私がもう少しバカだったら

氷坂肇

隠し事

 昼下がりに友と話をした.

 お前は本当に賢いよな.一歩先を見据えてる感じとかさ.鼻につくやつだって言って除け者にしようとする輩もいるけど、俺から言わせればお前のことが羨ましいぞ.だって俺の知らない世界を知っているんだからな.知恵が無いと世界がブラックボックスだらけなんだぜ.何故かわからないけどテレビは受信するし、菅義偉が総理になっている.分からないことだらけだけど、まあいいやって思ってしまうから何も知識が増えないんだよ.体質ってやつ?

 それはお前が勉強しないからだろ.でもそれでいいのかもな.僕は多分お前が思ってるほど出来た人間じゃない.前も言ったけど、やっぱり東都の医学科に行けって言われたんだ.しんどいさ.お前なら嫌味と受け取らないだろうから言うけど、ちょっと頭が回ると変なことが目に付くんだよ.それこそテレビのメカニズムもそうだけど、周囲の人間の思惑とかも察せてしまう時も多いさ.他人より広い世界を知ったとて、それがいい世界かはわからないもんなんだろうな.知りたくなかったことまで知ってしまう.もう少しバカだったらこんな贅沢な悩みも抱えずに済んだのにな.

 ふうん.

 興味無さそうに友は半歩前を歩いている.

 俺はお前ほど賢くないからわかんないけど____

 半歩差が二歩くらいまで開いていたとき、言葉を切って回れ右をしてきた.

 それは違うと思うぞ.

 え?

 お前が俺より賢いのは一目瞭然だろ.お前までバカになられたら困るんだよ.誰に数学教えてもらえばいいんだよ.それに、お前は知ってしまったことにふたをするつもりなのか?見なかったこと、にしてしまうのか?嫌なことからは目を背け続けるだけの悪い大人と同じレールに乗り換えるのか?違うな.抑、お前は被せた蓋を開けないままでいられるか?バカになったからってお前の意志までは変えらんねえよ.後戻りするには俺たちはもう生きすぎたんだよ.バカ.

 親より先にお前にバカって言われるとは思わなかったよ.でも少し吹っ切れたよ.

 そんなに気に入ったか?何度でも言ってやるよ.最近分かったんだが、お前も意外とバカだぞ.俺にその世界を教えてくれたらいいじゃんか.俺には半分も理解できないかもしれないけど、代わりにブラックボックスの恐ろしさを教えてやるさ.

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私がもう少しバカだったら 氷坂肇 @maeshun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る