第59話:一口

初めに、ピリリとした刺激的な辛さが広がった。CMでも辛さを謳っていたが、レタスとマヨネーズを感じるソースで割とマイルドになっている。思ったよりも辛くないなというのが率直な感想だ。もちろん感じ方には個人差があるので、一概に辛くないとは言えないが。ちなみに要は辛さに強い方である。


海老入りのパティは噛む音が周囲まで聞こえそうなほどサクッと揚がっている。中身の海老もぷりっとしており、辛さと相まって非常に食欲が促進される味となっている。


視線を少し上げると、頬を落とすまいと片手で抑えている陽葵が目に入った。幸せそうに目を細め、舌鼓を打っている。その小動物のような容貌は、周囲の目線を集めている。どうやらこのファストフード店の味は、彼女のお眼鏡にかなったようだ。


眺めていると、偶然同じように視線を上げた陽葵と目があった。要が仄かに笑みを浮かべているのが気になったのか、怪訝そうな顔をしている。


「な、なんですか」

「いや、すごい美味そうに食べるなと思って」

「だって、ほんとに美味しいですもん!」

美少女にそう言ってもらえて、耳をそばだてていたカウンターの店員もご満悦だ。やりがいを感じる時というのはこういう時なのだろう。


「そうだな」と返し、要は自分のバーガーをもう一口。彼女も倣って頬張る。しかし咀嚼している間、どういうわけか目線はこちらに向けている。


「……食べるか?」

要が手を少し前に出しながら言うと、陽葵は喜び七、驚き三といった割合の顔をした。


「食べます! よく食べたいってわかりましたね」

「そんな顔されてたらなぁ」

「えっ、出てましたか……?」

陽葵は羞恥からかほんのりと顔を赤らめ、頬に手を当てた。彼女の真っ白な手と比較すると、頬の染まり具合がよくわかる。


「誰が見てもわかるくらいには出てたぞ。ほら」

「うぅ……いただきます」

要は追い討ちもほどほどに、包みを手渡した。陽葵も一瞬ムッと口をとがらせてこちらを見たが、目を伏せてバーガーを齧った。


――要が口をつけたのと同じところに。


「おまっ……!」

「???」


要は取り乱すが、陽葵に何かを気にした様子はない。言葉を発するかと思いきや、このお嬢様は口に物を入れたまま喋らないようしつけられているらしい。身近な活発系女子と一緒にしてしまったのを申し訳なく思う。


その代わりと言うべきか、陽葵は一心不乱に噛むスピードを早めた。一秒でも早く話そうとしているのだろうが、なんだか申し訳ない。


「ゆ、ゆっくりでいいぞ……」

要が言うと、陽葵は再び目的をバーガーを味わうことにシフトさせた。



「どうかしたんですか? 何か焦ったみたいでしたけど」

「うん、いや……やっぱり何でもなかった」

「そうですか! これ、すっごい美味しかったです!!」

「それはよかった……」

満面の笑みを浮かべる陽葵と対照に、精神力がごっそり削られた要は、弱々しい手つきでバーガーを受け取った。陽葵はポテトをつまんだ後、自分のものに手を伸ばす。


「あ、私だけ貰っちゃうのも申し訳ないので、これどうぞ!」

陽葵はお返しという名目で、水色の包み紙を手渡してきた。


半分無意識で受け取ってから、要は良からぬことを思いついた。数瞬躊躇った後、実行することを決める。

要は敢えて陽葵が見ているときを見計らい、大口を開けてかぶりついた。もちろん彼女がやったように、陽葵が口を付けた部分に。


「――!!!」


その意趣返しを見て、陽葵の顔は先程よりも数段朱に染まった。

かといって要は思惑がうまくハマっていい気分、といえばそうでもなかった。背伸びして慣れないことをしたせいで要の頬も陽葵と同じくらいには紅潮し、せっかくもらったバーガーの味もわからない。


「……俺が言いたかったことがわかったか」

「す、すっごいわかりました」


要はそれだけ言うとバーガーを陽葵に返した。味覚が羞恥で死んでいたのは残念だったが、さすがにこの空気でもう一口くれとは言えるまい。


そういえば返ってきた自分のバーガーだか、これにも当然陽葵が口を付けた部分があるわけで――


要はそこで思考を無理矢理シャットアウトし、何も感じてないように再び口を動かし始めた。

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