永遠の悪役令息

 マンガ、アニメ、ネット小説の一大ジャンルになった「異世界転生」モノ。これにはいくつかのパターンが有る。


 チートと呼ばれるぶっ壊れ能力を持ち、異世界でのんびり、もしくは俺TUEEEE!して楽しむ「王道異世界転生パターン」。


 勇者たちから疎まれてパーティから外されるが、実は優秀な自分がいたおかげで勇者たちは成り立っていたんだよという「戻ってこいと言われてももう遅い」パターン。これには報復復讐パターンも混ざっている。


 そして「ゲームの中に転生したら悪役令嬢や悪役令息だったパターン」というものもある。


 これは基本的に女性向け転生者に起こる事象で、恋愛乙女ゲームの中にいる悪役令嬢キャラに転生するが、そのまま過ごしているとゲームと同じ様に悪役令嬢にはバッドエンドしか訪れないので、なんとかしようと奮闘していくうちにみんなの中心人物になってハッピー、というパターンだ。


 どうやら俺はその「ゲームの中に転生したら悪役令嬢や悪役令息だったパターン」を踏んだらしい。だが問題は、俺がやっていたゲームが【ハーレム王に俺はなる】という、18歳未満は入手しちゃいけないエロゲーってことだ。


「いーやーだー!! どうせ異世界転生するなら機動戦士なところとかがいいぃぃぃぃぃ!!」

「そんなところに行ったら大気圏で燃え尽きて死ぬだけですよ?」

「じゃあToLOVEリューの第4章あたりがいいー!」

「なんでもないようなことはなんでもないのですよ?」


 ごねる俺を説得(?)しているのは女神さまだ。


 この女神は【ハーレム王に俺はなる】のゲーム冒頭で登場して、主人公に「ハーレムを作り、その中で真実の愛を見つけるのです」ってとんでもねぇ目的を語る役目を担っているが、その後一切出てこない。ちなみに名前も出てこない。酷いシナリオだ。


 俺は何もない白い世界の中で、ゲームのログイン画面を前にして女神と押し問答をしているわけだが、意地でも「ゲームスタート」の文字に触れたくない。


「さあ、早くこの世界の悪役令嬢に生まれ変わってください」

「嫌だよ! エロゲの悪役令嬢なんて完全にやられる側じゃねぇか!!」

「じゃあ特別に……」

「お?」

「悪役令息に転生することを許します!」

「いやだよ! そのキャラは途中から存在忘れ去られてたじゃねーか!!」


 このゲームに登場する悪役令息は、ことある毎にモテモテの主人公の邪魔をしてハーレム要員の美女たちを奪おうとする貴族だ。しかしどういうルートを通ってもただの「噛ませ犬」にしかならず、理不尽なほど主人公を愛しまくっている女たちから見向きもされない。


 そして悪役令息はいつのまにかシナリオからフェードアウトしていた。プレイしていた俺も「あいつ最後はどうなったっけ?」と思い出せないようなザコだ。シナリオライターが存在を忘れていたんじゃないとか思えるほど見事に消えたキャラだ。


「箸にも棒にもかからない無意味なモブ野郎に転生しろと言われて、はいそうですか、とはならないだろ! 知ってるか? 好きの反対は嫌いじゃなくて無関心なんだぞ!」

「あなたにお似合いの役柄ですが」

「どういう判断でそうなったし!」

「今までそういう生き方をしてきたじゃないですか」


 女神にそう言われた俺は「うぐぐ」となった。


 たしかに俺は物事の中心から積極的に逃げて生きてきた。リーダーシップから一番遠いところにいると自覚している。だって責任とか仕切りとか面倒くさいんだもん。


「あなたはいてもいなくても大差ない誰の記憶にも残っていない影の薄い人生を歩んできましたよね? このゲームの悪役令息にピッタリではないですか」

「あほー! 影の薄い俺の性格で他人の女を奪い取る勇気とかねぇわ!!」

「そうですか? 消しゴム拾ってくれただけなのに『優しくしてくれたからこの女は俺のことが好きに違いない』って盛大に勘違いしてましたよね? さらに、その子に彼氏がいたら理不尽に恨みを抱いていましたよね? どうしてそんなクソ迷惑な陰キャのあなたが、転生したら主人公クラスになれると思っているんです?」


 ガシガシに心をえぐってくるなこの女神。


「あれは若気の至りで……」

「若気の至りなら許されるとでも? それで済むなら地獄なんて存在しませんよ」


 女神の口調が怖いが、とにかく俺は悪役令息にはなりたくない。


「なぁ女神さま。シナリオ通りに進んで悪役令息が物語からフェードアウトしたら、その先ってどうなってんだ?」

「もうこの世界での役目はありません。あなたの魂は戻ることになるでしょう」

「それや! それやで女神はん!」


 エセ関西弁で喜ぶ俺を女神はジト目で見てくる。


「シナリオ通りにフェードアウトしたら元に戻れる。それ早く言ってよ~」

「……ですがあなたはシナリオを事前に知っているので、このエロ楽しい世界ではいくらでも主人公を出し抜けます。つまりゲームのシナリオをいくらでも改変できてしまうのです。現実では出来ないことが出来るのですよ?」


 はぁ? エロ楽しい? 馬鹿言うなって話だ。


【ハーレム王に俺はなる】とは「不思議な果物を食べて下半身の一部分がすんごく伸びるようになったラッキースケベ特異体質の主人公になって、数々の美女と親密になってハーレム王になることを目指す」というゲームだ。


 きっとこれを企画したプロデューサーは会社を辞めたかったに違いないと思えるほどやけくそな内容だ。


 シナリオはメタでパロディーが豊富すぎるため、とてもエロい気分になれない。SNSでは「抜けないゲー」「全年齢OKなんじゃね?」とバカにされたエロゲーの名折れみたいな作品なのだ。


 しかもエロゲーで肝心なキャラ絵はまったく俺の好みではない。これはパッケージ詐欺だとも言えるが、とにかくどの女の子も「髪型や髪色が違うだけでほぼ同じ顔の大量生産キャラ」、つまりハンコ絵なので、魅力を感じられないのだ。


「まぁ、とにかく俺がシナリオ通りに行動すれば、この物語から消えて元に戻れるってことなんだな?」

「はい。この世界が広がらなければ、ですが」

「どういう意味?」

「二作目、三作目と世界が広がればそれもすべて含まれます。ですが、一作目ですらアフターストーリーの追加やアップデートの予定もありませんし、広がることはないのではないか、と思います」

「なら、やる!」


 俺が覚えている限り、悪徳令息の行動パターンはアホでバカで単純なので簡単だ。


 しかし注意しなければならない。


 大体この手の異世界転生パターンだと、俺がなにかすると「悪役の人が良い人になって主人公のお株を奪ってハーレム作っちゃう」という流れになりかねない。そういうよくある悪役令嬢パターンに陥ってしまったら俺は元の世界に帰れないからな。




 ■■■■■




「どうしてこうなった」


 俺の傍らには「髪型や髪色が違うだけでほぼ同じ顔の大量生産キャラ」が全裸で寄り添っている。右を見ても左を見てもそれがヒシッと腕に絡みついているし、足元にも似たようなキャラがわんさか寝転がって謎の白濁液をぶっかけられて事後の雰囲気を醸し出している。


 うん。完全に主人公のハーレムを奪い取ってしまった。


 俺は主人公の敵としてちゃんと悪者を演じたはずだ。それなのに何故かこの女達は「私のこと、そんなに好きなのね」とかって勘違いしてこっちになびいてしまうのだ。


 どんだけケツが軽いんだよおのれら!


 てか、嫌われるために女物のパンツかぶって全裸で校庭を走ってもさらに惚れるってどういうことだよ! 頭おかしいだろ!


 俺が立場を奪ってしまった「不思議な果物を食べて体の一部分がすんごく伸びるようになったラッキースケベ特異体質の主人公」はどうなったのかと言うと―――誰とも結ばれず、無駄に伸び縮みする体の一部分を使って立派な大道芸人になった。なったけど、街中でそれをやって衛兵に捕まってから音沙汰はない。


 まさか悪役令息じゃなくて主人公の方がフェードアウトするとは。


「リセマラさせてつかーさい」


 俺は教会を訪れ、女神像の前で頭を地面にこすりつけてお願いした。


 プロローグにしか出番がない名前のない女神にもう一度会いたい! 会ってぶっ飛ばしたい!


 ───聞こえますか悪役令息……私はいま、あなたの心に「これはどういうことだよクソ女神がああああ!!」あ、お時間のようです、それではよい人生を……。


 しまった。怒りのあまりに女神とのチャネルを閉じてしまった。


「女神さま、元の世界に帰りたいんですぅ~! ゲームをリセットしてやり直しさせてくださいぃぃぃ~!! みんなおんなじ顔なんで飽きましたぁぁぁぁ!」


 ───聞こえますか悪役令息……私はいま、あなたのクソ贅沢な心に話しかけています。自分を好きになってくれる美女がたくさんいる世界で地位もお金もあるというのに何が不満なのですか。現実のあなたはどんなに人生をやり直してもこれほどモテませんよ。


 女神が厳しい。


「どれもこれも全部同じ顔と体の女ばかりじゃ飽きるわ! てか俺は元の世界に帰りたいんだってばよ! もう一回チャンスを!」


 ───どうして元の世界にそれ程執着しているのですか?


「まだ完結していないマンガがあるし、抜いてないAVをレンタルしたままだから延滞金がヤバイし、どうせ死ぬならとことん破滅的な行動をとってから死にたいじゃんか!」


 ───破滅的な行動とは?


「す、スカートめくりするとか?」


 ───幼稚ですが普通に女の敵ですね。わかりました。元の世界に戻したくないので付き合いましょう。ところで今回どうして失敗したのかわかっていますか?


「知らん! アドバイスを!」


 ───それはゲームの悪役令息と台詞が違うからです。


「え?」


 ───やるなら一言一句間違わないようにしなければ、世界はあなたの方に傾いてしまいます。


「台本! 台本ください! それがないとあんな文量のセリフとか覚えてないです! てか書いた人でも無理だろ!!」


 ───それはできません。ですからとことんリセットにお付き合いしますので、あなたの記憶にある悪役令息のセリフを何万回と試して正解を見つけてください。


「え? なにその無限地獄みたいな鬼畜の所業!?」




 ■■■■■




 俺は何回この世界をやり直しただろうか。百回や千回どころの数じゃないことは間違いない。


 そして、遂に、とうとう、ようやく、やっと、すべてのセリフを完璧に言って悪役令息として完璧に演じきって世界からフェードアウトできることになった。


「おめでとうございます」


 女神さまが微笑む。


「そういえば、この【ハーレム王に俺はなる】が大手ネットゲーム配信会社からスマートフォンアプリとしてリリースされることが決定しましたー!」

「え?」


 嬉しそうにしている女神さま曰く、俺がここに連れてこられてからこの低予算エロゲーがなぜかSNSで話題になって認知度が爆上がりし、スマホゲームとしてリメイクしたらしい。


「リリース時には大量の美女追加が行われ、シナリオのパクリネタは封印。アップデートで尽きることのないシナリオと季節イベントが用意され、課金もじゃぶじゃぶ出来るシステムが組まれているそうです。そして、その追加機能の中には悪役令息が主役になる俺様モードがあるそうですよ」

「よかったね?」


 この世界の女神にとっては嬉しいことだろうが、もう俺には関係ない。現実の世界に戻っても絶対そのゲームはプレイしないと心に固く誓えるくらい二度と見たくない。


「私も女神としての役割が増えて名前もつけていただくことになったんですよ」

「よかったね?」

「はい。リメイクは予定外のことですが、世界が広がったので、約束通りあなたには続けて悪徳令息をプレイしていただき、あますことなく世界を堪能していただければと思います」

「は」


 疑問符も付かないどころか、俺は人を殺せそうな「は」を口にした。


「俺がシナリオ通りに悪役令息を演じれば元の世界に戻れるって言ったよな」

「はい。続けて私は『この世界が広がらなければ』と言ったはずです。見事に広がりましたね。嬉しいです」

「嬉しかねぇよ!!」

「私はこの世界の女神なので、世界が広がっていくことは嬉しいことですよ?」

「スマホの新作とか俺関係ないだろ! 知るか! 俺がやってたのはエロゲーだけだこんちくしょおおおお!!」


 俺は両手両膝を地面に落として号泣した。


「なんで帰してくれないんだよぅ……。俺はただ、元の世界に帰りたいだけなんだ。こんなクソゲーの世界の中を何度もやり直したくないんだよぅ……」

「泣かれても困りますが、それほど元の世界に戻りたいのですか」

「1000%イエスにきまってんだろうがー!! 誰がこんな抜けない大量生産アニメキャラしかいない世界で生きていたいと思うか! 俺は現実の世界に戻って広瀬◯ずみたいな美人と結婚してかわいい子どもと温かい家庭を作るんだぁー!」

「広瀬◯ずみたいな美人って……、ちょっと自分の容姿について楽天的すぎでは?」

「うるせぇ! 可能性はゼロじゃないだろ! うちの近くでロケしててトイレを借りるためにたまたまうちに来て、それが出会いになって、みたいな!」

「どこの芸能人が個人宅に、しかもマンションの中途半端な階数の一室にわざわざ来ますか」


 うっさい。夢くらい見せろってんだ。


「それに……」


 女神はため息混じりに言った。


「それにあなたは現実では死んでいるので元の姿に戻ることはありえません。私は元の世界に戻ると言いましたが、もとに戻るとは言っていませんよ」

「は……? え!? ちょ、待った!! 俺は死んだ!? どうして! なんで死んだんだ!?」

「このゲームでなんとしてでもヌイてやろうと48時間もシコシコ頑張った結果、どこかの血管が切れてコロっと」


 もう死んでるけど死ぬほど恥ずかしい。


「元の世界に魂が戻ったとしても西暦600年くらいの飛鳥時代に転生して、そこで牛舎に轢き殺されるアリになります」

「転生先が現代どころか人間ですらない!? てか悪役令息を完ぺきにこなしたのに現実に戻れば大昔のアリになるって理不尽すぎない!?」

「繰り返しになりますが、元の世界には戻れますが、そのまま戻れるとは言ってませんよ」


 女神さまは微笑んだ。


 この時、俺は気がついてしまった。こいつは女神なんかじゃなくて俺をこの【ハーレム王に俺はなる】という名の地獄に閉じ込めていたぶっている獄卒なんじゃないか、と。




 ■■■■■




「ご臨終です」


 女神と同じ顔をした女医が言うと、家族はワッと泣き崩れた。


「オタクで陰キャでストーカー一歩手前の自己中心的クソ野郎の兄貴が死んだー!」

「お兄ちゃんが死んだ枕元でそんな説明セリフ言うもんじゃないよ!」


 その家族を病室に置き、一礼して外に出た女医は、すれ違った年配の看護師に「あら、今日は肌が綺麗ですね。つやつやしてますよ」と褒められた。


「ええ」


 女医は妖艶に微笑んで、黄金色に瞳を輝かせながら誰にも聞こえない小声で言った。


「たっぷりと人の業を吸えたからね」

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