになっちやうんじゃないかな?」

「そうですよ? ゾンビなんて世界観を維持するためのお飾りで、テーマは人間の醜さ……みたいな? 思いつきっすけど、僕の方が才能ありすぎじゃないです?wwww」

「……そういうアメリカのTVドラマシリーズ、あるよね?」

「ありますけどなにか? だってゾンビなんてどれも同じじゃないですか。どこかのバトル漫画みたいにどんどん強くなるとかないでしょうし。やっぱ人間相手でしょ」

「ん……、どんどん強くなっていけばいいのか」

「は?」

「ゾンビが時間経過で強くなっていくんだよ。主人公もゾンビと戦いながら成長してさ。話のどこかで自我を持ったリーダー的なゾンビが現れるとか、ゾンビ四天王とか魔王ゾンビ的なものも出てくるとか、敵だったリーダーゾンビと共闘するとか、友情! 努力! 勝利! みたいで御社好きなんじゃない?」

「自我を持ったゾンビって、それ、もう人間ですよね? それと弊社はそんなテーマを掲げたことないんで。つか時代錯誤ですよね、それってバブル時代のテーマじゃないですか?」


 こいつ、そういうどうでもいいとこはがつがつツッコんでくるよな。


「じゃあ視点を変えて吉田君が好きそうな……。ゾンビだったけど人間の美人に恋して、愛の力で人間に戻る話とか」

「あー、それ、映画であるからもういいっす。パクリっすよ、パクリ~」


 畜生、ぶんなぐってやりたい。


「吉田君の読みたい話を言ってくれたら書くよ」

「それプロとは言えないじゃないですかぁ。編集の言うこと聞いて書くだけだったらシナリオ会社に頼みますから」


 くそっ、正論かよ。


「あ、それと掲載予定雑誌は小学校低学年の女児向けなんで、よろですー」

「先にそれを言えよ!! だったら読者層に内容を合わせるわ!!」

「え、ロリなんすか?www」

「俺がゾンビになったらまっ先に噛み殺してやる」

「あははは。ゾンビになんてなるわけないじゃないですか~」


 吉田くんは頭をポリポリ掻きながら苦笑した。


「そういやせんせぇ、ワクチン打ちました? 僕まだなんですけど」

「俺は2回目も打ったよ。年齢が年齢だから罹患して重症化したら怖いからね」

「ふーん。どうすっかなぁ。僕も打ったほうがいいんすかねぇ」


 と言いながら頭を掻く吉田君。名探偵・金田イチなにがしのようにフケが机に落ちる。


 俺にはそのフケが微妙に動いているように見えてしまい、思わず彼の顔を覗き込んでしまった。


「は? なんすか」


 そう言って人を小馬鹿にしたような顔をする吉田君の眼球には、ちろっと蛔虫が出ていた。それはまるで俺が書いたブロットのような……。

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