第27話

 スマートフォンの表示で十二月二十四日の午後。

 今日は所謂クリスマスイヴと呼ばれている日だ。

 元の世界であれば町のあちこちには煌びやかなイルミネーションが飾られ、暖かな格好をしたカップル達や、サンタクロースのコスプレをしたアルバイトの人達、プレゼントを抱えて家路を急ぐお父さん達の姿と、節操なく垂れ流されるクリスマスソングが溢れかえる日である。


 しかしながら、この世界にはそんな光景は存在しない。

 クリスマス感の全くない半袖でも過ごせる気候と、雪の降る気配のかけらもない晴天の空、そして誰一人はしゃぐ人もいないバラバラに千切られた静かな街並みが、いつも通りに存在しているだけである。


 そんな中、私はめんどくさそうな顔をした鈴木君と一緒に、商店街島で食料品の調達をしていた。


「ジングルベール♪ ジングルベール♪」

「蝉が鳴くー」

「今日はたのっしいー♪」

「お葬式ー」

「変な合いの手入れないでよ」

「だってクリスマス感のかけらもないじゃねぇか。それからお前、音痴だな」

 自覚しているだけに、それを言われると何も言えない私である。


 今日は一応クリスマスということで、私達もカレンダーに従いクリスマスパーティーを開く事にしたのだ。

 普段であれば買い出しは一人で行くのだけれど、パーティーをするということはそれなりに食材を買い揃えねばならないわけであり、そうなると必然的に荷物が多くなるというわけで、荷物持ちが必要になる。

 だから私は駐車場でスケボーをして遊んでいた鈴木君を半ば無理矢理買い出しに連れ出したというわけだ。

 ただ、この世界の時間は秋口で止まっているので、店頭に並んでいるもののラインナップも全然クリスマスらしくはないのだけれど。


「別にそんなに色々買い込まなくてもいいだろ。チキンとケーキがあればいいっての」

 食料品の詰まった大きな買い物袋を抱えさせられて、鈴木君はブー垂れている。


「でも、飲み物もいるでしょ。それにサラダとかシチューも作るから野菜とお肉もいるし……。あ、飾り付けとかもする?」

「いらねーいらねー! ああいうのは飾る時はいいけど、片付ける時がめんどくせーだろ」

「でも、ツリーくらいは欲しいよね。どっかに売ってないかな?」

「あったとしても持って帰れねーだろ!」

 確かにそれは鈴木君の言う通りである。

 でも、自分の身長よりも大きなモミの木を抱えて歩く鈴木君の姿を想像したらちょっと面白い。


「シチューはクリームシチューとビーフシチューどっちがいい?」

「そりゃビーフだろ」

「えー、クリスマスと言ったらクリームシチューじゃない?」

「クリームシチューは普通鶏肉入れるだろ? チキンと鶏肉被りするじゃん」

「でもビーフシチューはこの前食べたでしょ?」

「わかったわかった。結論ありきの質問をするなよな。料理はシェフに任せるよ」


 多分、私はクリスマスというものになんだかんだで浮き足立っているのかもしれない。

 例え鈴木君と私の二人しかいない世界で迎える、何のムードもないクリスマスだったとしてもだ。

 元の世界での私はそんなにクリスマスが好きだったのだろうか。それはやっぱり思い出す事はできない。


 先日の一件を通して、私と鈴木君は結構仲良くなった。

 例えるならば、『ただ委員会が同じだけの同級生』程度の仲から、『よく喋るクラスメイト』くらいの仲にはなったのではないだろうか。

 出会った翌日から一緒に食事はしていたけれど、心の中では他人だと思っていたのが、今は普通に友達だと言えるくらいにはなっていると思う。

 でも、この世界から脱出したいという私の意見と、この世界に永住したいという鈴木君の意見は相変わらず食い違っている。

 せっかく仲良くなったのだから、力を合わせてこの世界から一緒に脱出できればいいのだけれど、それを鈴木君に強要することは私にはできない。

 それは私が鈴木君と仲良くなったからこそだ。


 以前の私であれば、もし二人でなければ脱出ができないという事実が判明したら、鈴木君を縛り上げてでも脱出に協力させたであろう。でも、そんなことをすれば鈴木君と私はもう友達ではいられなくなってしまう。

 私が私の考えでこの世界から脱出したいのと同じように、鈴木君は鈴木君の考えがあってこの世界から帰りたくないわけだし、それを簡単に踏み躙るわけにはいかないのだ。鈴木君が赤の他人だとしてもそうなのだけど、友達となれば尚更だ。


『人の意志を自らの願望のために踏み躙る』

 それが絶対にしてはいけない事だということは、元の世界での人間関係もろくに思い出せない私にも理解できた。


 買い物の仕上げに百円ショップで大量にクラッカーを手に入れた私達は、お互い両手に買い物袋を抱えながら、天空マンションへと戻った。

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