第62話:服の好み(後編)
「あ、これとかいいじゃないですか」
陽葵が手にしたのは淡藤色のカーディガンだ。何を基準にいいと判断したのかはわからないが、彼女的に何かくるものがあったのだろう。
「ん」
「……?」
要が手を差し出すと、きょとんとした表情で手のひらを重ねてくる。
「いや、そうじゃなくて、荷物持ちをしようと……」
「え!? あっ、ごめんなさい……!」
瞬間、陽葵は目を見開くと同時に残像が残るほどのスピードで手を離した。外気にあてられたように顔を火照らせ、瞳を忙しなく彷徨わせる。
「……ぷっ」
「なんで笑うんですか!!」
「いや、なんか小動物みたいで」
申し訳なさそうにあたふたしている陽葵を見て、要は不意に吹き出してしまった。陽葵に咎められるも、クスクスとした笑いは止まらない。
それに対し紅潮させていた頬を膨らませ、片手で持っていたカーディガンを要の胸にポンと押し付けた。そのままふいとそっぽを向いてしまう。
「悪かったって。笑ったの謝るからさ」
「要くんは笑いすぎです〜だ」
完全にへそを曲げた様子の陽葵を宥めながら、買い物は進行していった。若干の罪悪感を覚えつつ、要は荷物持ちとしての役割を果たす。
四つ目のハンガーが腕にかかったところで、要は尋ねる。
「そういえば、陽葵はどんな服を好んで選んでるんだ?」
「そうですね……あまり明確にはないんですけど、色が派手すぎる服は着ないですね。目立っちゃいますし」
確かにこれまでに選んだ服は、薄い藤色や白など、奇抜な色のものはない。そういう観点では好みが似てるのか? と要は考える。
「意外と考えること似てるんだな。俺も目立たない色の服ばかりだ」
「そうですね! 要くんは白黒の割合がちょっと高い気もしますけどね?」
「よく見ていらっしゃる」
「伊達に数ヶ月一緒に過ごしてませんから!」
彼女の言う通り、要のクローゼットは白または黒色の衣服が他の色に比べて多い。その他の色もあるにはあるのだが、その日着る服を選ぶ時には自然とモノクロカラーのものを選ぶ傾向にあるようだ。
「要くんはカラフルな洋服も似合うと思うんですけど、明るすぎない青色とか」
「青か……最後に着たのはいつだったかな」
「それじゃあ後で着てみましょう! 楽しみが一つ増えました!」
どうやら要の服を見ると言っていたのは、要を着せ替え人形にするということらしかった。別に構わないのだが、とんでもない奇天烈な服を着ろと言われたらどうしようか。まあ彼女がそのような要求をしてくるとは思えないし、最悪今日だけは聞いてやる覚悟だが。
そんなやり取りをしている内に、要が持つ衣類の総数は九つになっていた。重量はそれほどでもないのだが、くるぶしまで届くスカートも中にはあるため、地面につかないようにするには少しばかり腕を上げておかねばならない。普段運動をしない非力な要にとっては、長い時間続けていれば次の日上腕二頭筋が筋肉痛になりそうである。
「一旦こんなもんですかね。今から試着に向かいます!」
「へ〜い」
一旦、ということはまだ続くのだろう。だがなんとなく、母親についていっている時よりかは苦痛ではない。
「試着いいですか?」
陽葵は試着室へと一直線に向かい、受付らしき女性店員に声をかけた。試着する枚数を伝えると、空いている試着室へ案内される。
「ごゆっくりどうぞ」とこちらに会釈し、店員は再び受付カウンターへと戻っていった。
「要くん、お洋服をください」
「了解。俺はここで待ってればいいのか?」
「はい! 今から試着をしてくるので、その感想をお願いします!」
「それはいいけど、評論家やらコーディネーターやらみたいな感想は期待するなよ」
「わかってます! じゃ、行ってきまーす」
陽葵は受け取った八着を全て室内のポールに掛け、手を振りながらカーテンを閉めた。店側は要のような人がいることを想定しているのか、各試着室の前に設置された椅子に腰掛け、束の間の休息をとる。健全な男子高校生なら、カーテンの向こうで着替えをしている女子に想いを馳せる場面だろうが、要は壁に体を預け、彼女が出てくるまで目を瞑っておくことにした。
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