第35話
その時だ。
かすみ始めた私の目が、遥か上空にある小さな点を捉えた。
点は島の合間を縫うようにこちらに向かって落下してきているのか、視界の中で徐々に大きくなってゆく。
そして点がソフトボール程の大きさになった時、私は落下してくる点の正体を理解した。
「雨宮!!」
鈴木君だ。
落下してくる点の正体は鈴木君だったのだ。
鈴木君はスカイダイビングの体勢で落下地点を調整すると、私がぶら下がっている島へと土煙をあげて着地する。そして素早く立ち上がると崖に駆け寄り、私の腕を掴んだ。
「雨宮! 両手で掴まれ!」
「ダメ……力が入らない……」
「ちくしょう!」
鈴木君は必死の形相で、私の体を崖上へと引き上げてゆく。
右腕と頬が崖に擦れて、ヒリヒリと痛かった。
それでも私は力を振り絞り、左肘を崖の淵に引っ掛け、鈴木君の力を借りて全身を持ち上げる。
そして————
海への落下を免れた私は、崖の上で大の字になって空を見上げていた。
心臓がバクバクと高鳴り、今にも肺が破裂しそうである。
体力が尽きたせいか、あの液体の影響なのか、全身に力が入らず、立ち上がる事ができない。
「おい! 大丈夫か!?」
鈴木君が私の顔を覗き込む。
鈴木君は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「鈴木君……」
私は鈴木君の顔に触れようと、左腕を持ち上げる。
すると、鈴木君が目を見開いた。
「お前……その手……!!」
私は首を傾け、左手を見る。
私の左手はまるで幽霊のように半透明に透けており、掌の向こうには青空が見えていた。
「あれ……? なにこれ……」
左腕から力が抜け、私の意思に反してぼとりと地に落ちる。
そして、やはり両足にも力が入らなかった。
「足も透けてるじゃねぇか! 何があったんだよ!?」
「あはは……よくわかんない。海の水に触ったら、こんなんなっちゃった」
まともに動かない自分の体がなんだか情けなくて、自嘲的な笑いが溢れた。
左手と両足が動かなくなってしまい、これから自分がどうなってしまうのか酷く不安だった。
そんな中、私は一つの疑問を口にする。
「どうして……助けにきてくれたの?」
そう、あの時鈴木君はマンション島にいて、私の危機を知る方法はなかったはずだ。なのになぜ私を助けに来てくれたのだろう。
すると鈴木君はこう言った。
「なんでかわからないけど、雨宮が危ないって事がはっきり感じ取れたんだ。雨宮がどこにいるのかも」
それはかなり強く確かな予感だったらしく、私の危機を感じ取った鈴木君は迷わずマンション島から飛び降りたのだそうだ。
私と鈴木君の心がテレパシーで通じ合ったとでもいうのだろうか。
その現象がどうして起きたのかはわからないが、おかげで私は命を救われた。そして鈴木君が助けに来てくれたという事実が嬉しかった。
鈴木君は動けない私を島内にある民家まで背負って運び、そこの一室にあったベッドに寝かせてくれた。
それから私と鈴木君は、最下層の島で三日間過ごした。
鈴木君は他の島から食料を持ってきてくれたり、まともに起き上がる事もできない私をトイレに連れて行ってくれたり、背中を拭いてくれたりと、つきっきりで看病してくれた。
その結果、体力が回復した私はなんとか体を起こすくらいはできるようになったものの、左手と両足は相変わらず透けたままで力が入らず、一向に回復してくれなかった。ただ、ほんの少しだけ感覚が戻ってきたような気がしない事もない。
以前鈴木君が、この世界では私達の体は健康に保たれていると言っていたし、私もそれを実感していたけれど、どうやら今回の件は例外のようだ。
あの時起こった事について鈴木君に詳しく話したけれど、どうして水に触れると力が抜けるのかは、当然ながら鈴木君も知らなかった。
私が動けなくなってから四日目の朝、鈴木君は
「もしかしたらマンションに帰れば回復するかもしれない」
と言って、遠慮する私を背負って天空マンションへと帰り始めた。
跳躍能力はどれだけ重い物を持っていても問題なく発動するけれど、私を背負ったまま島を移動するのはかなりの重労働であり、最下層の島からマンション島に帰り着くまで丸三日もかかった。
その間、鈴木君は一言も弱音を吐かなかった。
私はただ、大人しく鈴木君の背中にしがみついている事しかできなかった。
「着いたぞ」
「……うん」
一週間ぶりに帰ってきた天空マンションは、なんだかとても懐かしかった。
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