第68話:ゲームセンター(中編)

「あ! この子にします!」

陽葵は繋いでいた手を解いて、並ぶ筐体のひとつに駆け寄った。ガラスの先には、茶色い毛とくりくりした目が特徴の、少し小さめの犬がいた。陽葵の手のひらには少し大きいものの、要ならちょうど乗りそうなサイズをしている。


ここに来る前に誰かが遊んだのだろうか、ぬいぐるみは横倒しになっており、景品取り出し口に少々寄っている。力加減の設定はわからないが、これなら陽葵でも楽に取れるのではないだろうか。


要が陽葵に追いつく間に、彼女は手持ちの百円を投入した。こ気味いいサウンドが鳴っているのを聞き流しながら、前のめりな姿勢でボタンに指先を置く。

やり方を教えてもいいが、こういうのは自分でやってこそだなと、要は静観を決め込むことにした。もちろん、アドバイスを求めてきた時には答えられるように考えておくつもりだ。


陽葵がボタンを押し込み、連動してアームが動き出す。先程も聞いた、効果音と微かなモーターの駆動音が耳に入ってくる。

「…………」

陽葵の目はいつになく真剣に見える。要の家にいる時には見せない表情だ。少なくとも、テストの時くらいにはこんな表情をしていると思いたい。

(こんな顔もするんだな……)

要がじっと見つめている間に、その横顔は華やいだ。嬉しそうに要の方に顔を向ける。


「要く……そんな見つめてどうしたんですか? 何かついてます?」

要がクレーンゲーム筐体の方を見ていなかったことに驚いたのか、陽葵は眉間に皺を寄せた。ベタなセリフを吐くとともに、口を覆い隠す。


「ああ、別にそういうわけじゃないんだ。すごい真剣な顔をするんだなって……」

「確かに……家で勉強してる時くらい集中してるかもです!」

少なくとも要の家で勉強している時の彼女は、蕩けたような、怠惰な顔をしているはずなのだが。それはない、と口走りそうになったのを咄嗟に飲み込む。

「それはそうと、結構いい位置じゃないですか?」

そう言われ、要はクレーンゲームの方に目をやった。見れば、アームの横方向の移動は上手くできたようだ。このまま奥への操作も的確に出来れば、アームはぬいぐるみの身体を掴んでくれることだろう。


「そうだな。凄くいい位置までアームをもっていけてるから、この調子で奥にも……あっ」

「? えっ」

驚きの声を漏らした陽葵の目の前では、いい位置と話していたアームがひとりでに降りている。小さな口が開いたまま、陽葵は無言でアームに目線を固定している。アーム動作が一頻り終わったところで、彼女は要の方を、髪が浮きあがる程の速度で向いた。

「要くん! わたしボタン押しちゃいましたかね!?」

「いや……多分時間切れだな」

「時間切れ??」

「クレーンゲームは操作に時間制限があるものが多いんだ。だいたい一分くらいだから、時間経っちゃったんだな」

「そんな機能があるんですか……」

初操作でアームをいい所に配置できただけに、陽葵のショックは大きそうだ。先程とは対照的に、見るからにテンションが下がっている。


要は陽葵の肩に手を置いた。どこかいつもと違う行動に、陽葵は要の方を見る。

「一回目で結構いい感じだったから、次でいけるさ。ほら、もう一回やってみな」

要はそう言って、自分の財布から百円を取り出し、クレーンゲームに投入した。


「あ、お金……」

「俺の説明不足でもあったし。早くやらないと、また制限時間来ちゃうぞ?」

「……はい!」

陽葵は再び筐体に向き直り、先程の感覚を思い出すようにボタンを押し込んだ。




――数分後。

「とれました!!」

陽葵は犬のぬいぐるみを取り出し、要の目の前に持ってくる。最近見たような表情だと思ったら、テストを見せた時の表情に酷似しているのだ。

「よかったな。結構センスあるんじゃないか?」

「そうですかね? まあそうかもしれませんね!」

要が褒めると、鼻を高くし渾身のドヤ顔を披露している。響が見せるドヤ顔と違い全くウザくなく、微笑ましさすら感じるのは彼女だからだろう。


「はい、これどうぞ!」

すると陽葵は、ついさっき獲得した犬のぬいぐるみを要の方に差し出した。要はつい条件反射で受け取ってしまったものの、数瞬してから我に返る。

「要くんもさっきくれたので、お返しです! 大事にしてくれなきゃいやですよ?」

「でも、せっかく自分でとったのに」

「もう、要くんのためにとったんです!」

「……そういうことなら受け取っとくよ。もちろん大事にする」

「はい! 受け取ってくれてよかったです!」

陽葵は満面の笑みを浮かべた。要は一度もらったぬいぐるみを見つめ、大事にリュックにしまう。


「四時前ですけど、要くんは何かやりたいことありますか?」

「特にないかな……どうする? 帰るのも選択肢だが」

「じゃあ最後にあそこ行きたいです!」

「あそこ?」

「はい! 着いてきてください!」

陽葵はそう言うと要の手を引き歩き始めた。行き先は言われなかったが、歩いていく方向的にゲーミングセンターの中のようだ。


「陽葵、どこに向かっているんだ?」

「大丈夫ですから!」

何が大丈夫なのかわからないが、陽葵は歩みを止めない。目的地は聞いても無駄らしい。


陽葵が手を引いてくれるので、月曜の時間割について考えていると唐突に止まった。危うくぶつかりそうになりながら、要も止まる。


「おい、ここ……」

言っている間に、陽葵は手早く硬貨を投入してしまう。

「さ、入りますよ!」

そう言うと陽葵は、モデルであろう女の子が大きく描かれたカーテンをめくった。要が入るのを、そのままの格好で待っている。


そう、プリクラである。

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