第一章 3

 小森から打ち明けられた秘密は予想通り、偽装カップルフェイクだった。

 そりゃそうだ。一体どこの世界に価格も性能も悪い電化製品を買う女がいるってんだ。

 小森と付き合うならそれ相応の対価がねえと割に合わねえだろ。

 ……にしてもつまんねえ秘密だな。

 想定の範囲内だし、これで小森も用なしか……。

 そんなことを考えていた次の瞬間。私は嫉妬が入り混じった視線を感じ取った。

 おいおいおい……アホか私は。まだ最大の謎が一個残ってんじゃねえか。

 どうして夏川雫ほどの女が私たちを尾行してやがるのかだ。

 さっきも言ったとおり女は打算的に動く。

 つまり小森がただのフェイクならわざわざ私たちの跡をつける理由がねえ。

 好きでもない男のことなんざゴキブリ以上に興味がねえはずだ。

 なのになんで……?

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……いや、待て。いくらなんでもそりゃねえだろ。それこそマジで意味が分かんねえ。

 ありえない。絶対にありえない!

 そう信じ込もうとする私の脳内に眼鏡を反射させた小学生ガキが侵入してくる。

 彼は私を諭すように、

『高嶺…不可能な物を除外していって残った物が…たとえどんなに信じられなくても…それが真相なんだ!!』と告げてくる。

 うるせえよメガネ。

 とはいえ、夏川雫が尾行している理由なんてこれ以外考えられないし……。

 それにこの推理が正しいなら教室で感じ取った夏川からの敵意にも説明がつく。

 というのも私は転校初日にも拘らず夏川から負の感情を向けられていた(気がする)。

 嫌いなタイプの女が転校してきた、そう思われていると推測していたが――。

 電柱からこちらの様子を伺っている夏川をチラ見したあと、カマをかけてみる。

「じゃあさ――明日から私と付き合ってみる? 実は翔ちゃんのこと気になってたんだ」

 夏川にも聞こえるようあえて大きな声で言ってみると、

 ――ガシャーンッ!!

 背後で金属音が鳴り響きやがった。

 おそらくゴミ捨て場の空き缶にでもぶつかったんだろうが……。

 いくらなんでも動揺し過ぎだろ。なんだよ『ガシャーンッ!!』って! バグり方が異常だろ! まさか小森に本気で惚れちまってんじゃねえだろうな!?

 ここで私は情報を整理してみる。

 ・小森と夏川は偽装カップルだった(ただし、フェイクであることは秘密にしていた)

 ・夏川から偽装カップルをやめたいことを告げられる。クラスメイトは小森が振られたと勘違い

 ・小森曰く、夏川が別の男(それもイケメン)とデートしていた。真相は不明だが、そいつが本物の彼氏ではないかとのこと

 ・夏川は小森に気がある(でねえと尾行の説明がつかねえ。私の告白にあそこまで動揺するってことは脈なしはねえだろう)

 結論――どこかですれ違いが発生した。

 あくまで推測だがフェイク終了は夏川が小森に惚れちまったからなんじゃねえか?

 フェイクのままじゃ恋人としての進展はねえからな。

 ……くくっ。おもしれえ。こうなりゃ話は別だ。ぶっちゃけ私は夏川のような女が好きじゃない。たいした努力もしてないくせにいつも美味しい思いをしやがって……。

 最初から何もかも持っている女が妬ましくて仕方がない。だから一度ぐらい挫折させてやりてえ。

 本気で好きになった男が手に入らない。

 それはこれまで欲しいものをなんの苦労もなく手に入れてきた夏川にとって苦痛でしかないはずだ。

 ――私は小森を攻略することを決意した。


   * 砂川健吾 *


 とある喫茶店。

「ううっ……けんごぉ……健吾ぉ……!」

「ちょっ、落ち着けって姉さん!」

 初めてみる姉の泣き姿に俺はどうしていいか分からなかった。

 いつも冷静沈着な姉さんがここまで取り乱すなんて……ただ事じゃねえな。

 心中穏やかじゃない俺だったが、

「翔太くんが……! 翔太くんが浮気したぁっ!」

「はあっ!?」

 とにかく泣きじゃくる姉さんの話は要領を得なかった。

 浮気だ、二股だ、なんて言葉が漏れ聞こえてくる。

 その言葉が事実ならさすがの俺も出るところへ出るつもりだ。姉さんと付き合っていながら別の女に手を出すなんて許せねえ。

 世の中には草食系に見せかけて実は肉食なんつうタチの悪い男子がいるらしい。

 姉さんに限らずそういうヤツらに遊ばれた女の子は少なくねえだろう。

 だが俺は小森に関してはただの草食系だと思っている。それも確信に近い部分でだ。

 たぶん何かの手違い、もしくは勘違いじゃねえかと思うわけよ。

 先日の話では小森は心に決めた女を大事にする人間像が浮かんできたからだ。

 彼女や恋人を悲しませるような人間じゃない(と信じたい)。

 となると姉さんの早とちりってことになるわけだが……。

「ぐすんっ」

 ……はぁ。仕方ねえな。ちゃんと見極めてやるよ。


       ☆


 話をまとめると、どうやら姉さんは偽装カップルフェイク終了を告げることができたようだった。

 小森もそれを承諾。恋愛関係的にはようやくスタートラインに立ったわけだ。

 しかしそこに小森の幼馴染、高嶺繭香が転校してくる。

どうやら彼女は小森との距離が近いらしい。

 小森は幼馴染と一緒に下校することになり「明日から付き合ってみる?」と告白された。

 対して小森の返事は保留。

 高嶺は大事な幼馴染だから軽い気持ちで付き合いたくないと、そう告げたらしい。

 姉さん曰く「あれはキープに違いない」とのことだが……。

 ……ちょっと待て。

 今の話に浮気、二股だと決めつける根拠はどこにあった?

 小森が二股野郎だと断定するには姉さんと恋人になった事実が必要だろ。

 今の話じゃ一方的に姉さんが嫉妬しているようにしか聞こえねえぞ?

「概要は理解した。ところで姉さん」

「なによ?」

「小森に告白はしたんだろうな?」

「ちゃんとしたわよ! この関係を終わらせたいですって」

「それだ! それだよ! なんでそれで姉さんと小森が付き合うことになるんだよ!?」

「えっ? でも翔太くんは夏川さんが望んでいることを受け入れますって……」

「いやいやいや! その流れだと偽装カップルフェイクを終わらせることをだろ!? なんで今ので内に秘めた想いを受け入れてもらったと勘違いしてんだよ! 言っておくぞ? 小森は姉さんと付き合っている自覚がないどころか、こっぴどく振られたと思っているからな!」

「砂川健吾は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない」

「おいコラッ! 真面目に聞け!」


       ☆


「ひどいよ……こんなのあんまりだよ……」

 俺が教えてやった現実に落ち込む姉さん。夏川雫のソウルジェムが濁っていた。

 おいおい……まさか魔女にならないだろうな!?

 内心でヒヤヒヤしていると、

「元はと言えば健吾が悪いんじゃない!」

 なぜか逆ギレをされてしまった。

 知らされた真相にパニックになってやがるんだろうが……いくらなんでも俺のせいってことはねえだろう!

 もちろん納得のいかない俺は抗議したのだが、

「フェイクを終わらせたいと告げさせたのは健吾でしょう!?」

「いやいやいや!? そんな理不尽なキレ方があるか! だいたいそんなに好きならちゃんと告白しない姉さんが悪いんだろ!」

「はぁっ? 殺すわよ」

 ギロリ。バケモノのような目で睨まれる。しかもホットケーキ用のナイフとフォークを握りしめる始末。

 うおっ……怖え。おっかないにもほどがある。

 もしかしてこの女……小森と結ばれなかったら自殺するパターンじゃねえのか?

「恋人になれなかったら翔太くんと健吾を殺して私は仕事に生きるわ」

「いや、お前も死ねよ!!」

 なんで俺たちだけ殺されなきゃなんねえだよ!

 高スペックのくせに恋愛だけポンコツな姉さんが悪いんだろうが!

「じゃあどうすればいいのよ?」

 俺が聞きてえよ!

 本当は全力でツッコんでやりたい俺だったが、命はまだ惜しい。

「とにかくまずは誤解を解かねえと。今のままじゃ印象が悪過ぎる」

「えっ、悪いの?」

「考えてもみろ。姉さんは小森を男避けに利用してたんだぜ?」

「……それが何か?」

 開き直んじゃねえ!

「一方的にフェイクを終了させたんだ。しかも姉さんは素で他人に冷たいと思われるとこあるだろ? ようは『あなたは用済みよ』と宣告した感じになっているわけだ」

「……つまり何もかも手遅れで翔太くんと健吾を殺すしかないってこと?」

「その狂気的な発想やめてもらえるか!? マジで命の危険を感じるんだよ!」

「じゃあどうすればいいのよ! 答えだけ教えなさいよ!」

 このクソあま……!

 こめかみを抑えながらなんとか怒りを鎮火させる俺。

「いいか。まずは現実を受け入れろ。このままだとポッと出の幼馴染に小森を取られちまうかもしれねえんだぞ?」

「やだ!」

 巷で《氷殺姫》と揶揄される冷徹美人が涙目かつ頬をぷくぅと膨らませている。

 なんだこのクーデレ。そのデレをさっさと小森に見せちまえ! 

 それだけでこの問題を一瞬で解決できるわ! 俺も早くお役ごめんになりてえんだよ!

「姉さんがしなければいけないことは二つ。きちんと自分の気持ちを伝えること。もちろん好意だけでなく感謝と謝罪な。とはいえいきなりは難しいだろうから何かきっかけが欲しいな……よし。手作り弁当で行こう。男は胃袋をおさえる。鉄板中の鉄板だろ」

「ずいぶんとありきたりな発想ね。そんなので大丈夫なんでしょうね?」

 あんたがパニックになってサイボーグクロちゃんにならなければな!!

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