第60話:次の目的地へ

頬の熱を引きずりつつ会計を済ませ店を出た要達は、次の目的地へ向かうところだ。と言っても、要はその目的地がどこか知らないのだが。


無言の気まずさを紛らわすように、要は尋ねる。

「陽葵、どこに向かってるんだ?」

「二階にある洋服屋さんです!」

「……そんなに服少なかったっけ?」


服は最低限持ってれば多くは必要ない……という言葉を要は飲み込んだ。口にしようものなら、またデリカシー無し男だのなんだの言われるのは、火を見るより明らかだ。それに、ハンバーガーを食べてご満悦の陽葵の機嫌を損ねてしまうかもしれない。


陽葵は要の部屋に来る時、ほとんど毎回違う服を着ている。そのコーディネートのバリエーションは、部屋にどれだけの服の収納があるのか気になる程だ。


「服はどれだけあっても困りませんから!それにこれからちょっとずつ涼しくなってきますし」

「あぁ……言われてみれば」

現在9月、夏を引きずりまだまだ暑く感じる日々が続くが、下旬や10月までいけば少しずつ冷え込んでくるかもしれない。要もこれくらいの気温で着る服はそれほど多くないため、自分もそろそろ買わなければ、と気付かされた。


そう話す今日の陽葵の服装は白いTシャツにブラウンのワイドパンツ、少し厚底になっている白のサンダルだ。抜けるように白く日焼け跡のない肌を晒し、往来する人の目を引いている。首元に見えるのは、ピンクゴールドのペンダントだろうか。


対して要は、デニムに五分袖の黒いTシャツ、

いつも履いているお気に入りのスニーカーだ。もちろん、万が一同級生と出くわした時のために変装用ワックスは付けている。まだまだセットはぎこちないが。

要的には周りと比べ浮かない程度の服装を心掛けているのだが、隣を歩く美少女と比べてしまえば通用しまい。陽葵を見た後に見られれば、どれだけお洒落しても見劣りしてしまうだろう。

実際、美少女の横を歩く暗い男は誰なのか……と胡乱な目を向けられている気がする。


「……!」

要の考えを感じ取ったわけではなかろうが、陽葵はおもむろに要の手に自分の手をあてがった。驚いて彼女の方を見ると、決して簡単にしたのではないだろう、白い肌は淡く朱に染まっている。この様子を見てしまえば、何も聞くまい。思えば手を繋ぐのは何かと2回目だ。


しかし前回繋いだ夏祭りのような、そうなってしまったという状況ではなく、今回は陽葵が自主的に繋いできたのだ。当然驚きも大きい。


もちろん要も恥ずかしくないわけがなく、しかし悟られないようにひた歩く。それでも第三者には丸わかりなのだが。なんだか気まずそうにしている二人は、初々しいカップルのような空気を纏っている。しかし陽葵の方は、妙に幸福を感じていそうな顔だ。


「こ、このエスカレーターを乗ったらすぐです」

「お、おう」

変な空気を打破するため、陽葵はいつもの調子を繕い言った。しかし舌が上手く回らず、かえって羞恥を感じてしまう。要も動揺しているため、気の利いた返事ができない。

落ち着かないようにしどろもどろな会話をしながら、二人は二階へと上がって行った。

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