第63話:……感想?(前編)

既に足を酷使している要なら、もしここが教室だったら完全に寝いるとまではいかずとも多少ウトウトしている場面だろう。しかし、今日はそうはできない理由がある。もちろん、陽葵へのご褒美に付き合っているというのもそうなのだが……。


「…………」

時折目の前のカーテン越しに聞こえてくる、布擦れ音や金具の音が睡魔を片っ端から殺していくのだ。これのせいで寝るに寝られない。なんといっても、高校で一番、下手をすれば市や県で一番、なんてことも有り得る美少女が今、要と布を一枚挟んだところで肌を露わにしているのだ。健全な男子高校生に、何も考えるなという方が無理だろう。しかし、同時に罪悪感も生まれてくる。

要は大きめのため息を一つ吐いてから、気を紛らわすため、ポケットから携帯を取り出した。


「お待たせしました!」

なんと間の悪いことだろう、悶々とした気持ちを紛らわそうとした瞬間に、目の前のカーテンは開かれた。

心做しかさらに疲れたように見える要に、陽葵は声をかける。

「さっき大きなため息が聞こえましたけど、なにかあったんですか?」

「なんでもない、こっちの話だ」

まさかあなたの着替える音を聞いて想像を捗らせていました、なんて言えるはずもない。普通の間柄の女子に言おうものなら即絶交、それも相手は引く手数多の神原陽葵だ。もし男子にバレるようことがあれば、怨念で呪い殺されてしまいそうだ。

まあ、陽葵と要の関係なら、陽葵が顔を真っ赤にするだけで済むような気もするが。


怪訝な目をしていた陽葵は、別にいいかと思ったのか話題を変えた。

「それはそうと、どうですか、このお洋服!」

そう言うと陽葵は着室の中で一回転して見せた。純白のプリーツスカートの裾がふわりと浮き上がる。

彼女が着ているのはプリーツスカートにカットソー、その上に最初に手に取っていた淡い藤色のカーディガンを羽織っている。


要の所感としてはとても似合っていてかわいらしい、というものだが、このまま口に出すのは憚られる。理由はもちろん要が恥ずかしがってしまうからだ。

「いいと思う......ぞ?」

「どの辺がですか~?」

視線を交わさないことから要が恥ずかしがっているのを見抜いたのか、陽葵はいたずらっぽい笑みを浮かべ追撃を行う。要はさらに顔を背けるが、陽葵も逃がすまいと覗き込んでくる。


要は学年トップクラスの頭脳をフルに回転させ、具体的に褒めることができるポイントを探す。


「そのスカート......なんか懐かしい」

「懐かしい......ですか」

「初めて買い物行った時も、そんな感じのスカート履いてなかったか?」

確かに色は多少違えど、卵が安いからとスーパーに連れていかれたあの日もプリーツスカートを履いていた。懐かしい、という感想は褒め言葉になるのかは不明だが......。


「わたし......その日の服装覚えてないです!」

「は!?」

なぜか誇らしげに胸を張る陽葵に、要は食って掛かった。要からしてみれば苦労の末絞り出した感想なのだからそうしたい気持ちもわからんでもない。


「だって、あの日スーパーに行ったことは覚えてても、そんな昔の服装覚えてませんよ普通! 女の子は外出するたびに何を着るのか考えてるんですから!」

「俺もあの日のことはよーく覚えてるぞ? 陽葵が学校から家までストーカーしてきたこととかな」

「あれは要くんがお礼を素直に受け取らないからじゃないですかー!」

要的には褒めようとしていたはずが、なぜか言い合いに発展してしまった。試着室には他数人の客がいたため、なんだなんだとこちらを見る人もいる。

痴話喧嘩のようなところを見られた要と陽葵は苦笑いを浮かべながら周囲の人に小さく「すいません」と会釈をした。皆が目線を二人から外し、再び自分のことを始めたことを確認し、先程よりも数段抑えた声で要は話す。


「......服装を覚えてるくらい、あの日のおまえは印象的だったんだよ」

「ふぇ? なんでですか?」

「そりゃ......陽葵は学校だと美人だって有名人だし。そんな人と隣で歩くのって、結構緊張してたんだぞ?」

「......ふーーーーーーーん?」

陽葵は意味ありげに言葉を伸ばすと、要の目の前から数歩引いた。

「な、なんだよ?」

「別に何でもないですよ? ......この服の感想は、それで勘弁しといてあげます」

そう言うと陽葵はカーテンを音を立てて閉め、再び試着室へと消えていった。陽葵の反応をどう受け止めればいいかわからない要は、文字通り頭を抱えた。


しかし陽葵はというと、要の顔が見えなくなるや否やひざを折ってしゃがみ込んだ。そのまま頬を両手で挟むようにして包み込む。そうしないと、こぼれそうなニヤつきを抑えられそうになかったからだ。どうやらよほど嬉しかったらしい。

カーテン一枚挟んだ二人の表情は、天国と地獄といったように対照的だった。


「......よしっ」

それから少しだけ経った後、陽葵は小さく意気込むと、次の服の試着に着手した。次こそは彼が、もう少しストレートに褒めてくれることを信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る