第25話

 スマートフォンの表示で十二月二十日。


 その日のお昼過ぎ、私は自室である119号室のダイニングキッチンにて、朝から仕込んだビーフシチューを一人で黙々と食べていた。


 最近はろくに脱出の方法も探さずに料理のレパートリーを増やしているばかりで、まるで暇な専業主婦のような生活を謳歌しているが、これで良いのだろうか。いや、いいはずがない。

 しかし、やはりいいお肉を使ったビーフシチューは、ビーフシチュービギナーの私が市販のルーで作った物でも十分に美味しい。


 先日のマイフェアジェントルマン作戦、もとい鈴木君イメチェン作戦から三日が過ぎたが、あれから私は鈴木君の部屋である705号室に顔を出していなかった。

 そして、鈴木君もこちらの部屋を訪ねてくる様子もない。

 というか、鈴木君が自主的にこちらの部屋に来た事はない。


 別に私は先日のビキニ事変を怒っているわけではない。

 あの日もショッピングモールから二人で一緒に帰ったし、その後の晩御飯も私が作った豚汁と焼き魚を一緒に食べた。

 でも、家に帰ってからふと考えてみると、なんとなく鈴木君との関係が気まずいような気がしてきてしまったのだ。


 あの日、鈴木君が私に渡してきたのはビキニの水着であった。

 別にただジョークとしてビキニを渡したと考えればなんてことはないのだが、本当にただからかうだけだったら別にビキニでなくても、ホラー映画のマスクだったりとか、外国人が着ているような変な漢字Tシャツでもいいはずである。むしろそっちの方がネタとしては面白い。

 それをあえてビキニにしたということは、鈴木君は一応私を女として認識しているということだ。

 その事実が私をなんとなく気まずい気持ちにさせている要因であった。


 私は元の世界で異性に女の子として扱われた記憶はない。

 そして、例によってそれは記憶が消されているのではなく、ただの事実であろう。

 女の子として見られるのは多分悪いことではないのだろうけれど、恋愛経験が無い私からすればそれはイコール性的な目で見られているのではないかという危機感に繋がる。

 自己評価で色気のかけらもない私がそう考えるのは自意識過剰だろうか。

 いや、間違いなく自意識過剰かもしれないけれど、生物学的に私が女で鈴木君が男であるのもまた事実ではある。これは毎日お母さんムーブをしていたせいですっかり忘れていた事実だ。


 となると、私は毎日鈴木君と当たり前のように二人きりで過ごしていたけれど、鈴木君がいつ変な気を起こしてもおかしくはないのだ。

 もし鈴木君が変な気を起こして私に迫ってきたら、それを止める人も、それを罪だと裁く人もいない。

 まぁ、鈴木君に限って多分そんな事はないのだろうけれど、男は狼だといにしえよりいわれているし、その可能性はゼロとはいえない。


 とにかく、そんな風に変に気を回してしまって、なんだか鈴木君に会いに行くのが気まずくなっているのだ。


 いや、待てよ。

 もしかしたら私は鈴木君が私を女の子として見ているのという事が気まずいのではなくて、私が鈴木君を男の子として見てしまっていて、それが気まずいのではないだろうか。


 確かに鈴木君はルックスは悪くない。

 だが、正直性格が良いとはいえない。

 でも、先日変身した後の鈴木君は爽やかでいい感じだったし、フードコートでの会話もちょっとドキッとした。だからこそ私は気持ちを弄ばれているような気がして怒ったのだ。


 なんてこった。

 劣情を抱いていたのは私の方だったのか。

 それを鈴木君のせいにしようとしていただなんて、私はなんてアホなのだろう。

 いやしかし、彼が自主的にビキニを選んだのもまた事実である。


 私の脳みそもシチューと同じで、思春期女子にありがちであろう悩みでコトコト煮込まれていた。

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