第24話
翌日、髪を整えた鈴木君と私は一時間程かけてショッピングモールの建っている『モール島』へとやってきた。
ショッピングモールの中は当然ながら人はおらず、なんだか開店前のお店に勝手に入ってしまったみたいで少しワクワクする。ここで大人数で鬼ごっことかしたら絶対楽しいだろう。
なぜ私達がモール島を訪れたかというと、それは昨日の昼食時に私が閃いた事に関係がある。
どういう事かというと————
「ねぇ、さっきゲームで負けた罰だけど……」
「なんだよ。あれは無効だって言ったろ」
「でも、それはあんまりなんじゃないかなぁ。『勝てる気でいるのか?』とか『ハンデいるか?』とか言っておいてさ」
「お前もやり込んでるならやり込んでるって言えよな」
「嘘ついたり卑怯な事はしてないよ。それに、鈴木君が勝手に油断してたのがいけないんでしょ?」
「それはそうだけど……でも、この世界から脱出する手伝いはしないぞ。お前が脱出したら俺まで元の世界に戻される可能性があるしな」
「じゃあ、それ以外なら何かいう事聞いてくれる?」
「……シイタケ食えってのか?」
「ううん。あのね、鈴木君におしゃれして貰いたいの」
「おしゃれ? 奇抜なハットかぶったり、半端な丈のデニム履けって事か?」
「そういうのじゃなくて、普通にジャケットとかシャツとか着てみて欲しいの。髪も寝癖なおしてワックスつけて」
「ジャケットなぁ……。でも、髪はいいとしても、この部屋に住んでた奴の服って全部デカいんだよなぁ」
「それなら買いに行こうよ」
————というわけだ。
ただ鈴木君がキチンとしているところを見てみたいと思って思い付いた作戦だが、我ながら面白い事を考えたものである。成功すれば逆マイフェアレディだ。
レディの日本語は淑女、淑女の男版は紳士、紳士の英語はジェントルマンだから、マイフェアジェントルマン作戦とでも名付けよう。
鈴木君はもっと嫌がるかと思っていたけれど、案外素直についてきてくれた。
とはいえ、実は私も男の子のファッションについてはよく知らないので、とりあえず目についたメンズ向けの服屋に片っ端から入り、鈴木君に似合いそうな服を二人で選び、試着をして貰う事にした。
まず一軒目に立ち寄ったのは、バンドマンの人が着ていそうな服を取り扱っているロック系の店だ。鈴木君は顔は可愛いが目付きが悪……ワイルドなので、結構似合うかもしれない。
二人であーだこーだ言いながら服を選んだ後に、選んだ服を持って鈴木君は試着室に入る。そして出てきた鈴木君は、ライダースジャケットと外国のバンドのロゴが入ったTシャツ、そして裾が盛大に余ったダメージジーンズを履いていた。
うん、なんかコスプレ感があるけど結構いいかもしれない。
しかし、鈴木君はライダースジャケットが暑くて動きにくいと言い、すぐに脱いでしまった。
どうやらお気に召さないようだ。
次に立ち寄ったのは、スケボーをしている人達が着ていそうなストリート系の服屋だった。
ここでも先程と同じように二人で服を選び、鈴木君は試着室で試着をして出てくる。
頭にはキャップ、トップスは大きめのパーカー、ボトムスはくるぶし丈の動きやすそうなパンツを身に付けている鈴木君は、なんというか……キッズダンサーっぽかった。
しかもその日は私も大きめのパーカーを着ていたので、なんだかペアルックみたいで恥ずかしかった。
私達は他にも色々と服屋を見て回った。
パンク系。
アウトドア系。
アメカジ系。
鈴木君はどこで試着した服もそこそこ似合ってはいたけれど、結局はカジュアル系の店で試着したジャケットとジーンズの組み合わせが一番無難で似合っていた。
「おー、似合う似合う!」
全身をコーディネートされた鈴木君は、髪を整えているのも相まって、野生児ニートから清潔感が溢れ出す爽やかボーイへとすっかり変身した。
私がパチパチと拍手をすると、鈴木君は少し照れているのか、
「人のいない世界で身なりを整えるなんてゴーリテキじゃねぇよな」
と言っていたが、満更でもなさそうだ。
心なしか猫背気味だった背筋もいつもよりピンとしている気がする。
マイフェアジェントルマン作戦は大成功だ。
せっかくなので、鈴木君にはその服を着たまま持ち帰って貰う事にした。
それから私達はお昼ご飯を食べるために、フードコートへと向かった。
もちろんフードコートにも店員さんがいるわけではないので、私達はハンバーガーショップの厨房で、自分達でハンバーガーを作って食べる事になった。
席でできたての手作りハンバーガーを食べていると、鈴木君はこんな事を言い出した。
「なぁ、せっかくこんな所まで来たんだから、雨宮もおしゃれしてみろよ。いつも野暮ったい格好してるし」
「え? 私?」
私も普段から全くおしゃれを意識していないわけではないけれど、確かに動きやすい格好をしている事が多いので、野暮ったいと言われればそうかもしれない。
「でも私、服は部屋に沢山あるよ。それに私がおしゃれしてるの見てもしょうがないでしょう?」
そう、私みたいなちんちくりんがおしゃれをしたところで、別に鈴木君がどう思う事もないだろう。思われても困るけれど……。
「別にそんな事ねぇだろ。お前だっておしゃれすれば……なぁ」
どういう意味だろうか。
正直私はちょっと動揺していた。
しかも爽やかモードの鈴木君に言われると、なんか、その……なぁ。
「ど、どうしようかな……」
「じゃあ、今日は服選んで貰ったお礼に、俺が雨宮の服選んできてやるよ」
突然の申し出に、私は更に動揺する。
「え!? いいよそんな……!」
「さっき服屋回ってる時に雨宮に似合いそうなのがあったんだ。着てくれるか?」
着てくれるかと言われたら、今日は鈴木君を着せ替え人形にしてしまった私は頷かざるをえない。
「え……あ……うん。いいけど……」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
鈴木君はそう言うと、さっさとハンバーガーを食べ終えて、私を置いてどこかに行ってしまった。
色々思う事はあるけれど、いつも私に無関心なように見える鈴木君が、私の服装を気にかけてくれていた事はちょっと嬉しいような恥ずかしいような気がする。
どんな服を選んできてくれるのだろう。
しばらくすると、鈴木君は服屋の袋を持って戻ってきた。
わざわざ袋に入れてプレゼントっぽくしてきてくれたのだろうか。
「ほら、これ。絶対似合うと思うぞ」
「あ、ありがとう」
鈴木君の差し出した袋を私はおずおずと受け取る。
なんだか妙に軽い。アクセサリーか小物だろうか。
袋を開けて中を覗を覗き込むと、そこには蛍光色の緑色が見えた。
これはなんだろうか。
首を傾げながら中身を取り出すと、それはスポーツ用品店のタグがついたビキニの水着であった。
「えぇー……」
唖然としながら鈴木君を見ると、鈴木君は思いっきり笑いを堪えていた。そこでようやく私はからかわれている事に気がつく。
「ねぇ、バカなの?」
「に、似合うと思うぞ……くくく」
なんてこった。
私はさっき抱いた僅かなドキドキをどこに向ければ良いというのだろうか。乙女の純情を弄ばれたからには許すわけにはいかない。
頭にきた私は鈴木君に水着を投げつけ、近くに設置されていた消火器に向かって歩みを進める。
そしてそれを見て逃げ出した鈴木君の背中に向かって、思いっきり消火器を噴射したのであった。
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