第28話

 マンションへと戻った私は、鈴木君の部屋で早速料理に取り掛かる。

 あんまりのんびりしていると夜になってしまうし、お腹を空かせた鈴木君がチキンに齧り付いてしまうかもしれないので、手早く作業をせねばいけない。


 とはいえ、チキンはファーストフード店で、ケーキは洋菓子店で完成品を手に入れてきたので、私が作るのは前菜のカルパッチョサラダとシチューとチキンライスだけなのだが。

 しかし、よくよく考えたらチキンライスも鶏肉を使うし、鈴木君の言う通りえらくチキン被りをしてしまっていた。


 私が料理の準備をしている間に、鈴木君は手伝う素振りも見せずに寝室にこもってしまった。きっとゲームでもしながら料理の完成を待つつもりなのだろう。

 少しは手伝ってくれてもいいのに、と思わない事もないけれど、パーティーをやろうと言い出したのは私だし、鈴木君が手伝うと余計に時間がかかりそうなので、大人しくしていてくれるだけマシなのかもしれない。


「なぁ、チキン食べていいか?」

 あぁ、ゲームを始めたと思ったら早速言い出した。

 思春期腹ペコモンスターめ。


「ダメー、料理できるまで待ってて」

「一個だけいいだろ。腹減ったんだよ」

「すぐできるからダメだってば。いい子にしてないとサンタさん来ないよ」

「んなもん来るかよこの世界に」

 そう言いつつも、鈴木君は渋々了承してくれたようだ。

 まるで『いい子にしてないと散歩に連れて行ってあげないよ』と言われた犬のようだ。

 だけど、サンタさんかあ……。

 私は小さい頃、サンタさんに何を願ったっけ。


 ズキン


 一瞬強い頭痛に襲われ、私は思わず玉ねぎを取り落としそうになる。

 何かを思い出そうとすると時折襲ってくる謎の頭痛。

 ずいぶん久しぶりに食らったような気がする。しかも今回のはいつもより若干強かった。


 私は元の世界でサンタクロースに何か悪い事でもされたのだろうか。

 確かに全身真っ赤な服を着た髭面の太っちょ老人が夜中に不法侵入してくると考えると、恐ろしい話ではあるけれども……。


 そういえば鈴木君も私のように謎の頭痛に襲われることはあるのだろうか。

 料理を再開しながら、寝室の鈴木くんに聞いてみる。


「ねぇ、鈴木君て頭痛がする時ある? 元の世界の事思い出そうとする時とか」

 鈴木君は寝室から出て来ずに、上の空な様子で答えた。


「おお、頭痛なぁ。あるよ」

「何を思い出そうとしたときに痛くなる?」

「うーん……俺は友達の事かな。ほら、思い出そうとしたから今もちょっとキンキンしてるし」

「友達?」

「おう、なんか女子だったのは覚えてるんだけどな。名前も顔も出て来ねえや」

 あのデリカシーのない鈴木君に女友達がいたとは驚きだ。


「それ、彼女だったんじゃないの?」

 冗談めかしてそう口にした時、ほんの少しだけ胸のあたりが突っ張るような感覚があった。これも頭痛と関係があるのだろうか。


「彼女なあ……もしそいつが彼女で巨乳の美少女だったら俺も向こうの世界に帰りたいって思うんだろうな。でも、彼女とかそんなんじゃなかったような気がするけど。ていうか、頭痛くなるからこの話やめようぜ」

「あ、うん。ごめん」

 鈴木君と女友達の関係性はともかく、鈴木君にも例の謎頭痛が起こる事がわかった。まぁ、わかったところでどうしようもないのだけれど。


 しばらくすると料理が完成したので、今度はテーブルのセッティングに取り掛かる。

 正式なテーブルセッティングのやり方は知らないけれど、あらかじめ用意しておいたテーブルクロスをひいて、キャンドルを置いたらなんだかそれっぽくなった。やっぱり飾り付けもしとけば良かったなぁと思うけど、鈴木君と二人きりであんまりムーディになり過ぎてもなんなので、今日はこれで良しとしよう。


 壁掛け時計が示す時刻は十八時半、パーティーを始めるにはまだちょっと早い時間かもしれないけど、まぁいいだろう。

 私はさっきから妙に静かな寝室に向かって声を掛ける。


「鈴木君、できたよー」

 しかし、鈴木君は部屋から出てこない。

 まさか寝てるのではなかろうか。

 もし私が料理してる間にグースカ寝ていたのなら、流石の私もおかんむりにならざるをえない。


「鈴木君? 起きてる?」

 再び呼びかけても、やっぱり鈴木君は出てこない。


「……鈴木君?」

 なんだか心配になった私は、キッチンタオルで手を拭いて、電気もついていない寝室の中を覗き込んだ。


 すると、そこには真っ赤な服を着た、髭面のおじさんが立っていた。


「んぎゃあ!?」

 私は悲鳴をあげて後退り、思わずひっくり返りそうになりながらもファイティングポーズをとる。

 いや、待てよ、これはサンタクロースだ。

 小さい……サンタクロースだ。


「フォフォフォ、メリークリスマス」

 このやや高い声は間違いなく鈴木君だ。

 小さいサンタクロースの正体は鈴木君だったのだ。

 危うく心臓が止まるところであった。


「もー! 驚かさないでよ!! テーブルひっくり返したらどうするの!?」

「フォフォフォ、アイムソーリーヒゲソーリー」

「そんな下手なイントネーションのサンタがいるかっ!」

 私がプンスカ怒っていると、チビサンタは足元にあった袋から何かを取り出して、私の頭に装着した。

 触ってみると、それがトナカイの角である事はすぐにわかった。


「こんなのどこから持ってきたの?」

「フォフォフォ、オモチャ屋の倉庫」

 道理でややカビ臭いわけだ。


「ていうか、何で私がトナカイなの?」

「ほら、泣いて目が赤くなるし」

「トナカイが赤いのは鼻!」

「じゃあ、一応持ってきてるけど、ミニスカサンタ着るか?」

「……トナカイでいいです」


 しかし、鈴木君がこんなサプライズを用意しているとは思わなかった。きっと鈴木君もクリスマスを楽しみにしていたのかもしれない。いや、私に合わせてくれただけだろうか。


 なんだか胸がほんわかと暖かくなり、とても嬉しかった。

 でも、あんな風に驚かすのはやっぱり鈴木君らしい。


 出会った頃はドライな人なのかと思っていたけれど、鈴木君が意外とおちゃめだという事がわかってきた。もしかしたら元の世界では結構ひょうきん者だったのかもしれない。


 それから私達はテーブルについて、ご馳走に舌鼓を打った。

 鈴木君は食べる事に夢中になっており、会話はあんまり弾まなかったけど、今日の晩餐はこの世界に来てから間違いなく一番楽しい食事だった。

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