第2話

 目を覚ますと、まず視界に飛び込んで来たのは白く強い光だった。


 眩しい……。

 私は開きかけた目を閉じて、光を遮るために右手の甲を両のまぶたの上に重ねる。すると、数秒遅れて目を覚ました脳みそが私に違和感を訴え始めた。


 今、自分が寝転がっている場所が自分の部屋のベッドではない事は目を閉じていてもなんとなく理解できた。

 後頭部と背中に当たる感触はザリザリと固く、肌を撫でる風は扇風機やエアコンの風ように人工的な感じではない。全身に降り注ぐ光も、自室のLED蛍光灯のものとは明らかに違い、ほんのり暖かかった。


 ここはどこだろう。

 薄目を開けると、指の隙間からは青空が覗いていた。

 眩しい光の正体は日光であり、どうやら私は屋外にいるらしい。

 だけど、どうして自分が外で寝ているのかは理解できない。

 外で寝ているのはおかしな事だ。少なくとも私にとっては。


 体を起こして目を擦り、辺りを見渡す。

 するとそこは、建物の屋上らしき場所の中央であった。

 

 初めは自分が通っている学校の屋上かと思った。

 でも、コンクリートの床の色合いも、貯水タンクの形も、落下防止の鉄柵の高さも、見覚えのある学校の屋上のものとは少しずつ違っている。


 服はなぜか学校の制服であるブレザーを着ている。

 ここはどこで、私に何が起こったのであろう。


 眠っていたのか気絶していたのかは分からないが、目を閉じる直前の記憶がない。

 しかし、自分が何者であるのかははっきりと認識できる。


 名前は雨宮鳴海あまみやなるみ、歳は十五歳で高校一年生。家族構成は父と母と弟と私の四人家族で、昨日はいつも通り学校が終わってから————という具合だ。


 だから、自分がこの空間に虚無からポンと生み出された存在ではない事は確かであろう。

 いや、もしかしたらこの記憶も誰かにプログラムされたものである可能性も否定できなくもないが、SFはあまり得意ではないし、そんな事を考えても現状に対する疑問の答えにはならないと思うので、頭の片隅にでも捨てておく。


 私は立ち上がり、もう一度辺りを見渡す。

 普段であれば寝起きは体が重く感じるはずなのだが、今はやけに体が軽く、体調も良い。


 それにしても、ここは余程高い建物なのだろうか。

 普通は建物の屋上から辺りを見渡せば、遠くの山なり建物なり何かが見えるはずなのに、ここからはただ青い空と遥か遠くまで広がる海と水平線以外は何も見えない。


 いや————


 何も見えないと言ったのは間違いだった。

 視界には入っていたけれど、多分その光景が非日常過ぎて脳みそが受け入れる事を拒否していたのだろう。


 それは、島のようなものだった。


 遠くの空にいくつか散らばっているように見える大きな浮遊物は、どう見ても飛行船や気球には見えない。


 割れたお煎餅のようにバラバラになった陸地が、空に浮きながらゆっくりと移動しているのだ。まるで小学生の頃に読んだガリバー旅行記に出てきたラピュータ島のように。


 現実離れした光景に私は唖然とし、フラフラと吸い込まれるように落下防止の柵に歩み寄る。

 そして、そこから見える景色に思わず息を呑んだ。


 高い。

 ただひたすらに高い。


 高い場所に立った時特有の、目眩と共に意識が重力に引かれて落ちてゆくような感覚に陥り、私は慌てて意識を引き戻す。


 気を取り直して再度下を覗き込むと、そこには戯れるように浮く無数の島々と、その更に下方にはブルーハワイの海が広がっていた。

 近くに浮いている島に視線を移すと、島の上には雑居ビルや民家、アパートや商店らしき建物が建っている。空想と現実が入り混じる光景が、私の脳を混乱に誘う。


 真下まで視線を下げて自分が立っている場所を確認すると、今自分が立っているのがマンションらしき建物の上である事がわかり、そのマンションが建っている地面のすぐ先には断崖があった。

 断崖を目で追いながら柵に沿って歩いてみると、断崖はこのマンションの周辺をぐるりと囲んでいる。


 つまり、このマンションが建っている場所も、空に浮く島の上だったのだ。


 私は軽い立ち眩みを起こして柵から離れる。そして屋上の中央付近まで戻ると、床にペタリと座り込んだ。


 それから私が次に立ち上がるまでは、たっぷりと時間が必要であった。

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