第58話:ファストフード
陽葵に引っ張られて入ったのは、日本国民の九割五分が知ってるような有名ファストフード店だ。九割五分と表現したのは、どこかのお嬢様のように知らない人がいるかもしれないからだ。
アパートの割と近くにも店舗があるので、陽葵が食事を作るようになる前は、要もよくお世話になっていた。
「ここって最近期間限定メニューのことでCMやってるところですよね? 最初見た時から一度食べてみたかったんですよね〜!」
なんと、このお嬢様は予想に反してこの店を知っていたらしい。要と出会う前はテレビなど全く見なかったと聞いたことがあるので、知ったのは結構な最近ということになる。
『普通』に近づいているようで嬉しい反面、俗なものに触れさせてしまって申し訳ない気持ちも八対二くらいの割合で存在している。
彼女の口ぶりからすると、この店にも来たことがなさそうなので、このバーガーの種類の多さではさぞ迷うことだろう。
看板に書いてあるメニューを未知のもののように眺めながら、陽葵は列についた。
「陽葵はどれにするんだ?」
「期間限定の中の……これにします! 要くんは?」
「いつもは適当に頼むんだが……せっかくだし俺も期間限定のやつにしようかな。陽葵の隣のやつ」
意外にも迷うことなく、陽葵は大きな卵とチーズがサンドされているバーガー、要はカツにたくさんの海老が入ったバーガーに決めた。
彼女の思惑通り並んでいる人は少なく、ファストフードの名に違わぬスピードで注文は処理されていった。二分と経たないうちに、二人の番はやってきた。
先程話したバーガーとサイドメニューとしてポテト、チキンナゲット、加えてドリンクを選択。次いでレシート兼番号札を受け取り、程なくしてレジ上のディスプレイに要たちの番号が表示される。
「ありがとうございます」という言葉と引き換えに、要は盆をもらった。バーガー、その他諸々が落ちないよう留意しながら、適当な席に腰掛ける。
陽葵は待ちきれないと目で訴えかけてくるようで、放っておくと盆の上のバーガーに飛びつきそうだ。ドリンクとバーガーを目の前に置いてやると、「いただきます!」と言うのも口惜しそうに、水色の包装を剥がし始める。
「そんなに急がなくても、ハンバーガーは逃げないぞ」
「ハンバーガーが逃げなくても、熱が逃げてっちゃいますよ! せっかくならできるだけ美味しく食べたいじゃないですか!」
「……なるほど」
一理ある、と感心してから、要も自分のバーガーを手に取った。彼女のものとは対照な赤い包み紙を丁寧に解いていくと、ザクザクとした大きな衣が特徴のカツが顔を出す。
陽葵も陽葵で、初めて見るハンバーガーというものに釘付けだ。ソースのものか、フルーティーな香りが漂っている。
一頻り視覚と嗅覚で楽しむと、陽葵は小さな、要は大きな口を開けてバーガーに齧り付いた。
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