二人
第22話
カチャカチャカチャ……カチャカチャ……
スマートフォンの表示で十二月十五日。
元の世界ではクリスマスが迫っているであろうこの日、私は鈴木君の住居である705号室の寝室にて、ゲームのコントローラーを熱心に操る鈴木君の背後からテレビ画面を見守っていた。
画面の中では鈴木君の操るキャラクターが、薄暗い沼地で巨大な蜘蛛と戦闘を繰り広げている。
画面内とは違い、窓越しに見える空は相変わらず良い天気で爽やかだ。
そして気候は十二月とは思えぬ程に暖かい。
バルコニーの物干し竿にかけられたハンガーには、鈴木君のTシャツやズボン、そしてパンツが干されており、気持ち良さげに風に揺られている。無地のパンツが青空に映え、景色をくり抜けばそのまま洗剤のCMに使えそうだ。
「あ、そこは右に二回避けて反撃」
「わかってる」
「防御魔法切れてるよ」
「わかってる」
「そこでジャンプ斬り」
「わかってるっつーの! 横からうるせぇな!」
「後ろからだもん。あ、ヤバい」
鈴木君が振り返った隙に、鈴木君の分身であるキャラクターは蜘蛛の糸によってグルグル巻にされて死んでしまった。
窓の外には広く美しい青空が広がっているのに、なぜ彼は狭い画面に映し出されるこんな陰惨なゲームに没頭しているのだろうか。と、思わないでもないけれど、この世界では毎日晴天だし、良い天気の日に外に出ずに敢えてテレビゲームに没頭する背徳感が悪くないのは理解できる。
「ほらー、雨宮がうるさいから死んだだろ」
「ワタシ、ワルクアリマセーン。ユーがヘタスギマース」
「なんでインチキ外国人キャラなんだよ! ていうか、見てるだけじゃなくて何か対戦しようぜ」
そう言って鈴木君はコントローラーを一つ私に投げた。
「じゃあ、私が勝ったら帰る方法一緒に探してくれる?」
「ほー、勝てる気でいるのか。いいぞ。どのソフトでやる?」
ゲーム機の横には様々なゲームソフトが山積みになっている。
これらは全て鈴木君がどこかの島のゲームショップから手に入れてきたものだ。これらを全てクリアするのには何年くらい掛かるのだろうか。
もしこの世界にあるゲームソフトを、インターネットの情報無しで全てクリアするならば、もしかしたら一生掛かるかもしれない。
そんな人生も悪く無いかもしれないけど、私なら絶対虚しくなる自信がある。
「うーん、じゃあ……」
私はソフトの山を漁り、昔からシリーズが続いているパズルゲームの最新作を引っ張り出す。
「これで対戦しよ」
「パズル系か、いいぞ。ハンデいるか?」
「一回普通にやろう」
「いいけど、ボコボコにされても泣くなよな」
その三十分後————
「おい、待て。待てって!」
「はい、三コンボ……四コンボ……五コンボ……」
「待て待て! 待てってば!」
「七コンボ。ほら、そっちに攻撃ブロック行くよ」
「待て待て待て待て! あーっ!!!!」
「はい、八連勝」
泣きそうな顔になっていたのは鈴木君の方だった。
実はこのゲーム、私は元の世界でかなりやり込んでいたのだ。というか、私はパズル全般が得意なのだ。
大事な記憶は抜け落ちているのに、ゲームのやり方は覚えているとは皮肉なものである。
「気にしないで、五年も修行すれば勝てるよ」
私は普段色々言われている分のお返しも込めて、嫌味たっぷりに言った。嫌味ではあるが、敢えて優しい声で言うのがポイントである。
「ムカつくわー! お前これやり込んでるだろ!? 卑怯だぞ!」
「とにかく、勝ちは勝ちだから脱出の方法探すの手伝ってよね」
「いいや、今のは無効だ無効!」
「えー!? 鈴木君、男らしくないよ!」
私が鈴木君と出会ってから数日が過ぎていた。
あの日記憶が消えている事に気付いてからも、私は足繁く705号室に通い、鈴木君の説得を試みている。
鈴木君のおかげで寂しくなくなってから、元の世界に帰りたいという欲求は確かに少し薄れはしたけれど、やっぱり私は今も元の世界に帰りたいと思っている。
この世界は確かに快適だし、人によっては一生過ごしても良いくらい魅力があるのはわかる。
でも、私はこれからの人生でもっと多くの人に出会いたいし、新しいものに触れて生きてゆきたい。そのためには元の世界に帰らねばならないし、帰るためには鈴木君の協力が必要なのだ。
まぁ、二人で力を合わせたところで帰れる保証は無いのだけれど。
「はぁ、腹減ったな。何か作ってくれよ」
「約束を守らねぇ奴に食わせるメシはねぇ。ていうか、たまには鈴木君が作ってよ」
「俺がぁ? カップラーメンでいいか?」
私はやれやれと首を横に振り、台所へと向かう。
たしかこの部屋の冷蔵庫には豚肉とキャベツがあったはずだ。回鍋肉でも作ろう。いくらこの世界では病気にならないとはいえ、元の世界に戻った時の事を考えて、できるだけ健康的な食事を心掛けたい。
私達はいつも一緒にいるわけではないけど、一日一回は一緒に食事をしている。
料理は一人分作るも二人分作るも手間は変わらないし、食材は無限にあるので、私が作って鈴木君の部屋に持っていくのだ。最近は鈴木君の好みも徐々にわかってきた。
いや待てよ、これではまるで通い妻ではないか。
このままでは本当にこの世界のアダムとイヴになってしまうかもしれないと思いつつ、私はわざわざこの部屋に持ち込んだエプロンの腰紐を締めるのであった。
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