第31話

 あれからすぐに私の部屋にやってきた鈴木君と一緒にダイニングキッチンでお雑煮と栗きんとんを食べていると、鈴木君がこんな事を言い出した。


「これ食ったらハツモウデ行くぞ」

「発毛……?」

 鈴木君の頭を見ると、ふさふさとした髪の毛が生い茂っている。発毛どころか今度切ってあげたほうがいいかもしれない。

 でも、髪が細い人って禿げやすいと聞くし、鈴木君は将来のことを気にしているのだろうか。


「どこ見てるんだよ。発毛じゃなくて『初詣』だっつーの」

「あ、あぁ! 初詣ね」

 どうやら私はとんでもない勘違いをしていたようだ。

 あまりにお正月感がないので、初詣という単語が頭から抜け落ちていたのだ。繰り返すが、発毛だけに頭から抜け落ちていたのだ。


「鈴木君て初詣とか行くタイプなんだ」

「いや、別にそういうわけじゃないけど、クリスマスパーティーしたんだから初詣も行かなきゃフェアじゃないだろ」

 どういう理屈なのかはさっぱりわからないが、最近あまり出掛けていなかったので、私は久しぶりに鈴木君とお出かけをする事にした。


 二人で相談した結果、初詣の行き先は、以前私がこの世界に来たばかりの頃に探索をしようとしたが、小学校島からうっかり落下してしまったせいで探索する事ができなかった、あの神社のある島に決まった。

 あれから一度あの島には探索に行ったのだが、あまり管理されていない小さな神社があるだけだった。まぁ、多少小汚くても神社は神社だし良いだろう。


 神社島に向かう途中、小学校島の校庭で神社島が近付いて来るのを待ちながら、私はあの日の事を思い出して鈴木君に尋ねた。


「ねぇ、この島群の一番下の層まで行った事ある?」

「ん? あるぞ」

「その時に海を見たりした? この世界の海ってなんか変じゃない?」

 そう、今まですっかり忘れていたが、この世界の海はジッと見ているとなんだか吸い込まれそうになる不思議な海なのだ。鈴木君もその事を知っているか、そしてそれについてどう思うかを聞いてみたかったのだ。


「あー、なんかこう……見てたら眠くなるよな」

「眠くなるっていうか、吸い込まれそうになるっていうか」

「そうそう。で、海がどうかしたのか?」

「その事についてどう思う?」

「別に何も。そういうもんなんだろ」

 そう言い切られてはどうしようもないが……。


「なんであんな感じになるのか気にならない?」

「気になるっちゃ気になるけど、お前海水がしょっぱい理由とか、波はどうして起こるのかとか、一々気にするのか? まぁ、わかったら教えてくれ」

 ダメだ、鈴木君には探究心というものがまるでない。

 きっと彼の頭の中はどうやって死ぬまでの時間潰しをしようとか、どうやって私に美味しいものを作らせようとか、そういう事しか頭にないのだ。将来性のない男である。


 それからしばらくして神社島に辿り着いた私達は、二人交互にあの謎のガラガラを鳴らして、並んで神様にお詣りをした。お賽銭はお金を持っていなかったので、ポケットに入っていた飴玉だ。


 目を閉じて神様にお願い事をする時、私は『早くこの世界から脱出できますように』とお願いしようとしたけれど、先日の鈴木君の言葉が気になって、素直な気持ちでそう願うことができなかった。もし神様がヘソを曲げてこの世界に永住する事になったりしたら鈴木君のせいだ。


 目を開けて鈴木君の方を見ると、鈴木君はとっくにお詣りを終えて私の方を見ていた。


「そんな真剣に何願ってたんだよ」

「言ったら叶わなくなるから言わない」

「どうせ『早く帰れますように』って願ってたんだろ」

 鈴木君は切り出しづらい話題にズバリと切り込んでくる。

 それを言ってしまってはクリスマスのあの発言について聞かざるを得ないではないか。


「ねぇ、その……鈴木君は私に帰って欲しくないの?」

「は? なんで?」

「なんでって、この前そう言ったじゃん!」

「別に帰るなとは言ってないだろ」

 確かにそうではあるが、ではあの時の寂しげな顔は何だったというのだろうか。


「でも、ちょっと寂しそうな顔してたじゃん」

「してないし」

「してたし」

「大体お前、俺が帰るなって言ったら帰らないのか?」

「それは……」

 そりゃあ、鈴木君にちょっとお願いされたくらいでは、私の帰りたいという意志は揺るがないと思う。でも、やっぱり引っかかるではないか。


「鈴木君は私が元の世界に帰って、一人になっても寂しくない?」

 すると鈴木君は鼻で笑う。


「一人になるのが寂しい奴が、この世界に永住するなんて言うかよ」

「じゃあ、なんでこの前あんな事言ったの?」

「だから、あれは花火のせいでなんかセンチメンタルになっちまってただけだっつーの!」

「本心っていうのはそういう時に出るものでしょう?」


 そう、きっと鈴木君は素直になれないだけなのだ。

 本当は一人になりたくなんてないはずだ。

 確かにこの世界は魅力的だけど、死ぬまでひとりぼっちで過ごすなんて悲しくて寂し過ぎる。私はその事をよく理解している。


「前にも言ったけどな、俺は雨宮みたいに寂しがり屋じゃないんだよ」

「確かに私は寂しがり屋かもしれないけど……。でも……」

「しつこいな! 帰りたければさっさと一人で帰ればいいだろ!」

 鈴木君のキツい言い方に、私はカチンときてしまった。

 大体誰のせいでこんなに悩んでいると思っているのだ。


「帰れないから困ってるんでしょ!!」

 自分でも思っていた以上に大きな声が出てしまい、私はちょっと焦った。

 鈴木君も驚いた顔をしていたが、すぐに言い返して来る。


「それは真剣に帰り方を探してないからだろ!?」

「探したよ! でも何も見つからないし、何もわからないんだもん! これ以上どうしろっていうの!?」

「俺に聞くなよ! そんな風に他人頼りだから何も見つからないんだろ!?」

 鈴木君の言葉がグサリと胸に刺さる。

 私は鈴木君が協力してくれれば脱出方法が見つかるのではないかと思っていたが、それは確かに他人頼りであり、自分一人では何も見つけられないと認めているようなものだ。

 実際に私は自分一人では何一つ脱出の手掛かりを見つけられていない。


「そうだけど……そんな言い方しなくていいでしょ!」

「俺の口が悪いのは生まれつきだ。俺が嫌いならマンション出てどっか行けばいいだろ」


 マンションから出て行く。

 そしたら……そしたら私は————


「また一人になっちゃうじゃん……」

「気が合わない奴と一緒にいるよりはいいだろ」

「でも……!!」

「なんだよ、また泣くのか?」


 ドルルン。


 鈴木君のその一言で、私の中の怒りエンジンに火が入った。


 私は軽く咳払いをし、鈴木君の声を真似て言う。


「『俺、雨宮といたら楽しいよ。結構』」

「なっ!?」


 それは、あの日の鈴木君のモノマネであった。


「『俺、雨宮といたら楽しいよ。結構』」

「お、俺そんな事言ってねぇし!!」


 言った。

 間違いなく言った。

 しかもアンニュイな表情で。

 そして、どうやらこの攻撃は効いているようだ。


「『別に、雨宮が本当に帰りたいならそれでもいいんだ。お前がこの世界の謎を解いて、その結果俺も元の世界に戻される事になってもいい。でも、もしお前が俺と二人きりでもいいなら……』」

「な、なんでお前俺が言った事そんなに覚えてるんだよ!? 気持ち悪ぃ!!」


 自慢じゃないが、私は映画や小説のセリフを覚えるのが得意で、結構記憶力が良い。しかもこのセリフはインパクトが強かったので、イントネーションまでよく覚えている。


「『もしお前が俺と二人きりでいいなら……』何?」

「うっ……」

「二人きりでいいならなんなの!?」

 そう、二人きりでいいならなんだというのだ。

 そこをハッキリ言っていただきたい。

 そうすれば鈴木君だって本当は一人が嫌であると証明できる。


 すると鈴木君は、

「うるせぇ! バーカ!」

 と、小学生のような捨て台詞を吐いて、タイミングよく近付いてきていた島まで跳んでいってしまった。


 私は神社へと向き直り、お賽銭箱にもう一つ飴玉を入れ、手を合わせる。


『鈴木君が素直になりますように』と。

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