第14話 2030年8月28日
新幹線の最終便の指定席に座った榊は目を瞑っていた。
新大阪を出発した「のぞみ」最終は15分後に京都に停車し、今は夏の夜を名古屋に向かって疾走している。東京に到着するのは深夜近く、普段ならそこから帰宅するのに在来線を使うか、いっそタクシーを使うか、悩むところであったが今の榊にはそんなゆとりはなかった。いや、普段ならば
「いい加減、リニアを通せよ」
とぶつぶつ文句を言っているところだったかもしれないが、今日に限っては考える時間があるのがありがたかった。電話連絡をしなかったのは盗聴されている可能性を感じただけではない。暫く考える猶予が欲しかったというのが実のところである。
ざっと辺りを見回す。血走った目で書類を読んでいる男が通路を隔てた前列にいた。明日、クライエントに説明する資料でも読んでいるのだろう。他にちょらほらと乗客がいたが、みな腕を組んで眠っていた。人目がないのを確かめると、榊は、膝の上で薄いジュラルミン製のアタッシュケースを開けた。パチンと快い音がしてロックが外れたが、その一番上にある”ペーパー”は決して「快い」ものではなかった。
「しかし、まさか・・・」
その言葉を使うのは今日で10回目だった。
”ペーパー”は「悪魔」に感染した人間の自宅から押収したパソコンに保存されていた住所録のコピーだった。その中に以前捕獲した人間が2人含まれていたために、大阪のオフィスは湧きたった。もしかしたら「悪魔」に感染した人間のリストではないか、という声も上がった。今まで「感染者」が相互に連絡を取っていたという確証は一つもなく、確かにそれは新事実を解明する手掛かりに思えた。だが、そのリストにある一人の名前を見て榊は凍り付いた。
その様子を見て大阪オフィスの責任者である篠田が、尋ねた。
「どうしたのですか?誰かお知り合いの方でも?」
知り合いではなかった。部下だった。隠すわけにはいかない。篠田には真実を話し、まず出雲と話をさせてくれと頼んだ。篠田は少し考えて頷いた。自分も同じ目に遭ったら、と考えてくれたのだろう。
「その代わり出雲さんから指示を出してください。当面その指示に従います。暫くは私の裁量でこの情報はとどめておきます。ですが大阪の中にも”彼”を知っている人間はいるでしょう。なるべく早く片を付けてください」
榊は
「分かりました」
と応えざるを得なかった。リストの履歴を見る限り、その最終の更新は三か月前であった。すると少なくとも三か月前から、東京のオフィスは
榊は溜息を吐いた。
「しかし、まさか・・・」
11回目の同じセリフを吐くと、そのまま榊は新幹線のシートに体を深く沈めた。
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