第37話
「な、なんだあれ……?」
突如出現した光の柱は、遥か上空まで伸びており、その先端がどのようになっているのか、どこまで伸びているのか確認することはできない。
根本はどこかの島にあるようだが、かなりの距離があるうえに、他の島に視界を遮られているせいで、やはり確認することはできない。
「わからない……。鈴木君が出したんじゃないの?」
「お、俺に出せるかよあんなもん」
あの柱は鈴木君が元の世界に帰ると口にしたから現れたのだろうか。だとすれば、鈴木君とあの光の柱の関係性はなんなのだろう。
それともたまたまタイミング良く現れただけなのだろうか……。
何にせよ、あの光の柱がこの世界からの脱出の道、あるいは脱出の大きな鍵となることは間違い無いだろう。多分……。
「なぁ、雨宮」
「うん」
私達は互いに顔を見合わせ、頷く。
この日、私には明確な目標ができた。
一刻も早く手足を元に戻し、あの光の柱へと到達する。
そして、鈴木君と一緒にこの世界を脱出するという目標が。
本当はこの世界で鈴木君ともっとゆっくり過ごしたいという気持ちもあったけれど、この世界にやってきてから四ヶ月半、ずっと探し求めてきたのに見つからなかった脱出の手がかりがようやく掴めそうなのだ。この機を逃すわけにはいかない。
元の世界に帰ってもまた鈴木君に会えるかどうかは正直不安ではある。
もしかしたら鈴木君はパラレルワールドのような別次元の世界から来た人かもしれないし、元の世界に戻れば私達はこの世界の記憶を失うかもしれない。
でも、この世界で『かもしれない』をいくら考えてもキリがないということは、嫌というほど身に染みていた。
もしどちらか一人しか帰れないのであれば、この世界で鈴木君と二人で一生を過ごすのも悪くない。
でも、今は前に進みたい。
二人で元の世界に帰り、本来の人生を全うできる可能性があるならば。
☆
その翌日から、私は鈴木君の手を借りて本格的にリハビリを始めた。
鈴木君に背負われて光の柱を目指しても良かったけれど、鈴木君にとって大変な道中になるし、あの場所で何が起こるのかわからないので、できるだけ万全な状態で光の柱へ向かいたかったのだ。
そして何より、もしかしたら最後になるかもしれない鈴木君との時間を過ごしたかった。
鈴木君も、一人で光の柱を偵察に行ったりはしなかった。
柱が出現した日の夜、あそこへ向かう時は二人で一緒に行こうと約束したからだ。
もしかしたら時間の経過で光の柱が消えてしまう可能性もあったけれど、何故だか私達にはそうはならないという確信のようなものがあった。そして実際に、日が過ぎても光の柱は消える事はなかった。
手足が元に戻るまで、私は鈴木君が側にいる日々を噛み締めるように過ごした。
同じ部屋で寝起きをし、一緒に食事をしたり、DVDを観たり、本を読んだり、車椅子で散歩をしたり、たまに唇を合わせたりする、永遠に続けばいいとすら思える日々を。
元の世界に帰っても、きっとまたこんな日々が過ごせると自分に言い聞かせながら。
光の柱が現れてから、私が左手で物を持てるようになるまで一週間、両足で立てるようになるまで更に二週間、そしてまともに歩き回れるようになるまでは、そこから更に二週間もの時間が必要だった。
☆
そして、スマートフォンの表示で三月十日。
私がこの世界を訪れてから約半年。
鈴木君と出会ってから約四か月。
左手と両足が動かなくなってから約二か月が過ぎたその日の午後。
「無理すんなよ」
「うん。多分大丈夫」
天空マンションの屋上にて、私は二ヶ月ぶりに跳躍能力を使い、宙を舞った。
空中で宙返りをしてから無事に着地した私は、少し心配そうな顔で見守ってくれていた鈴木君にVサインを見せる。
体が回復した事は我ながら喜ばしい事だ。
でもそれは、天空マンションでの生活が終わるかもしれないという事を意味していた。
そしてその日の夜。
テーブルには私と鈴木君が二人で作った料理がズラリと並んでいる。
私は鈴木君が作ったチャーハンをつつきながら言った。
「ねぇ……もう少しこのままここで、二人だけで過ごさない?」
「は? 何でだよ。明日はあの柱まで行って、元の世界に帰るんだろ? もし帰れたらだけど」
「うん。でも……」
『元の世界に帰ると、鈴木君と二度と会えなくなるかもしれない』
それを口にすると本当にそうなってしまうような気がして、私は口籠る。
すると鈴木君は、エビフライを皿に取りながら言った。
「まぁ、確かに。何でも食べ放題で学校も勉強もないこの世界は魅力的だしな。あと何年かぐーたらしていたい気持ちはわかる」
「そ、そうじゃなくて……!」
私が鈴木君の勘違いを訂正しようとすると、鈴木君は軽く鼻で笑う。
「冗談だよ。でも、このままダラダラ過ごしてたら、本当に死ぬまでここに居着いてしまいそうだしな。そもそも、まだ帰れると決まったわけじゃないし」
「そうだね……」
私の不安を察してくれたのか、鈴木君はいつもより明るい声で言った。
「大丈夫だって。多分俺達は元の世界に帰れるし、向こうでもまた会えるだろ。この世界に俺達が呼ばれたのも、きっと俺達に何か強い繋がりがあるからだ。だから、きっとまた会える」
「……うん」
元の世界に戻ってからもちゃんと再会できるように、私は鈴木君に家の住所や電話番号、学校名やメッセージアプリのIDを記したメモを渡してある。
更に、メモが元の世界に持ち帰れるかわからないので、それらを全て鈴木君に暗記してもらい、毎日朝晩復唱もしてもらっている。
鈴木君はこの世界に来た時の影響で家の住所や電話番号も記憶が消えてしまっているらしいので、私は鈴木君の情報をまともに得られていない。元の世界に戻れば完全に向こうからの連絡待ちというわけだ。
「やっぱり不安だなぁ……」
「じゃあ、やっぱりここで一生のんびり過ごすか? 俺は別にそれでもいいけどな」
いっその事、『うん』と言ってしまっても良かったかもしれない。
でも、鈴木君は私のためにこの世界からの脱出を決意してくれた。そしてその結果道が開けた。
私はその気持ちを無駄にしたくはなかった。
「ううん、やっぱり帰ろう! 帰って、普通に遊んだり、デートしたりしよう!」
私は不安を振り払うように大きな声で言った。
でも、デートという言葉は、我ながら少し恥ずかしかった。
「で、デートか……。おう、してやらぁ」
「できれば同じ大学も目指そう!」
「俺あんまり勉強得意じゃないんだけど」
「大学卒業したら、しばらく働きながら結婚資金貯めて……け、結婚しよう!」
「おい、話が飛躍してきてるぞ」
「結婚したら子供作って、幸せな家庭を築いて、犬を飼って、猫も飼って、お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、ずっと一緒にいよう!」
「お前の人生プランガバガバ過ぎるだろ」
確かにガバガバである。
元の世界にはこの世界には無いような障害が沢山ある。
むしろ障害だらけだ。
お金がなくて困る事もあるだろうし、病気や事故に遭う可能性もある。悪意のある他人に攻撃される事もあるだろう。
どれだけ努力しても人生がうまくいく人なんて、ほんの一握りだ。
そう考えるとやっぱりこの世界にいた方が……。
「でも、そのガバガバ人生プランに俺も付き合ってやるよ」
「え?」
「俺がお前のガバガバプランを叶えてやるって言ってるんだよ。二人でならなんとかなるだろ」
鈴木君がそう言うと、なんだか本当に実現できそうな気がする。
いや、人生プランなんてどうでもいい。
鈴木君が一緒にいてくれるなら、私はきっとどこにいても幸せになれるのだ。
「ただ一つ言っておく事がある」
「な、何?」
鈴木君が急に真面目な顔になったので、私は身構える。
「料理にシイタケは入れるなよ」
「……毎日シイタケ出します」
「おい! 離婚だ離婚!」
そんな感じで、私達の夜は更けていった。
大きな不安と、もっと大きな希望を胸に抱きながら。
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