第70話:二人でプリクラ
『あと二つだよ! お互いのほっぺをツン!』
……は?
どうやらこの機械は、お互いの頬を人差し指で突けと言うらしい。陽葵は一瞬実行しようとしたのか、人差し指を立てたまま固まっている。
要も陽葵の頭には触れたことがあるものの、肌を直に触るとなるとまた別だ。頭頂部に触る時は肌と言うより髪に触ってる感じだし、手に触れるのともまた違う。
「さすがに違うポーズにしとくか?」
「……どうしましょうか」
そう迷ってる間にも、画面には残り三秒のカウントダウンが表示される。無難なピースにでもしとくか……と提案しようとした瞬間、要の右手に暖かな感触が触れた。
「……!」
見れば、陽葵が要の手を持ち上げ、自分の頬に人差し指をあてがっているところだった。指先からは紅潮している頬の暖かさと、柔らかさが伝わってくる。普段の手入れを怠っていないのだろう。自分のものとは比べ物にならないくらいきめ細やかだ。
カウントダウンは残り一秒。
陽葵の方を見たまま固まっている要の頬に、陽葵も人差し指を控えめに当てた。ずっとこちらを向いてるのが気になったのか、少し力を加えて要の顔をカメラの方に向ける。
直後にシャッターが切られたものの、今回は要だけでなく陽葵もぎこちない顔をしている。プリクラの加工された画面には少しわかりずらいが、顔は熟れたトマトのように真っ赤だ。
「ご、ごめんなさい突然!」
陽葵は慌てて頬から指を離す。
「いや、こっちこそすまん」
「か、要くんは悪くないので……」
気恥しさからか、はたまた気まずさからか、二人とも目を合わさずに口を開く。
何はともあれ、残る写真は残り一枚。まさかプリクラにここまでカロリーを使うとは。初めてやるプリクラのスピード感に加え、このようなポーズをとらされ、二人ともかなり疲弊気味だ。
(要くんの頬、触っちゃった……!)
……やはり疲弊しているのは、要の方だけかもしれない。陽葵は要に触れた指を反対の手で握り、感触を忘れないようにしているのだろうか。もちろん、要には見えないところでだ。
「い、意外と早かったですね」
「そうだな、たまに凄く精神力を使うポーズはあったが」
「それは同感です……でも! 残るはあといちま……」
『それじゃあ最後のポーズ! ハグして仲良しアピールだよ!』
「…………」
「…………」
二人は半口を開けたまま固まった。特に陽葵の方は、みるみるうちに顔が朱に染っていく。
『カウントダウンいくよー! さーん!』
無慈悲に始まるカウントダウン。二人は未だ固まったままだ。
『にい!!』
残り二秒。目をパチパチさせてみても、画面に表示されているモデルポーズは二人が抱き合っているものだ。
ふと、胸板の辺りに衝撃が加わった。少し遅れて、ふわりと甘い匂いが香る。目線を画面から移すと、そこには密着している陽葵の姿があった。ハグのように体に手を回されたわけではなく、要の胸板に両手を添え、そこに小さな頭をつけている。
「おい、ひま……」
「…………」
『いち!』
見れば、陽葵の顔は耳まで真っ赤だ。ハグとは言えないものの、これだけでも大いに頑張ったのだろう。かなり気は引けるが、ここで要だけ何もしないというのは男が廃れるというものだろう。もうじきシャッターも切られるし、迷っている暇はない。
シャッターが切られた瞬間、要は陽葵の肩に腕を回しているという体勢で、例によってぎこちない笑みを浮かべている。陽葵の方はプリクラの加工によって多少マシになっているものの、それでもわかるくらいには赤い。それとも勝手にチークの加工が入れられたのだろうか、いやきっと違うだろう。
『撮影は終わりだよ! 隣の落書きブースに移動してね!』
「そそ、それじゃあらら落書きの方行きましょうか!!」
陽葵はあくまで平静を装っているが、顔は真っ赤だし、目には渦がグルグルしているのが幻視できる。焦りを隠すように、要の袖を引っ張って足早に撮影ブースをあとにする。要も恥ずかしさを悟られないよう後に続く。
落書きブースには大きなディスプレイの左右にタッチペンが一本ずつ、そして二人がけの足が高い椅子がひとつ。先に入った陽葵は右側に、要は空いている左に座る。まだ読み込みが終わっていないのか、撮った写真は表示されない。
「……ぷっ」
「どうした?」
ふと、脈絡もなく陽葵が吹き出した。尋ねるも、肩を小さく震わせ笑い続ける。
一頻り笑ったあと、目に浮かぶ涙を拭う。
「はぁ……最後のポーズの時の要くんを思い出しちゃって」
「な、なんか変だったか?」
「その、心臓の音が凄くて」
「なっ」
無自覚だったが、要の心拍はかなり大幅に上昇していたらしい。しかも陽葵の頭部は要の心臓付近にあったため、聞こえてしまうのも道理だ。
「そんなこと言ったら、お前だって顔真っ赤だったじゃないか」
「な! そ、そんなことないですけど!?」
陽葵は否定するも、その頬は先程よりも赤みを増している。
「それにしても、思っていたよりずっとすごいポーズをとらされましたね」
「ほんとだよ。今度舞海をどついてやる」
「え、なんでですか!?」
「おまえにくだらん嘘を吹き込んだからだ」
他愛ない話をしている間に、どうやら写真の読み込みが完了したようだ。撮影したものが画面に映し出される。
予想はしていたが、どれも映りの悪い顔だ。比べて横にいる美少女ときたら。お嬢様の教養には、写真に綺麗に映る方法なんてものもあるのだろうか。
陽葵はというとタッチペンを手に取り、揚々と落書きを開始している。要もそれに倣い、タッチペンに手を伸ばす。
と言っても、要はあまりクリエイティブさに自信はなく、何を書けばいいのかわからない。横目で陽葵の手元を見ると、要の顔にひげを書いているようだ。
猫のひげとかではなく、ガチの位置に。
「ちょっ、おい!」
「あ、バレちゃいました〜」
描いている時から笑いを堪えていたのか、指摘された瞬間声を上げて笑いだす。
笑っている陽葵に負けじと、要も陽葵の眉毛をとんでもなく太くしてやることにした。すると笑う陽葵も気づいたのか、頬を膨らます。
「わたしそんなに眉毛太くないです!!」
「お返しだ」
「もうー!」
それからは主にペン以外のスタンプやデコレーションなどを中心に、たまに陽葵に落書きをして楽しんだ。要はメイクのことはわからないので触れず、代わりに陽葵に全て丸投げした。どうやら陽葵は要にメイクを盛り盛りにしても要が後で見る時に気にするかと思い、メイクをつけるのは自分だけにしたようだ。肌が毛穴ひとつない状態にされているだけでも自分じゃない感がすごいので、要的にはありがたい配慮だ。
陽葵はプリクラの加工とメイクを受けているはずなのだが、特有ののっぺり感に目を瞑れば現物とほとんど差異がない。陽葵の顔が完成されていることを機械が証明しているようなものだ。
程なくして落書きを終え、ブースをあとにする。印刷を待てとの指示があったので、プリクラ筐体側面にある取り出し口の前で待機する。
「今日はありがとうございました」
「なんだ、急だな」
「わたしに要くんの休日をくれたので! 大部分はわたしがやりたいことに付き合わせちゃいましたし」
「全然いいよ。おまえもテストを頑張ったんだしな。約束を守っただけだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
陽葵は要の言葉ににっこりと笑う。
「俺も楽しかったしな。それと……」
「? なんですか?」
「遊びに行くくらい、別にご褒美じゃなくても誘われたら行くよ」
「……はい! じゃあまた誘いますね!」
「ああ。暇だったらな」
「えへへ、約束ですからね!」
陽葵は小指で要の小指を絡め取り、胸の高さまで持ち上げた。そのまま二、三度振り、満足げに解く。そうこうしている間に、印刷されたプリクラが排出された。目を輝かせた陽葵が手を伸ばす。
どうやらミシン目が入っており、二つに割れるようだ。陽葵はミシン目のところで二つに折り、半分に切って片方を要に手渡す。
「どうぞ!」
「ありがとう。大事にするな」
「はい!! じゃあ帰りましょっか!」
二人はそれぞれプリクラをしまい、手を繋いで帰路についた。
アパートに着いた後。
「じゃあ、また後でご飯作りに行きますね」
「おう、今日も頼む」
「はーい!」
元気な声で要を見送り、陽葵は501号室のドアを開ける。ただいま、と誰もいない空間に帰宅を告げ、一旦鍵をかける。
「要くんとプリクラ、撮っちゃった……! ……?」
陽葵は撮ったプリクラを取り出し眺めていると、どうやら裏面がシールになっていることに気付く。
「そうだ!」
そう言うと自分のスマホケースを外し、プリクラのフィルムを剥がそうと……して、動きを止めた。
「これだと、もし剥がすことになったら綺麗に戻せないかも……」
陽葵はシールのフィルムを剥がさないまま、ケースとスマホの間にプリクラを挟んだ。
「これでよし! 今日の献立は何に……」
陽葵は外行きの服から着替えるために、鼻歌交じりでクローゼットへ向かった。
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