追放する方の理由
「エル、君にはこのパーティから抜けてもらいたい」
俺は苦渋の選択を口にした。
この結論を本人に言うまで何日も悩み、胃痛で食事が喉を通らない日々が続いたが、このままでは良くないと踏ん切りをつけてようやく宣告した。
エルは田舎の寒村で共に成長してきた幼馴染で、一緒の日に冒険者になり、初めての依頼を達成したときは抱き合って喜びあった仲だ。
俺にとっては親より長く顔を見てきた唯一無二の友であり、命を張ってもいいと思っている仲間だ。もしも魔物に襲われてエルが死にそうになったら、俺は迷わず身代わりになるだろう。
だからこそ、パーティから追放するという宣言を口にするのがどれほど辛いか。
「は? なんで」
エルは俺を睨みつけ、続いて同じテーブルに座っている戦士のドルガルド、魔法使いのミュージー、僧侶のカティア、義賊のロロを順々に威嚇する。
俺たちのパーティ構成は、俺を含めた戦士二人、魔法使い一人、僧侶一人、義賊一人、そして……お笑い芸人のエルだ。
魔物の討伐やダンジョンの攻略で生計を立てている俺たちパーティにとって「お笑い芸人」は無用の長物だと周りから言われ続けてきたが、それでもエルを切り捨てることは出来なかった。
最初の頃は場の雰囲気を明るくしてくれるエルの存在はありがたかった。
どんな苦境でもエルがいれば笑いが絶えず、どんな苦行でも精神的なゆとりを持つことが出来たし、どんな苦難でも乗り越えてこれた。
だが、エルは何度聞いたかわからないほど使い古されたネタで笑いを取りに来る。愛想笑いもできないほど聞いたネタを振ってくるだけに、こちらの反応は薄い。するとエルは「聞こえなかった?」ともう一度そのネタを話し始める。これはオレたちにとって苦痛以外の何物でもなかった。
さらにエルはパーティ結成当初から「お笑い以外なにもしない」という態度を貫き通している。
戦闘も補助もしない。荷物すら持たないし、戦闘指揮も調査も鑑定も武具の修繕も依頼の選別も……とにかくなにもしない。
「お笑い芸人がお笑い以外の事をするなんて、お笑いのポリシーに反する」
それがエルの口癖だった。
最近はその態度が顕著で、戦士のドルガルドがよく「なんで冒険者になったんだよ」と突っかかっていたが、それは正論以外の何物でもない。
「はッ。そういうことかディライト。ここをお前のハーレムパーティにするのに邪魔だから出ていけってことか!」
エル。よく見て欲しい。うちのパーティは俺と戦士のドルガルドと義賊のロロはまごうことなき男だ。この時点で女性冒険者を集めて男は俺だけ……というハーレムにはならない。むしろ女だらけの職場なんて、影で何を言われるかわからないから怖くて仕方ない。
それに俺が魔法使いのミュージーと僧侶のカティアの二人を囲って「ハーレムだぜぇ」と言うのならワンチャンわからんでもないが、二人はそれぞれドルガルドとロロと付き合っているし、俺は仲間の恋路を邪魔したりしない。
「ハーレム要素は一つもないじゃない」
俺の心境を代弁してくれたのは魔法使いのミュージーだ。彼女は戦士のドルガルドと親密な関係を築いている。資金が貯れば結婚することも宣言している仲だ。
「じゃあなにか? 戦わないから邪魔だって言いたいのか」
エルはようやくそこに辿り着いてくれたが、僧侶のカティアが否定した。
「違います。あなたが戦わないことはパーティを結成した時から分かっています。違うんです」
「じゃあなんだよ!」
「あなたのお笑いがつまらなすぎて辛いんです!」
エルは自分の口で「がーん」と言った。実は余裕があるな?
「わかったよ」
エルは憮然としながら手を出した。
「これまでに稼いだ分をよこせ」
エルが「お笑い芸人は宵越しの金を持たない」と言い出すものだから、毎回報酬は人数割りしていた。パーティ自体に貯蓄などないことはエルも知っているはずだ。それなのに俺達から身銭を要求するのはタカリでしかない。本当なら一銭たりとも払うべきものではない。
「どうだ払えないだろ。そうだよな。だったら出て行けなんてのは……」
うちのパーティの金庫番でもある義賊のロロは、あらかじめ用意していた革袋をテーブルに置いた。
「え、多……」
その革袋の大きさに驚いたようだが、エルはしどろもどろしながらもまだ食って掛かってきた。
「は……ははぁん!? 出ていくときはこの装備品を置いて行けとか言んだな!」
「それは自分で買ったものだろう? パーティから君に支給した品はないし、そもそも戦わないから装備もなにもないじゃないか」
今もエルは普段着のままなので冒険者には見えない。
ちなみにエルの服はアホみたいにでかい蝶ネクタイと、迷宮では松明の光を反射して目立ちすぎるスパンコールのジャケットだ。返すと言われてもいらない品であることは間違いない。
「ここから追放されたら今夜からどうすりゃいいんだよ!」
ついには泣き落としに入ってしまったが、冒険者としてはなんの能力もないエルが今後生活できないというのは、確かな事実だ。
「俺が買った安普請の小さな家は君に譲る」
「……は? はぁぁぁぁぁぁ!?」
エルは身を乗り出して俺の胸ぐらをつかんできた。
「ディライト! 王都の一等地で家を持つのが夢だって言ってたよな! それでやっと手に入れたものを譲るだって!?」
「俺には過ぎたものだった」
「情けか! 同情で家をくれるっていうのか!」
「どう思われてもいい。登記は君の名前に変えておいたし、向こう三十年分の住宅税と住民税も払い終わっている」
「は……? 手厚すぎないか」
「無理やり脱退してもらうんだ。それくらいの保証は当然だろう」
「そこまでして出ていってほしいのか!」
「そこまでしてでも出ていって欲しい」
俺が断言すると、エルはボロボロと涙をこぼした。
「あとで泣きついて帰ってこいとか言っても、絶対に戻らないからな」
「わかっている」
俺は幼馴染を捨てるという選択をした。それなのにどの面下げて戻ってこいと言えるか。もしもそういう状況に陥ったら俺は冒険者を辞める。
「いいか!? 後から言ってきても、もう遅いんだからな!」
「わかっている」
「ほんとにいいのか! いいんだな!? 知らないからな!」
めっちゃ食らいついてくる。俺から「やっぱり残っていてくれ」という言葉が出てくるのを待っているようだが、他のメンバーが俺を見て一斉に首を横に振っている。俺たちは心を悪魔にしてエルを追放しなければならないのだ。
エルは溢れる涙を拭きながら、俺たちを射殺すように睨みつけた。
「後で吠え面かくなよドルガルド! ミュージー! カティア! ロロ! それとディライト! 家は返さないからな!」
「わかってる」
古来より言い伝えられる「パーティから捨てられた主人公が覚醒して強くなったからといって帰ってこいと言われてももう遅い」系の物語のように、エルは王都のお笑いグランプリで優勝してトロフィーを掲げながら「ざまみろ!」と言って欲しい。
エルは椅子を蹴り飛ばしながら立ち去った。
エルがいなくなってからもしばらくの間、残された俺たちの間には沈黙が漂った。
しばらくしてドルガルドが口を開いた。
「これで良かったんだよな」
「良かったんだ」
俺たちは明日、勇者と共に魔王城を攻めに行く。きっと生きて帰っては来れない。
それに僧侶のカティアが言うには、エルのお腹の中には勇者と育んだ赤子が宿っている。
もしも俺たちが魔王討伐できなかったら、エルの子供に託すことになるだろう。だからこそ彼女を同行させるわけには行かなかったのだ。
「勇者様はエルと最後の別れをするつもりだろうか」
俺にとってエルは大事な友であり仲間であり幼馴染であり―――初恋の相手だ。勇者はそんなエルと結ばれたのだから、最後までちゃんとして欲しい。
「しないって言ってたぞ。別れが辛くなるってさ」
ドルガルドは苦笑しながら言う。
「明日、旅立つ時に一発ぶん殴っていいか?」
「ディライトはそうしてもいい権利があるだろうけど、魔王を倒した後にしてくれ」
「お前たちは、いいんだな?」
俺はドルガルドとミュージー、ロロとカティアのカップルたちを見回した。
四人は互いに手を重ね合わせ、強く頷いた。死ぬ覚悟はできているようだ。
「こういう時に昔のエルが話してくれたネタが欲しいよね」
ミュージーは薄っすら浮かぶ涙を拭う。
「帰ってきたら聞かせてもらおうぜ」
ロロは苦笑する。二度と会ってもらえないかも知れないが、と付け加えないのはロロの優しさだろうが、戻ってこれる保証がまったくないというのが真実だ。
「無事に帰ってこれたら、エルのどんなにつまんないネタでも笑える自信があるわ」
カティアはロロの手を握りながら肩を揺らす。涙をこらえているのだ。
「すまんなみんな。俺と一緒に死んでくれ」
勇者からの指名依頼を受けたのは俺だ。
だが、俺達がやれるのなら。
魔王を倒してこの世に平和を齎すことができるのなら。
その可能性がゼロじゃないのなら。
―――命を賭していい。
□□□□□
「かーちゃん。ほんとに?」
「本当だよ。勇者様に付き添った世界最高の冒険者パーティにいたんだから」
「うそっぽーい」
「戦士のドルガルド。魔法使いのミュージー。僧侶のカティア。義賊のロロ。そしてこの家の持ち主だったディライト。みんな最高の仲間だったさね」
「かーちゃんはなんだったの? 錬金術師? 召喚士? あ、わかった! ビーストテイマーだ!」
「あたしはお笑い芸人さ」
エルは息子の手の甲に浮かぶ勇者の紋章に手を重ねて微笑んだ。
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作者:注
たまにはドストレートにどこかで誰かが書いていそうな短編でも。
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