この世界について

第8話

 そっか、あれからもう二週間も経つのか。


「よっ……と」


 走馬灯のような短い回想を終えて、私はマンション島の下に浮いていた島の端へと着地する。


 振り返ると、青空をバックにして天空マンションが佇んでいる。

 こうして下から見上げると、影のおかげであのオンボロマンションも威圧感があって、なかなか立派に見えない事もない。


 あれから二週間過ぎても私がここにいるという事は、つまりはそういう事であり、そういう事とはつまり、私はまだこの世界だか空間だかなんと呼べば良いのかもよくわからない場所からの脱出を果たせていないという事だ。

 脱出どころか謎も何一つ解けておらず、逆に謎は増え続けている。

 だけど私はこの謎の世界で、それなりに快適に生活している。


 まず、あの部屋は相変わらず快適に使わせて貰っている。

 この二週間、結局部屋の住人は帰ってこなかったし、マンション内にも相変わらず人の気配はない。だからもうあのマンションに住人は存在しないものだと割り切って、シャワーを使う事に遠慮もしなくなった。

 着替えも普通にあの部屋にあったものを使わせてもらっているし、なんなら他の部屋からも拝借したりしている。今やあのマンション全てが私の家みたいなものだ。


 食事に関しても困ってはいない。

 これはまた大きな謎なのだが、あの日私は冷蔵庫から取り出した食材でサンドイッチを作って食べた。しかし翌朝に再び冷蔵庫を開けると、驚くべき事に冷蔵庫の中身は前日私がサンドイッチを作る前と同じ状態になっていたのだ。


 その時も不思議に思いながら同じようにサンドイッチを作って食べたが、しばらくしてから冷蔵庫を開けると、また食材は補充されていた。そして他の食材を使っても、他の部屋の冷蔵庫の食材を食べても全く同じ事が起きた。つまり、理屈はわからないが食べ物は実質無限にあるというわけだ。ますます不思議空間だ。


 更に謎なのが、この世界では食品の鮮度が落ちる事がない。肉も野菜も何日過ぎても変色もせずにみずみずしいままだし、パンも硬くなったりカビたりしないのだ。とんでもなく謎ではあるが、私にとっては都合が良い事なので、それがこの世界のルールなのだろうと割り切っている。


 そんなこんなで、この世界での生活は私にとってベリーイージーのサバイバル系ゲームをプレイしているようなものであり、衣食住の不自由はしていない。


 問題があるとすれば、未だ人に出会えておらずに時折寂しさと不安を感じる事くらいだろうか。


 跳躍能力に目覚めたおかげで、私はマンション島だけでなく他の島へと跳び移って調べる事が可能となった。

 しかし、この二週間いくつもの島を見て回ったけれど、どこかに連絡をする手段や、この世界を脱出するための手掛かりらしきものは見当たらず、マンション島と同じく人の住んでいた痕跡はあっても人の姿は無かった。

 いよいよ私がこの世界で一人ぼっちである可能性が高くなってきたというわけだ。


 ただ、この世界に来てから気付いた事は、私は案外一人が好きという事だ。

 好きというか平気というか、とにかく案外大丈夫なのだ。


 先程言った通りこの世界では衣食住の心配はないし、娯楽だってある。119号室にあった本棚の本をはじめに、他の部屋からゲーム機やDVDプレイヤーだって借りて来られる。だから案外寂しくはない。他人に振り回される事もないし、ご飯を食べる時間も、お風呂に入る時間も、寝る時間も、自分で好き勝手に決められる自由気ままな生活ができている。


 この世界は私にとって、快適過ぎて困るくらいだ。

 なぜ困るかというと、居心地があまりに良過ぎて元の世界に帰る気力が削がれてしまうからだ。

 この世界に来て最初の数日は、朝から夕方まで他の島に渡り、脱出の手掛かりや人を探したりもした。だけど結局何も見つからないので、最近は空を見ながら読書をする時間が増えてきた。

 昨日なんか、朝に読み始めた本の続きが気になって、結局一日読書で潰してしまったほどだ。


 このままではいけない。

 ここは本来私がいるべき世界ではないのだ。

 だから私は今日もこうして、散歩がてらに他の島の調査に乗り出した。

 散歩がてらだと思ってしまう時点で自分が本気で元の世界に帰りたがっているのか疑ってしまうが、まぁ、なるようになるだろう。

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