名サポート悪役令嬢
「ノイエンタール公爵家長女ティラ。僕は貴女との婚約はこの場において破棄させていただく!」
第二王子タップは鼻の穴を広げながら興奮気味に宣言した。
「タップ王子、それ、わたくしを投獄した後に言います?」
婚約破棄を宣言された公爵令嬢のティナ。彼女がいるのは底冷えする冷たい石畳と鉄の檻の中で、窓一つない薄暗い牢獄だ。
「こうでもしておかないと、僕を殺してるよね?」
「殺すなんて物騒な。わたくしそんなことは致しませんわ。やるとしても【ワニのペンチ】くらいのもので」
「おもくそ拷問じゃねぇか」
タップ王子は少し内股になった。
「冗談ですわ。それで? 婚約破棄する理由をお聞かせ頂けるのでしょうか。それとわたくしが投獄された理由も知りたいところですわ。あ、ついでにタップ王子が腰に手を回しているそちらの御令嬢のご紹介もしていただければ。どうせ話し込むのであれば、わたくしが座れる椅子とブランケットと温かいお茶もご用意ください。ダッシュで」
「僕をパシろうとしないでくれないかティラ」
いつもと変わらないティラの態度にタップ王子は苛ついていた。だが、今は絶対的優位にいるという安心感もあり、思わず隣りにいる男爵令嬢エルメラの腰を強く引き寄せていた。
「心配ないよエルメラちゃん。この牢獄は僕たち王族の間では魔封じの檻って言われてるんだ。ここではどんな呪文も使えないし、どんな荒くれ者でも身体能力が半分以下になる結界があるからね。いくら【玄界灘の荒ぶる鷹】と呼ばれるティラでも何も出来やしないさ。はっはっはっ」
「あー、申し訳ございませんタップ王子。聴力も低下してお声が聞き取りにくいのです。もう少しお近くでお話していただけませんか?」
「その手に乗るものかバーカバーカ!! どうせ檻に近寄ったら僕の首をへし折るつもりだろうが!」
「わたくしのような淑女相手に酷いことを仰られる」
「普通の淑女はギャラクシアンエクスプロージョンとか使えませんー!」
タップ王子は男爵令嬢エルメラの腰の細さを確かめるように抱き寄せながら、ジリジリと後ろに下がる。ティラを正面に見据えていないと、檻の中からなにか投げつけられるのではないかとビビっているのだ。
「いいかティラ。僕はこのエルメラと真実の愛を育む!」
「捨て台詞を言いながら遠のかないでくださいまし。真実の愛は別にいいのですが、私が投獄される理由はなんでしょう?」
「なんでしょうだと!? なんでわからない! 僕の身の安全のためだ!」
「私が王子に手を上げるとでも?」
「あげますー! 絶対あげますー! いつも死ぬ寸前まで殴るじゃないか!」
「殴られるようなことをするからです。それにわたくしの治癒魔法で怪我一つない体に戻られているではありませんか」
「心の傷は戻らないんだよ! どうして女のデコピン一発で頭が破裂することになるんだよ! 僕の脳症飛び散って大変だったんだぞ!!」
「その時は王子がどこかの馬を連れ込んでアハンウフンしていたからではありませんか」
「馬じゃない! 馬の骨的なやつ! 言い方!」
男爵令嬢はすでにドン引きしており、ゆっくりタップ王子から体を離そうとしている。
「エルメラさん……でしたっけ? 貴女は知っておいたほうがよろしいかと存じますが、そもそもわたくしが知るだけでも王子は今季だけで四人くらい『真実の愛』とやらに目覚めていますのよ。きっとあなたは五人目。あなたに飽きても代わりはいるもの」
「なにその綾波的な言い方! てか、なにを言ってるのかなこのメスゴリラは! 僕がそんな不埒なことをするはずがないだろうがー(棒)」
「……では順番で言いますが、最初は高等部を卒業したばかりのキハートン侯爵令嬢(18歳)、次はまだ中等の陸上部で活躍されているロンド伯爵の曾孫さん(15歳)、かと思いきやベリアトス子爵の奥方(34歳)、それと下町の酒場で働いている胸の大きな赤毛の娘さん(28歳)、でしたよね? 共通点は全員Eカップ以上」
「なんで知って……」
タップ王子はハッとしたがもう時すでに遅く、エルメラは強く身を離すと、大きな胸を隠すようにして地下牢から去っていった。
「あらあらまあまあ」
ティラはほくそ笑んだが、タップ王子は怒り心頭だ。
「貴様ぁ! 僕になんの恨みがあるんだ!」
「恨み? こんなところに理不尽に投獄されているのに恨まないとでも? そもそも、わたくしという婚約者がありながらあちこちで浮き名を流すアホのせいで『浮気される公爵令嬢』などと、このわたくしまでが白い目で見られているのですよ?」
「そ、それはティラよりいい女がいることのほうが悪い」
「は?」
「僕は王子だぞ。更に上を目指して何が悪い!」
「ほほう。そうやって次から次に上の女とやらに鞍替えしていくおつもりですか? いつになったら終点に行き着くおつもりで?」
「そんな未来のことなんてわかるか! 少なくともティラは僕の中で頂点じゃない!」
「なるほど」
公爵令嬢は冷たい石畳の上にふわりと腰を下ろした。
「それで、わたくしが投獄された正当な理由はなんですの? まさか本当に殴られそうだから先に投獄したなどというふざけた理由ではありませんよね?」
「ふ、ふん。僕はそんなに愚かじゃない! 貴様の罪状は不敬罪だ!」
「不敬罪ですか。どなたへの?」
「僕に決まってんでしょうが! 王子を撲殺する女だぞ!」
「撲殺はしておりませんわ。死ぬ寸前で蘇生して差し上げたではないですか」
「十分駄目だろ!」
「しかし、よろしいので? わたくしはこう見えましてもこの国にとって重要人物かと存じますが」
「ふ、ふん。究極治癒の使える聖女だかなんだか知らないが、僕を六道輪廻に落とそうとする聖女なんていらん! なんだよ天舞宝輪って! お前はどこの聖闘士なんだよ!」
「普通の淑女、普通の公爵令嬢だと思いますが」
「普通の淑女は原子を砕かない!」
タップ王子はハッとした。いかにこの牢獄に身体能力が半分以下になる結界が張ってあったとしても、ティラの物理攻撃力は尋常ではない。こんな鉄の檻など一撃で粉砕してしまうのではないか、と。
「そんなビビらないでくださいまし。わたくしはこうして座っておりますので手出しするつもりはございませんことよ」
「ふ、ふん。ビビってなんかいない!」
「とにかく家族に手紙の一つでも出しとうこざいます」
「くっくっくっ、無駄だぞ。君のお父上に婚約破棄の相談をしたら、ここに君を投獄して外国に逃げろってアドバイスもらったくらいだからな!」
「そうですか。父上が」
ティラは少し悲しそうに目を細めた。
「ここを出た暁にはノイエンタール公爵領を地獄に変えねば」
「出さないからね! 絶対出さないからね! てかこの魔封じの監獄からは絶対に出られないからね!」
「別に衣食住と余興が保証されているのであれば、ここで暮らしていても構いませんが。そんなことより国王はこのことをご承諾されているのですか?」
「言ってない。言ったら反対される」
「……いずれ国王のお耳にも入ると思いますが?」
「ぶっちゃけ貴様と婚約破棄できるのなら廃嫡も上等だ。平民に下ってもいいと思ってるぞ!」
「え? 王族の暮らしを捨てて庶民になって働くのですか?」
「僕はその方が合っている。政治や国際問題や軍事や災害対策なんてめんどくさい!」
「それ、私と結婚してからでもできるでしょう?」
「え」
「王家は長男か三男か……国王には他所にもたくさんお子がおられるので誰でも引き継げるでしょう? 自ら廃嫡を申し出てノイエンタール公爵領で私と一緒に平民として暮せばよいではないですか?」
「はんっ! ティラが平民だと? 貴様のように贅沢を極めた悪役令嬢にそんな生活ができるものか!」
「それはお互い様かと」
「うぐぐ……」
「私と結婚するメリット」
ティラは指折り数え始めた。
「炊事、洗濯、料理などの家事全般、子育て育児全般、近所付き合いから商売まで、幅広く私がサポートいたします。これほどのことができる女はなかなかいないかと」
「う、うむ」
「さらに一国の全軍にも優る闘気があります」
「……う、うむ」
「どんな怪我や病気でも治癒できます」
「……うむ」
「自分で言うのもなんですが、美貌かと」
「……うむ」
「美乳でもあります」
「……ちょっとまった。おかしいぞ!? 貴様はB70だろ!」
「実はキツく縛って乳房を小さく見せておりますが、本当はG65です」
「……まじで!?」
「まじです。急に目つきが代わりましたね。続けますが、領内にいる限り平民になったと言えど公爵家のサポートが受けられるでしょう。むしろ、ないがしろにしたら裏切り者の父上の全関節を潰します。それが嫌なら絶対フォローしてくれるでしょう。そうですね、月に生活費として七十万円くらいは戴くように交渉しましょうか。バイトだけで生きていけますよ?」
「……円?」
「おっと。他にもございますが、優良物件かと思います。ただし、浮気だけはご遠慮いただければ」
「……なぜだ」
「爵位持ちであれば後継者が必要なので子沢山ですが、平民はそれほど子を必要としません。むしろあちこちで子を作られると面倒なのです」
「……お、おう」
第二王子タップは頷いてしまった。
『幅広く私一人がサポートいたします』という言葉をうまく咀嚼しないままに。
だからティナはサポートに回るだけで、実際は全部自分がやらなければならないということに気がついていなかった。
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