第32話
スマートフォンの表示で一月八日。
鈴木君と口論をしたあの元日から一週間が過ぎた。
あれから私と鈴木君は一緒に食事をしておらず、顔も合わせていない。充電機に刺したままのトランシーバーも鳴らない。
私はマンションの屋上にて、空を見上げながら考え事をしている。
別にあれは喧嘩というほどのものではなかったけれど、なんだか気まずいし、私から鈴木君に謝る気も起きなかった。
だって、あれは鈴木君が悪いのだ。
鈴木君が素直に『帰って欲しくない』って言わないから。
でも、もし本当にそう言われたらどうすればいいのだろう。
私は相変わらず、そんな事をずっと考えていた。
この世界に残るか、それとも一人で帰るか。
一番いいのは鈴木君が脱出に協力してくれて、一緒に帰る事だけど、多分そうはならないだろう。
クリスマスに鈴木君は『お前がこの世界の謎を解いて、その結果俺も元の世界に戻される事になってもいい』と言っていた。
でもそれは、自分から脱出の手伝いをしたりはしないし、二人で元の世界に帰れる方法が見つかったとしても、残れるならば自分は一人でこの世界に残るつもりだという意思表示だと取れる。
私はこれまで鈴木君に何度も一緒に脱出の方法を探して欲しいとお願いしてきた。でも、鈴木君は一度もうんと言ってくれなかった。
私がこの世界から脱出すれば、鈴木君も一緒にこの世界から放り出される可能性がある中で、私の脱出の邪魔をしたりしないというのが鈴木君としては最大の譲歩なのだろう。
つまり、鈴木君は自分から元の世界に帰るつもりはないというわけだ。
なぜ鈴木君は頑なに元の世界に帰りたがらないのだろう。
前に孤独がどうの、不便がどうのと言っていたけれど、あれは本心なのだろうか。
実は鈴木君には元の世界での記憶がはっきりと残っていて、元の世界で酷い生活をしていたからこの世界から帰りたくないとか……。
いや、待てよ。
そこで私は一つの恐ろしい可能性を思いついてしまった。
それは、『鈴木君が私をこの世界に引き込んだ張本人ではないか』という可能性だ。
実は元の世界で私と鈴木君は知り合いであり、鈴木君は私の事が好きだった。でも、私には恋人か好きな人がいて、鈴木君は私にフラれた。そして鈴木君は私のストーカーになり、ヤケになった鈴木君は魔法だか呪いだかで私をこの世界に引き摺り込んで記憶を消したのだ。この世界で永遠に私と過ごすために……。
なるほど、それならば私の好きな本を全て読んでいた事にも納得がいくし、私をこの世界に引き留めようとした理由も理解できる。
いやいや、そんな馬鹿な事があるはずがない。
ホラーミステリーなら酷評されるくらい酷いあらすじだ。
そもそも鈴木君がそういうタイプだとは思えないし、私がストーキングされるほど魅力的な女性だとも思えない。
そんな馬鹿げた事をなんやかんやと考えたりしていたけど、鈴木君と一緒に帰るか一人で帰るかなどという葛藤は、まずは帰る方法を見つけてからでなければ意味がない。
それなのに、私は鈴木君のせいにして、こうしていつまでもグダグダと考え込んでいる。
本当は気付いている。
私は自分が悪いのだという事に。
この前鈴木君が言った『そんな風に他人頼りだから何も見つからないんだろ!?』という言葉には傷付いたけれども、それはその言葉が図星だったからである。
あれから私は自分の現状について色々と考えた。
私は盲目的に、『鈴木君が力を貸してくれれば脱出の手掛かりが見つかる』と思っていたけれど、それは自分一人では何も見つけられないと思い込んでいたからに他ならない。
現に私はこの世界に来てから、今まで何一つこの世界の謎を解けていない。
その結果、私は自分の中で、『鈴木君が力を貸してくれないから脱出できないのだ』とすら考えるようになってしまっていた。これが他人頼りでなくて何だというのだろうか。
確かに私一人よりも、鈴木君が力を貸してくれた方が脱出の手掛かりが見つかる可能性は高い。でも、鈴木君が協力してくれないからといって、何もしなくても良いはずがない。
何か成し遂げたい事があるならば、自分で行動をせねばならない。どれだけくじけそうになってもだ。
私はそんな当たり前の事を忘れて、鈴木君に責任転嫁をしようとしていたのだ。
そう考えると、この前の口論も悪いのは私の方だ。
鈴木君は私の甘えた心を感じとっていたから、あんなキツい言い方をしたに違いない。
鈴木君の気持ちは大事だ。
でも、もっと大事なのは自分が何をしたくて、どうすべきかという事だ。
それを見失い、鈴木君に自分の舵を任せていた私は卑怯だった。
脱出に協力してくれなくても、鈴木君のおかげで私は孤独から解放された。それだけでも十分ありがたいではないか。
私は一人でも脱出の手掛かりを見つける努力をするべきなのだ。鈴木君と出会う前のように。
一緒に元の世界に帰るかどうかは、その後考えればいい。
そして帰る方法がなかった時には————
それも、そんなに悪い事ではないのかもしれない。
今日も、空は青い。
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