第16話
それから私達は天空マンションを出て、お互いに競争し合うようにいくつかの島を経由しながら、映画館のある『映画館島』を目指した。
旅に出るまでの一月と、旅から戻ってきてからの一月で、私は天空マンション周辺の島が何時にどの辺りを周回しているのかをすっかり把握してしまっている。おかげで映画館島までの移動も電車を乗り継ぐかのようにスムーズだ。
途中に立ち寄った商店街島の桜屋でどら焼きを手に入れたり、眼鏡屋でお互いにどんな眼鏡が似合うか掛け比べをしながら、私達は映画館島へと辿り着く。
映画館島はコンビニやパチンコ屋が並ぶ車道沿いの通りに、スクリーンが三つしかない小さな映画館がある島だ。
私はこの島に以前一人で来た事も、明子ちゃんと一緒に来た事もあるが、その時に映画は観なかったので、ここの映画館で映画を観るのはこれが初めてだ。というか、この世界に来てから映画館で映画を観るのが初めてである。
映画館の中に入ると、短い階段を上ったところが手売りのチケット売り場等があるロビーになっており、ロビーに足を踏み入れた途端、隣を歩いていた明子ちゃんが何かを見つけたかのように突然走り出した。
「どこ行くの?」
私が早足で追いかけようとすると、明子ちゃんはロビー内にある売店のカウンターの中に入り、
「いらっしゃいませ! ポップコーンとコーラはいかがですか?」
と言って、ハンバーガーチェーン店の店員さんのようにニッコリと笑った。その笑顔と声があまりにも板についていて、釣られて私も笑ってしまった。
売店で特大サイズのポップコーンとコーラを手に入れた私達は、上映スケジュールが載った掲示板の前で、どの映画を観るかを話し合う。
三つしかスクリーンがないので、当然選択肢も三つしかない。
「この中からなら……私はこれが観たいな!」
そう言って明子ちゃんが指したのは、多分終盤で大爆発が起こって、ラストシーンでは主人公とヒロインが抱き合ってキスをするだろう、シリーズもののアクション映画だった。
無難に面白いのだろうけど、私はそんなに興味のない映画だ。
「私はこっちの方がいいな」
私が観たいと思ったのは、過去にアニメ映画になった事もある、童話をモチーフにしたラブストーリーの実写版である。
この映画は元の世界にいた時から観たいと思っていたのだ。
「えー! 映画館で観るならこっちの方が迫力があっていいって!」
「でも、こっちはすごく完成度が高くて面白いって、ネットでも評判だったよ」
少しだけそんなやりとりをして、私達はほぼ同時に気付いた。自分達には時間がたっぷりとあるのだという事に。
「こうなったら贅沢に二本立てといきますか」
「うん」
結局私達は、お互いに観たい映画を二本とも観る事になった。
しかし、上映室へと足を向けたところで、私はふと先程とは別の事に気が付く。
「ねぇ、明子ちゃんって映写機って使える?」
「あはは、使えるわけないじゃん! ……鳴海は?」
そう、私達は普通に映画を観に来たような感覚でいたけれど、映写機を自力で動かさねば映画を観ることはできないのだ。
念のために上映室の中も覗いてはみたが、やはり映写機の電源が入っていないのか、何も上映はされていない。
「映写機って、あのカラカラ回るやつでしょ? 機関車のタイヤみたいな」
「うーん、今は映画もデジタルだからそういうタイプじゃないと思うけど……」
「ボタン一つで動いたりしないかな」
「そんなまさか」
ロビーの奥にあった『関係者以外立入禁止』の扉を抜けると、映写室はすぐに見つかった。
中に入ると、そこは八畳間くらいの縦長の部屋に、机とパソコンと大きなプロジェクターのような機械、そしてコンビニでチケットを発行するときに使うような、タッチパネルのついた箱型の端末が置かれている。パッと目についたそれらの他にも、複雑そうな機械が色々と設置されていた。
「あーっ! これで操作するんじゃない!?」
私はタッチパネルの端末を適当にポチポチ押し始めた明子ちゃんを慌てて止め、自分で操作してみる。
画面に表示されているデータはよくわからなかったけど、端末の操作自体は意外と簡単で、いくつかの画面を行ったり来たりしてから『スタート』のボタンをタッチすると、エアコンがついた時のような音と共にプロジェクターが動き始めた。
「おおっ! 鳴海凄い! 天才女子高生映画技師爆誕!」
まさか本当にボタン一つで動くとは思わなかった。
機械に弱い私にも操作できるとは、技術の進歩は凄いものだ。これにもAIが搭載されていたりするのだろうか。
はしゃいでいる明子ちゃんと共に映写室を出て、上映室に入ると、スクリーンにはちゃんと映像が投影されており、最新映画の宣伝が流れていた。私はこれを見ながら映画が始まるのを待つ時間が好きなのだ。
私達は当然のように中央の一番いい席に座り、二人でポップコーンを齧りながら映画が始まるのを待つ。
最新映画の宣伝はどれもよく作られていて、元の世界に戻ったら観に行きたいものばかりだった。
やがて宣伝が終わり、スクリーンが暗転して、いよいよ映画が始まる。
私は映画が始まる時特有の心地良い緊張感を感じながら、軽く咳払いをして、シートに深く体重を預けた。
しかし————
ザッザッザッザッ
スクリーンに映し出されたのは、日本の森らしき風景の中を走る人の視点。そして音響設備から聞こえてくるのは、重い足取りで土を踏む音と、男の人の荒い息。
「ね、ねぇ……何、この映像?」
明子ちゃんの問いに、私は首を横に振る。
「わ、わからないよ……」
スクリーンの中で進んでゆくどことなく不気味な映像に身を縮めながら明子ちゃんの方を見ると、明子ちゃんも私と同じように身を縮めながらスクリーンをジッと凝視していた。
すると、スクリーンの中の視点が唐突にグルリと回り、山登りの格好をした髭面の男の人の顔がアップで映し出される。どうやらこの映像は男の人が持っているハンディカメラの映像のようだ。
ぜいぜいと荒い息を吐く男の人は、スクリーン越しの私達に向けて必死な様子で語りかける。
『誰か……誰でもいい……。この動画を見ている人がいるなら聞いてくれ……。この村には絶対に近寄るな!! この村は……この村は!!』
何かを伝えようとする男の人の背後に草刈り鎌を手にした白装束の女性の姿が映り、私と明子ちゃんは「あっ!?」と声をあげて息を呑む。そして次の瞬間————
『ギャァァァァァァア!!!!』
男の人の後頭部に鎌が振り下ろされた。
そして画面が暗転し……。
不気味な音楽と共に、『蟷螂村』というおどろおどろしい文字がスクリーンに映し出された。
私達はあんぐりと口を大きく開けたまま、互いに顔を見合わせる。
「鳴海……」
「うん……」
そう、それは私達が観たかった映画ではなく、お互いに選ばなかった第三の選択肢であるジャパニーズホラー映画のタイトルであった。
「ちょっとぉ!! 天才女子高生映画技師!!」
「ご、ごめん。なんか間違えちゃったみたい。一回出ようか……」
怖いものが苦手な私はそそくさと立ち上がり、上映室を去ろうとするが、明子ちゃんが素早く先回りをして私の行手を塞いだ。
「お客さぁん、当映画館は途中退場禁止なんですよぉ」
「えぇ!? ちょっとどいてよ! 私怖いのダメなんだって!」
「じゃあ、賭けをしよう! もし鳴海が映画中に五回以上悲鳴をあげなければ、私明日からちゃんと見張りやる!」
「そ、それは当たり前でしょ!?」
「じゃあ、料理当番も一週間やる!」
「……本当に? 絶対だからね?」
「勝負事の約束は絶対守るよ」
こうして私達は勝負をする事となったのだが、結局私は上映中に三十回も悲鳴をあげて、しまいには涙まで流して途中退場してしまったのだった。
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