第29話
料理とケーキを食べ終えた私は、食べ過ぎで膨れ上がったお腹を軽く撫でる。
「ふーっ、食べたね」
「食ったなぁ」
クリスマスムードに翻弄されて、二人しかいないのに料理を作り過ぎてしまった。
鈴木君も珍しくちょっと苦しそうにしているが、満足げな表情を浮かべている。残さずに全部食べてくれたし、どうやら料理はお気に召してくれたようだ。
一息ついた後で私は鈴木君に「ちょっと待ってて」と言い、一度自分の部屋に帰る。そして部屋に置いていた紙袋を持って戻ってきた。
それは、実は私が密かに用意していた鈴木君へのクリスマスプレゼントであった。
「はいこれ、メリークリスマス」
私が紙袋を差し出すと、鈴木君は少し驚いた表情を浮かべてそれを受け取る。
因みに中身は私おすすめの小説の詰め合わせである。
クリスマスプレゼントに小説の詰め合わせっていうのもどうかと思うけど、これにはちゃんと理由があるのだ。
紙袋から本を取り出した鈴木君は何だか難しそうな顔をして本を見比べている。
「あのね、せっかくのクリスマスだからなにかプレゼント用意しようと思ったんだけど、この世界だったら欲しいものは大体自分で手に入れられちゃうし、色々悩んだんだ。んで、結局こういう形になりました……」
そう、この世界で何かを欲しいと思えば、ゲームでも服でも大体のものは自分で手に入れることができる。
だから、何か心のこもった物をプレゼントしようかと思ったのだけれど、手編みの物をプレゼントするのはなんか重いし、時間が足りなかった。
料理は普段作ってあげているし、料理がプレゼントというのもなんか違う気がする。
だから私は、自分が読んで面白かった小説の詰め合わせをプレゼントにしたのだ。
面白い本との出会いは一期一会だし、私はその本と鈴木君が出会う機会をプレゼントしたかったのだ。
でも、よくよく考えれば鈴木君はあまり読書をするタイプには見えないし、このプレゼントは私の独りよがりなプレゼントだったかもしれない。
すると、鈴木君はこんなことを言い出した。
「俺、これ全部読んだことあるぞ」
「え?」
全部読んだことがあるとはどういうことだろうか。
私は一瞬鈴木君が言ったことの意味が理解できなかった。
「全部って、この本全部?」
「おう」
「『砂漠のペンギン』も?」
「おう」
「『ダイヤルX』も?」
「おう」
「『缶詰めネコ』も?」
「全部だよ全部。『ベルトスクロール学園』も『トンカチは死にました』も『T先生の秘密』も全部だ」
なんということだ。
もしかして鈴木君は意外と読書少年だったのだろうか。
いやしかし、そんなにマイナーな作品ではないとはいえ、私が選んだ六冊の小説はジャンルも作者も出版社も発行年月日もバラバラである。それらを鈴木君が全て読んでいるだなんてことがあるだろうか。
「鈴木君てものすごく読書家だったりする?」
「まぁ、人並みくらいじゃねぇかな」
「実は私とセンスがものすごく近いとか」
「うーん……そんなにズレてるとは思わねぇけど」
「じゃあ、一番好きな映画は?」
鈴木君は少し考える素振りをして答える。
「多分知らないだろうけど、『グレートカントリー』」
私は絶句した。
なぜならそれは、私も一番好きな映画であったからだ。
しかもそれは普通の高校生が観るようなメジャーな映画ではなく、日本で上映されたのかもわからない古い洋画である。私はたまたま衛星放送の映画チャンネルで観て感動し、好きになったのだ。
「ウソ! 何で!? 私好きな映画の話したっけ!?」
「してねぇけど、雨宮も観た事あるのか?」
「あるよ! ねぇ、いつどこで観たの!?」
「覚えてねぇけど、レンタルかなんかで観たんじゃね?」
グレートカントリーはマイナーではあるが、品揃えの良いレンタルDVD店にならば確かに置かれている。しかし、それにしても……。
「偶然かな……?」
「読んでる本や観た映画が被ることなんてよくあるだろ」
「でも、あまりにできすぎじゃない?」
「できすぎって何が?」
「きっとこの共通点が、私たちがこの世界に連れてこられた理由に関係あるんだよ」
「……そんな事あるか?」
そう言って鈴木君はさほど興味なさげに首を傾げる。
ダメだ、鈴木君では話にならない。
「大体、本や映画の趣味のせいでこの世界に連れてこられる理由なんて、どう考えても思いつかねえだろ。この世界自体が意味不明なのに」
「でも、共通点がわかればいずれは答えに辿り着くかもしれないでしょ?」
「答えに辿り着いたとしてもこの世界から元の世界に帰れるかはわからねえけどな」
そうだ、そもそも鈴木君はこの世界から脱出するつもりがないのだ。イコールこの世界の謎にも興味がないということである。
やはり私は一人でこの世界の謎をといて脱出せねばならないのだろうか。
すると、鈴木君は少しだけ寂しそうな声で言った。
「なぁ、そんなに元の世界に帰りたいのか?」
「……うん」
そう、鈴木君のおかげで以前ほどこの世界から帰らなければならないという危機感は薄れてはいる。でも、やっぱり私は元いた世界に帰りたい。きっとこれは本能的なものなのだ。
「ちょっと、外出ないか?」
「えっ?」
突然の鈴木君の申し出に、私は顔を上げる。
鈴木君は顎でドアの方を指すと、椅子から立ち上がり、靴を履いて玄関から出て行く。今は色々考えたかったけれども、私もそれに続いた。
マンションの廊下に出ると、鈴木君は私と一緒にエレベーターに乗り、最上階へと向かう。そしてそこから更に階段を上がり、屋上へと出た。
秋口の気候とはいえ、夜の風はやや冷たい。
少しだけ身を震わせた私の肩に、鈴木君は自分が着ていたサンタクロースの衣装を脱いで、掛けた。
「なにするの?」
「ちょっと目閉じてろ」
私は鈴木君の不可解な行動に首を傾げながらも、大人しくそれに従う。
鈴木君はガサゴソと何かをしているようだけれど、何かイタズラでもするつもりだろうか。
「ねぇ、まだ?」
私が問うが、鈴木君は何も答えない。
そして数分後。
「いいぞ」
鈴木君の言葉で私が目を開けると、屋上の床には数本の短い筒が立っていた。そして私がそれを何か認識する前に
ぽひゅ
ぽひゅ
ぽひゅ
連続する気の抜けた音と共に、光の球が筒から次々と放たれる。
そして、光の球は夜空へと上り————
花となって咲いた。
キラキラと瞬きながら空に咲く刹那の花。
それは、季節外れの打ち上げ花火だった。
「おー、市販の花火も捨てたもんじゃねえな」
いつの間にか、鈴木君は私の隣に立って花火を見上げていた。
「ねぇ、これ……」
「あー、これは……クリスマスっぽくもないし、プレゼントっぽくもないけど、一応俺からの……な」
そう言った鈴木君の顔はほんのり赤くなっているような気もしたけれど、暗くてよくわからなかった。でも、鈴木君が明らかに照れていることはその表情から窺い知ることできる。
「俺の顔じゃなくて花火見ろよ! ほら、次行くぞ!」
次に私が言葉を発する前に鈴木君は駆け出すと、屋上の隅に置かれていた袋から新しい花火を取り出し、次々と並べて火をつけてゆく。
ブシュー
今度の花火は打ち上げ花火ではなく、その場で噴水のように火花を噴き上げるタイプのものだった。
「あちちちちち!!」
火花を浴びながらも花火に火をつけてゆく鈴木君の姿は無邪気で、馬鹿みたいで、私は先程まで考えていたことなど忘れて、思わず笑ってしまった。
「お前! 人が熱がってるの見て笑うなよな!」
そう言いつつも、鈴木君も笑っていた。
しばらく二人で花火を眺めていると、やがて花火は燃え尽き、辺りに静寂が訪れる。
火薬の残り香がクリスマスの終わりを告げているようで、なんだか少し……切なかった。
鈴木君は燃え尽きた花火の残骸を見つめながら、ポツリと呟く。
「なぁ、ずっとここにいないか?」
「え?」
鈴木君は私の方を見ずに言葉を続ける。
「俺、雨宮といたら楽しいよ。結構」
どこか寂しげな鈴木君の横顔に、私は何も言う事ができない。
何と言えば良いのか、わからなかった。
「別に、雨宮が本当に帰りたいならそれでもいいんだ。お前がこの世界の謎を解いて、その結果俺も元の世界に戻される事になってもいい。でも、もしお前が俺と二人きりでもいいなら……」
いつもぶっきらぼうな鈴木君が、心から言葉を絞り出しているのがわかった。その言葉を聞いていると、自分の胸がジワジワと熱くなってゆくのを感じる。
それが悲しみからくるものなのか、喜びからくるものなのかはわからない。
あるいは、それらとは別の感情なのか————
ただ、胸が熱かった。
「わ、私……」
「あぁ! やっぱり今のナシナシ! なんか花火見てたらセンチメンタルになっちまったのかなぁ。クリスマス終わり! 部屋の片付けは俺がやっとくからいいぞ。じゃあ、またな!」
鈴木君はそう言って、振り返らずにマンションの中に入ってゆく。その背中を見つめながら、私はしばらくその場を動く事ができなかった。
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