第47話
そんな事があってから、私は家にいる間は『無』に徹するようになり、家を出ると精神を自分に戻すという生活を始めた。
ロボットのように常に無表情の私を、両親は心配しているような素振りを見せる時もあったが、私は特に問題のある行動をするわけではなかったので何も言ってこなかった。
ただ、時折鈴木君の事を詮索してくる時は、『無』の状態でも髪の毛が逆立ちそうになる程の怒りを覚えた。
多分私が誰かに両親の話をすれば、『ちょっと変な部分もあるけれど、なんだかんだで娘を想っている良い両親じゃないか。人間だから間違いもあるだろうし、ここは一つ過去を忘れて仲直りしたら?』と言うかもしれない。
でも、私はあの人達の邪悪な部分を知っている。
飛び抜けて暴力的というわけではない。
奇抜な思想があるわけではない。
しかし、彼等は何の抵抗もできなかった私を『教育』の大義名分の下に、感情のままにいたぶり、愉悦し、その事実を突き詰められても平気で目を背ける事ができるという、実に人間らしい矮小な邪悪さを持っている事を嫌という程知っている。
そしてそれを反省すらしていない事も。
そんな人達からの一方的な思いやりを、ありがたい気持ちで受け入れる事ができるだろうか。
いや、私にはできない。
あの両親が『私のため』を主張して行う行動は、私からすれば、トイレに行って素手で尻を拭き、その手を洗わずに握って差し出されたおにぎりのようなものであり、それがどんなに高級な米と塩で握られたおにぎりだろうと、味以前に食べる事に絶大な苦痛を伴う。
過去の事を許す許さないという選択をするレベルの話ではなく、私は根本から彼等を『許す事ができない』のだ。
あれからしばらくして、結局私は鈴木君に両親の事を話した。
鈴木君は難しい表情を浮かべながら話を聞いてくれて、私が話し終えると、考えて、考えて、考えた末に言った。
「俺だったら家庭内暴力にはしるね。間違いなく」
それは実に鈴木君っぽい意見だと私は思った。
「まぁ、『それでもあなたの親なんだから大切にしなさい』とか言う奴もいるだろうけどさ、親だからって何でも許さなきゃいけないって事もないよな。代わりのいない存在ではあるけど、同じ人間なんだから許せない事もあるよ」
鈴木君はまた少し考える素振りをして、言葉を続ける。
「人間のタブーの一つに『親殺し』ってのがあるけど、あれは元々権力者が自分の子供に命を狙われる事が多かったから生み出したタブーなんだよな。別に殺せばいいなんて思わないけどさ、無理して許す事無いと思うぞ。人なんてそう簡単に変わるもんじゃないし、許したところでつけ上がられて、また雨宮が嫌な思いさせられるだろうしな」
鈴木君の言葉に、私の心は少しだけ軽くなったような気がした。
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