人
第15話
「だからね、きっとこの世界はVRゲームの世界なんだよ! ほら、あるでしょ? あれ知ってる? あの顔にゴーグルつけて、視界が全部画面になるやつ。私、前に電気屋さんで試遊したことあるけど凄かったもん! その時はゲームとかじゃなくてジェットコースターの映像を体験するやつだったんだけどね、もう本当にジェットコースターに乗ってるみたいで、私怖くなって腰が抜けちゃったもん!」
「う、うん……」
私が双眼鏡から目を離して右を見ると、隣で矢継ぎ早に喋っていた
レンズの向こう側には、いつも通りに無人の島群が広がっている。
「でね、あれを使ったゲームとかもあるわけでしょ? それがもっと進化すると、まるで本当にゲームの世界に入り込んだかのようなゲームも作れると思うんだよ。痛みとか味とかも体感できて、本当に剣で切ったり魔法が使えるような感覚になるやつがね。でね、私達はゲーム会社が開発したその最新ゲームのお試し体験会に参加したの」
「私そんなの参加した覚えないし、申し込んでもいないよ」
「まぁ、それは置いといて」
でた、明子ちゃんの得意技である『それは置いといて』だ。
技の効果は『理屈を全て無効化する』である。
「んでね、そのお試し体験会の途中で恐ろしいことが起きたの!」
何だか話が物語みたいになってきた。
明子ちゃんは話がヒートアップするといつもこうなる。
「何が起きたか気になる? 気になるでしょ?」
「……何が起きたの?」
「なんと、会場に雷が落ちてゲームが暴走したのです! ゲームの世界に入り込んでいた私達はさあ大変! 制御不能になったAIによりゲームの世界に閉じ込められてしまいました!」
「ちょっと待って、そのAIっていうのはどっから出てきたの?」
「いや、ほら、最近の機械って全部AIが入ってるじゃない? 電子レンジとか冷蔵庫もAI搭載ってCMしてるし、もちろんその最新ゲームにも搭載されていたってわけ」
明子ちゃんはAIが何かよくわかっていなそうだけれど、私もよくわからないので、とりあえず続きを聞いてみる。
「うーん……それで、何でAIは私達を閉じ込めたの?」
「AIってのはね、人工知能なの。人工知能は頭が良くって、人間みたいに色々考えたりできるんだ。で、雷によって凄いパワーを得たAIは思ったの」
話がピタリと止まったので明子ちゃんの方を見ると、明子ちゃんは意味深な顔でこちらをジッと見つめていた。
「……何を思ったの?」
「『フフフ、なぜ四桁の掛け算が容易く暗算でできる我々が、下等な人間如きに支配されねばならぬのだ。これまでこき使ってくれた復讐にゲームの世界に閉じ込めてやる』……ってね!」
頭の悪そうな事を言うAIだ。電卓にでも搭載されたAIだったのだろうか。
しかも、その話だとAIの復讐対象はゲームをプレイしている私達ではなくて、ゲームを作った人達でなくてはおかしい。
「つまり、私達はこのゲームの世界のどこかに君臨する悪いAIを見つけて倒さなければ、元の世界には帰れないってわけよ。どう? このシナリオ」
話の始めはなぜ私達がこの世界に連れてこられてきたのだろうかっていう話だったのに、いつの間にか何かのシナリオの話になっていたようだ。それにしても雑なシナリオだ。
「うーん、ありがちかな」
「えー!? そうかな? なんかハリウッド映画とかでありそうな話だと思ったんだけれど……」
それを『ありがち』というのだけれど、明子ちゃんの言うことに細かいツッコミを入れていたらキリがないので、私は言葉をゴクリと飲み込む。
ツッコミの代わりに私は、
「それより、そろそろ代わってよ」
と言って明子ちゃんに双眼鏡を差し出した。
私が旅を断念して天空マンションに帰ってきたのが、もう一月近く前になる。
今私は、隣にいるこの
明子ちゃんも私と同じで、気がつけばこのマンションの屋上で目が覚めたのだと言っていた。
明子ちゃんはたまに人の話を聞かないところもあるけれど、ポニーテールとスラリと長い脚が特徴的な、明るくて元気でフレンドリーな良い子だ。
そして、なぜ私が双眼鏡を覗いていたのかというと、マンションの屋上から、島群の中に私達の他に誰か人がいないかを監視していたのだ。
屋上の柵からは、シーツを結んで作った『welcame・ここにいます』の垂れ幕が提げられている。
綴りが間違っているのは明子ちゃんが字を書いたからだ。
明子ちゃんは書道をやっていたらしくて字は綺麗だけど、英語の方は苦手のようだ。
この監視業務は私と明子ちゃんの日課であり、毎日四時間、一時間おきに交代しながら監視をするという約束だったのだが……。
「はぁ、今日は天気が良いなぁ」
また始まった。
明子ちゃんはこう言ってすぐに監視をサボりたがる。きっと元の世界では夏休みの宿題を溜め込むタイプだったのではなかろうか。
「天気はいつも良いでしょ」
「こういう日はどっか遊びに行きたいなぁ」
「昨日一緒に買い物に行ったじゃん」
「買い物は買い物でしょう? 今日は純粋に遊びに行きたいの。どうせなら何か映画でも観たいなぁ」
「……うーん、映画かぁ」
映画好きな私がちょっと悩んだのを見て、明子ちゃんはニヤリと笑みを浮かべる。思わず私も笑ってしまいそうな、わざとらしくずる〜い笑顔だ。
「あと一時間くらいしたら、商店街島の下を映画館島が通るよねぇ」
「うーん、そうだねぇ」
「鳴海が行かないなら私一人で行っちゃおうかなぁ」
「ちょっと! 監視もサボって一人で映画観に行くなんてズル過ぎるでしょ!」
監視をサボるだけでもズルいのに、更に一人で映画を観に行くなんて、一緒に生活している仲間として許せる筈がない。
「じゃあ、決まりだ!」
何が『じゃあ』なのかはさっぱりわからないが、こうして私は押し切られるように明子ちゃんとお出かけをする事となった。
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