第69話:ゲームセンター(後編)

……さて。

要と陽葵は現在、プリクラのシャッタースペースにいる。身長よりも大きなグリーンバックを背に、二人とも落ち着かない様子だ。

彼女がカーテンを開けて待っている時に、要はさすがに断ろうとしたのだが……。


(プリクラって一回こんなかかるのか……)

陽葵が硬貨を投入した部分の数字を見て、引くに引けなくなってしまったのである。なにしろ写真を数枚撮るだけなのに一回五百円だ。もちろんエフェクトを付けたりなんだりの要素はあるのだが、五百円もあれば昼ごはんのハンバーガーがもう一つ食べられてしまう。五百円を安いととるか、高いととるかは人次第だが、要は後者だったようだ。もったいない、という思いが、彼を渋々動かす要因となったのだろう。


もちろん要はプリクラなど入ったことがない。プリクラに関する知識といえば、自動でシャッターが切られること、目が大きくなる、肌が陶器くらいに綺麗になるなど凄まじい加工が入ることくらいだ。


ところで、我先にとプリクラに入った隣の女子は、要がプリクラに入ってから無言を貫いている。見ればどこか落ち着かない様子で、頬も少し上気しているように見えるのは気のせいではないだろう。


要は咳払いをひとつして、沈黙を破る。


「陽葵がこんなところに向かっているとは思わなかったな。ていうか知ってるのも驚きだ」

「この前舞海さんに、今度ここにお出かけすると言ったら、『せっかくならプリ撮ってくればどうかな! 男女でお出かけするなら、帰る前にプリを撮るのが礼儀だよ!』と言われたので……。具体的に何をすればいいのかはわからないんですけどね」


陽葵は芝居っ気たっぷりに舞海との会話を演じてみせた。薄々思っていたが、どうやら彼女の入れ知恵らしい。男女で出かけるならプリクラを撮るのが礼儀とか、信頼度の低いデマにも程がある。それを信じてしまう陽葵も陽葵だが。


プリクラというものは、女子同士の友達で撮るもの、または男女なら恋人同士で撮る、という確率が極めて高いのではなかろうか。少なくとも要の中の認識ではそうなっている。恐らく舞海も似たような認識だろうし、要をおちょくるために嘘を吹き込んだのだろう。


(あいつ……次会ったら覚えてろよ)

要は固く、舞海に一発くらわせてやる決意をした。


――一方その頃。

「!?」

「どうした舞海、急に身震いなんかして。風邪か?」

「違うと思うんだけど……なんか急に悪寒が」

「さっきアイス三つも食べたからじゃねーの? 遅れて寒さがやってきた的な」

「ひーくんたら!そんなのなったことないよ!」

響と一緒にいる舞海は、自分の身に何か良くないことが起こりそうな予感を察知していた。




そうこうしているうちに、どうやら撮影の時間が来てしまったようだ。女性の声のアナウンスを聞くに、どうやら写真は全部で六枚だそうな。


「陽葵、ちなみにどんな感じで進行するのかとかは聞いてるのか?」

「プリクラがですか? 撮るのが礼儀〜ってことしか聞いてないです!」

陽葵はなぜが自慢げに親指を立てる。まあなるようになるだろう。娯楽のためのものであるのだから、そう身構える必要もあるまい。


『それじゃ始めるよ〜! まずは可愛く指ハートから!』

小さな個室に不釣り合いな音量で、スピーカーから女性の声が流れる。どうやら進行とポーズの指定はあちらがしてくれるようで、要たちはただ言うことを聞いていればよさそうだ。ポーズがどのようなものか、モデルがスクリーンに映っているため、ポーズがわからない、ということも起きにくいだろう。要がとるには少々恥ずかしさを感じるポーズだが。


陽葵の方はというと、こちらは結構ノリノリで慣れない指先でハートを作っている。撮影自体にそんなに長い時間はかからないだろうし、要も恥を飲み込んでポーズをとる。


シャッター音の後に、撮った写真が画面に映し出される。二人とも多少のぎこちなさはあるが、なんとか撮ることができた。陽葵とは違い、要の笑みは少々引きつっているようだが。


『じゃあ次のポーズ! 可愛く狼のポーズだよ!』


休む間もなく、次のポーズが指定される。プリクラというのは、思ったよりスピード感があるようだ。既にシャッターが切られるまでのカウントダウンも始まっている。陽葵はかなり順応が早いようで、既にポーズと笑顔をスタンバイ済みだ。要もそれに続く。


写真を撮る度、自分の写真映りの悪さには嫌気が差す。要は心の中で零す。それに比べて、隣にいる人の、なんと写真映りのいいことだろうか。


『次は二人でハートを作ってみよう!』

三番目のポーズは、二人で片手ずつ出し合ってハートを作るというものだ。これこそ異性の友達とやることを想定されたポーズではないだろう。

陽葵もたじろぐものの、要と目を合わせた後、控えめに片割れのハートを持ち上げた。目が合った時の彼女の耳は赤く染まっており、目も心做しか潤んでいるように見える。

なんやかんや考えている間に、カウントダウンが迫ってくる。要も陽葵だけに恥ずかしい思いをさせるわけには、と腹を括った。陽葵の左手に合わせるように、自分も右手でハートを作り、指先を接点に繋げる。


手が触れる行為自体は先程も手を繋いでいたためそれなりに経験しているはずなのだが、どうもこれはその恥ずかしさとはベクトルが違う。なんと言うのだろう、逃げ出したくなる恥ずかしさ、と言うべきか。身体の内から湧き上がる羞恥が、要を貫く。


これで三つ目、折り返しだ。もうこんなカップルでやることを想定されたポーズが出てこないことを切に祈る。


『それじゃあよっつめ! 敬礼のポーーズ!』


どうやら四つ目のポーズは大丈夫そうだ。警察官達がやっているような、あの敬礼だ。くっついたりもしないし、これなら多少柔らかい表情がとれる。

プリクラのシステムにも慣れてきたし、少しは余裕をもって写真を撮ることができた。と言っても、生まれ持った写真映りの悪さはかき消されることは無いが。陽葵も慣れたのか、要とは比較にならないくらいの綺麗な笑顔を浮かべている。




――――――――――――――――――――――

文字数多くなっちゃいそうなので、キリ悪いですが一旦次回に持ち越させて頂きますm(*_ _)m

次回でショッピングモール編終了です! 長かった……

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