第64話:……感想?(中編)
「開けますよ〜」
それほど間を開けずに、陽葵はカーテンを開いた。頭を抱えているうちにウトウトしてしまっていた要は、カーテンが勢いよく開かれる音に体をビクリとさせる。
「……寝てたんですか?」
「普段運動してないもんで」
ちょっと歩いたくらいで、と陽葵は目で呆れを訴えてくる。
二着目のコーディネートは、黒系統でまとめてある、というのが第一印象だ。無地のシャツにジャケットを羽織り、少し青みがかったデニムパンツを履いている。デニムとシャツの境目には、恐らくベルトだろうか。ワンポイントとして金色の金具が輝いている。
先程のゆるふわなコーディネートと比べ、今回はかっこいい系、という言葉が似合いそうだ。
「さっきのと方向性が全然違うな」
「そうです! 今回はちょっと辛口にしてみました!」
どうやら要が思うかっこいい系という言葉は、辛口と表現されるらしい。
「ほんとは髪も結びたかったんですけど、今日はヘアゴムを持ってきてないので……」
曰く、陽葵的にはこの服は髪を纏めてバレッタや髪飾りをして着用したいそうだ。完成系がどんな風になるのか要にはイメージが湧かないが、きっと彼女の事だ。なんでも着こなしてしまうのだろう。
「バレッタってなんだ?」
「バレッタはこう、髪を挟むクリップみたいな……」
「……?」
陽葵は身振りで一生懸命に説明しようとしてくれたが、要は頭に疑問符を浮かべる。陽葵は説明するより見せるが早いと考えたのか、スマホを手早く操作した。要の目の前に突き出されたのは、バレッタの画像検索結果のページである。
心の中で不勉強を詫びつつそれを見ると、要も見たことがあるものだ、と納得した。要の母親が着けている所を見たことがある。もっとも、彼女は陽葵のように着飾るためではなく、お風呂上がりに髪をまとめるために使っていたようだが。
「さ、感想をどうぞ!」
陽葵は胸を張り、両手を水平に広げた。まるでなんでもこい、と言った風だ。もちろん、心中では可愛いだの素敵だの、直球で褒めてくれることを期待しているのだが。
要も今回こそはまともな感想を、と裏で意気込んでいた。何しろ1つ前の感想が「懐かしい」である。陽葵は要の思っているよりずっと喜んでいたのだが、それは彼が知るところではない。
「似合ってると思うぞ? さっきのふわふわしてたのもそうだけど、こういうかっこいいのも陽葵によく似合うな」
陽葵は満足そうに、そうでしょうと大きく頷く。
「美人は何着ても似合うのかもな」
「びっ!?」
瞬間湯沸かし器の如く頬を染めた陽葵に対し、要はニヤリと笑う。先程あれこれ言われたのが悔しかったのか、カウンターパンチのダメージを見て、今度は要が満足げな表情を浮かべる。
実は裏では恥ずかしさを誤魔化すために、口内の皮膚を噛んで我慢しているのだが。
「な、何を言うんですかとつぜん!! そんな急に言われたらびっくりするじゃないですか!」
服装の大人びた雰囲気はどこへやら、まるで幼児のような言い草だ。顔を真っ赤にしたまま、要の胸板をポカポカと殴る。
「陽葵はこういうのを期待してたんじゃないのか?」
ほくそ笑みながら、要は言う。
「そうですけど……!」
実際のところ、彼女が望んでいたストレートな褒め方、という面では、要の先の発言はかなりそれに沿ったことを言っている。そのため、陽葵は言い返すに言い返せず、ただ頬を風船のように膨らませるのみだ。
「……それでもやっぱりだめです!! 要くんのえっち!」
「はぁ!?」
的外れな罵倒を残し、陽葵は翻って再びカーテンの奥へと消えた。開ける時の五倍ほどの勢いと音を残して。
言われのない罵倒を受けた要は、次に陽葵が出てくるまで、自分の発言に対する羞恥とのダブルパンチで苦しむことになる。
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