第61話:服の好み(前編)

陽葵の言った通り、エスカレーターを上ると程なくして服屋に着いた。店名はテレビのCMなどでもよく聞く、全国に展開している店だ。要も地元にいる時から、よくお世話になっている。


しかし偏見かもしれないが、陽葵の洋服は要が聞いたことないような店で買っているとばかり考えていた。

「陽葵の服はもっと高いところで買ってるものかと」

「えぇ!? なんでですか!?」

「いやほら、お嬢様だし」

陽葵は要の発言に目を丸くする。お嬢様、というワードのせいか、ほんのりと気恥しそうにしている。


「ちょっといいお洋服も持ってますけど、毎回そんなのを買ってたら財布がすっからかんになっちゃいますし。それに普段着なんて、このお店で十分すぎるくらいですよ!」

やっぱりちょっとは持ってるのか……としみじみとする要に対し、やはり女の子は服に目がないのか、早く行こうと言わんばかりに見上げてくる。

彼女のどの服装を見ても思うが、何を着ても安っぽさを感じさせないのは、多少は最近の服飾技術の恩恵も多少あろう。しかしやはり大部分は本人の美貌故なのだろうと思う。


そういえば、要は女性と服屋に来るのは初めてではない。もちろん同学年のの異性だとか甘酸っぱいものではなく、単なる母親だが。ちなみにあまりいい思い出はない。

要はおしゃれというものにあまり頓着しないが、母親はそうではなかった。と言うより、女性全般がそうなのかもしれないが。


そう、服を選ぶ時間がとても長いのである。

要は十五分もあれば自分の着る服を選んでしまうが、母親は少なくとも小一時間、多くの場合はそれ以上かかるのだ。服を見るときの女性の体力は無尽蔵である。


女性の服選び平均所要時間は知らないが、陽葵も例に漏れず長いだろう。これ程洋服屋を前に鼻息を荒くしているのだ。間違っているとは思えない。無論、今日は陽葵へのご褒美という名目のため、何時間でも付き合う覚悟だが。


これから何時間後にこの店を出られるのだろうか……と戦々恐々としながら要は陽葵に手を引かれ、洋服屋へと踏み入った。


白を基調とした清潔感のある店内は、正面向かって右三分の一がメンズ、残りの左側のスペースにレディースや靴、アクセサリー類などが綺麗に陳列している。レディースコーナーの方が大きいのは、やはり女性からの需要が大きいからだろうか。


休日という割に店内には客は少ない。これならゆっくりと買い物が楽しめそうだ。

陽葵は要の手を引き、レディースコーナーへ。沢山の洋服を前に興奮しているのか、知らない内に手を握る力が強くなっている。要は意識してしまいたじろぐが、獲物を目の前にした陽葵には意識の外のようだ。


「さて! 要くんには荷物持ち兼試着を見て感想を言う人になってもらいますからね!」

「意外ときつそうだな、主に後者の方が」

「思ったことをそのまま言えばいいだけじゃないですか!」

それが難しいんだけどな……と要は心の中でこぼした。こういう場面のための語彙力は生憎持ち合わせていない。気恥しさも相まって、いいんじゃないか、くらいしか言えない未来が目に浮かぶ。


そう考えているうちに、陽葵は既にハンガーに掛かった洋服に手をつけ始めている。気づけば繋いでいた手も離れていて、彼女は活き活きとした表情で服選びに集中しているようだ。テスト勉強の時よりも集中してそうな顔をしているのは、要の思い違いだろうか。


かと思えば一旦手を止め、要の方を振り向いて口を開いた。

「そういえば、後で要くんの服も見ますから!」

「俺のも?」

「はい! 迷惑だったらいいんですけど……連れ回してわたしの分だけ見て帰る、というのは、なんかちょっと」

どうやら彼女なりに荷物持ちのことを気遣ってくれているらしい。


「そういうことなら、ありがたく見させてもらうよ。俺の服ははそんなにかからないと思うし、ゆっくり見ていいからな」

「はい! 要くんの服を見る時は、今と役割反対にしますね!」

「……へいへい」

ということは、彼女は要が試着した服の感想を言ってくる、ということだろうか。別に嫌と言う程でもないのだが、なんとなく恥ずかしく感じる。

しかし、今日は陽葵がしたいことを叶えてやることに決めたことを思い出し、甘んじて受け入れることにした。


「要くんはどんなお洋服が好みですか?」

「周りと比べてあんまり浮かないかつ目立たないやつ」

「そうじゃなくて……お、女の子がどういう服装をしていたら好ましく感じますか?」

わからん、というのが率直な感想だ。女性の服装など今まで気にしたこともないし、服装のタイプなど考えたことがない。


返答に困る要を見て、それなら、と陽葵は口を開く。

「じゃあ、今日の私の服装を見て、どう思いますか?」

陽葵は服を選んでいた手を離し、要の前で両腕を広げて見せた。場所が場所なら、ハグを待っている彼女のように見えてしまう格好だ。


どう思う、と言われても、なかなか適切な言葉は見つからない。かといって、ここで心にもないことを言ってしまうと、彼女を傷つけてしまう恐れもある。

思ったことをそのまま言えばいい、という陽葵の先の発言を思い出し、それに従うことにした。


「その……可愛いと思うぞ?」

「え!? か、か……そ、そうですか、ありがとうこざいます」

思わぬカウンターパンチをくらい、陽葵は顔を真っ赤にして動揺した。答えになっていない気もするが、嘘やお世辞を言わず、彼女の機嫌を損ねなかっただけ、要は自分を称えたい気分だ。

しかし要も後から自分が言ったことに気づき、弁解しようとするも、陽葵が俯き黙りこくってしまったため、気まずい沈黙が二人の間に流れる。


「服の好みはわからないけど、あんまり露出が多いのは好きじゃないかな」

「……りょ、了解です」

それを破るように要が言うと、外の気温に負けないほど熱い顔を小さく縦に振った。熱を冷ますかのように今度は頭を大きくぶんぶんと横に振ると、陽葵はいつもの調子を取り戻して言った。


「それじゃあ、今日で要くんがどんな服が好みなのかを発見しますね!」

服選びでテンションが上がっているのか、それとも可愛いと言われたおかげか、陽葵は陽気に再び服に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る