第71話:五回目の登校

「要く〜ん、準備できましたか〜?」

「もうちょっと待ってくれ、あとネクタイだけだ」


時刻は午前七時半を少し回ったところ。要は全身鏡の前でネクタイを結び直している。

今日は暫定週一回の陽葵と一緒に登校する日だ。夏休みから始まったこの登校だが、もう五回目ほどになるだろうか。


陽葵はと言うと、要よりも先に準備を終え、テーブルで麦茶を飲んでいる。足を落ち着きなくわたわたさせ、要の準備を待っているようだ。頬杖をついて要を見ている口元には、微かな笑みが浮かんでいる。


「よし、行くか」

「はい!」

要が準備完了を告げると、陽葵は残りの麦茶を、勢いよくコップを傾けてあおった。椅子から降り、足元にあるカバンを手に取って、そのまま要の後に続く。


要は自室に鍵をかけると、歩調を揃えて歩き出した。



「あ〜あ〜、もう土日が終わっちゃいました」

陽葵は後ろに腕を組み、伸びると一緒にため息をつく。こういうお嬢様らしからぬ行動をとるようになったのも、要と出会ってから格段に増えた気がする。

「しょうがないだろ、そんなこと言っても。今週もあと五回登校したら休みが来るぞ」

「そういえば要くんの土日が〜とか言ってるところ見たことないですけど、要くんは学校好きなんですか?」

「好きでもないけど嫌いでもないな。大学行くために勉強はしなきゃいけないし、友達もいるしな」

「そうですけど〜! 」

「いいじゃないか、おまえ英語は大得意らしいし。俺にも教えてほしいくらいだ」

「そんな、全然ですよ〜!」

陽葵は口では否定しつつも、嬉しそうに体を捩らせる。


前々から思っていたのだが、なぜ彼女はこれほどまでに英語だけは出来るのだろうかアメリカに住んでいたときのことを、もう少し詳しく聞いてみたい気もする。本当はテストを見せてもらった時に聞こうとしていたのだが、あの時は陽葵のご褒美に対しての勢いが強すぎて、聞くに聞けないまま今日まで来てしまった。


……思い切って聞いてみるべきか。


「なあ、陽葵……」

呼び止められた陽葵は、どこか物憂げに振り向く。

「……やっぱり、そろそろ気になっちゃいますか?」

思考を盗聴されたような察しの良さに、思わずたじろいでしまう。陽葵は風になびく髪を抑えながら、要を見つめている。


「ここで話すのもなんですから、これは帰ってからにしましょうか」

「おう……そうだな」

(そんな長い時間がかかるような話なのか……?)


まさかこの登校時間では語り尽くせないような長さを持つ話なのだろうか。てっきり三行ほどで終わるものだと思っていたのだが。

「そんな身構えなくても大丈夫ですよ!! きっと要くんが思っているほど、大層な話じゃないですから」

「そ、そうか?」

「はい! それじゃ、今日帰ったらお邪魔させていただきますね! 頑張って行きましょー!」


校門に差し掛かったところで、要は陽葵に手を振って行ってしまった。いつもの事だが、校門にいる人の視線を釘付けにしながらも堂々と歩いていく。


「ひょっとして聞いちゃいけないことだったかな……」

ちょっとした言動に軽く後悔を覚えつつ、要も校門をくぐった。

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