第51話:問答

「「「おい榎本、どういうことだ!?」」」

要は詰め寄る男子たちとの間に手を置き、僅かに距離をとった。今は教室の椅子に座っているので、本当に気休め程度だが。

彼らがクラスでは目立たないポジションにいる要にたかるのにはもちろん理由がある。


先程の登校中。道のり半ばまでこそ楽しんでいたものの、陽葵との会話を一頻ひとしきり終えると考えるようになった。


――あれっ、そういえばどこまでこのまま歩くんだ……と。


もし校門まで歩くのだとすれば、些か焦りの感情を抱かざるを得ない。陽葵は毎日三百六十度ぐるりと囲むような視線を受けているので――どうやら当人は気づいていないようだが――多分、いや必ず誰かに見られることになるだろう。


しかもよりによってあの『神原陽葵』だ。その『神原陽葵が男子と登校していた』というゴシップは瞬く間に学年問わず全校に拡散され、一時の話題をさらうことは容易に想像できる。


しかし昨日の彼女の言い方では、もし校庭の前で別行動を打診しても離してくれなさそうだ。理由を答えても昨日のように頬を膨らませ、言われる側からすれば歯の浮くような褒め文句を聞かされるに違いない。


要は一歩校門に向かうたび増すキリキリとした胃の痛みを押し込め、


そして予想通り校門でまるで大物が通ったかの如く大量の視線を浴び、陽葵に微塵も相手にされなかった男子たちの不興を買い……今に至るわけだ。


「どういうこととは……どういう?」

要はあくまでしらを切るが、男どもは更に勢いを強める。


「決まってるだろ! 神原さんのことだよ!」

「そうだ! お前いつから仲よかったんだ!? そんな素振り一つも見せなかったくせに!」

遠くにいる響に視線で助けを求めるが、彼は楽しそうに笑い返すだけで動こうとはしない。

覚えてろよ……と内心で毒づくと、要は諦めて目を戻した。


「……だいたい三ヶ月くらい前から」

「接点は!?」

「帰る方向が同じ。それだけ」

ご飯を作ってもらっていることは当然伏せておく。気が立っているこの三人の前でそんなことを言おうものなら、五分後にでも呪い殺されてしまいそうだ。

「そうにしても、なんでお前みたいな……」

男の声が途切れたのは、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴ったからだ。いつの間にか時間は午前八時十五分。同時に担任も教室に入り、教卓に教師手帳を置いている。


要たちの担任は根はいい人だが厳しい人でもあり、時間になっても席についていない場合は名指しで注意されることになる。


三人もそれは嫌なのか、舌打ちなど、各々の反応を見せながら席へ戻った。もしここでチャイムが鳴らなかったら、あの先を聞くことになっていただろう。言われかけた内容は聞かずともわかるが、やはり生の声で言われる方が気持ちが悪い。要は無意識に安堵のため息と頬杖をつき、担任のつまらない話に耳を傾けた。



「どうだった? 神原さんとのデート」

「何がデートだ、ただの登校だろ」

デートとは日時を揃えて会うことなので、その定義を考えればデートということになるが、今は現代に浸透している『デート』の意味で使用させて頂く。


要は吐き捨てるが、響は先程と同じニヤニヤ笑いをやめない。


「楽しかっただろ?」

「……そりゃまあ、それなりには」

「だよなぁ、楽しかったって顔に書いてある。でもそれなり、ねぇ」

「うるさい」


陽葵との登校は新鮮なもので、そこそこに長い学校までの距離が半分になったようにあっという間だった。途中からは胃を痛めて、何かを考える余裕がなかったからかもしれないが。


「それと要」

「なんだ?」

「俺、来週から週一で舞海と登校するから」

「……は?」


あまりに突然のことで、要は理解が追いつくより先に音を発した。


当然一緒に登校する人は当人が決める権利がある。考えてみればそれは当然のことで、要が今日陽葵と登校したのと何ら変わりない。

しかし彼がそう言うのには、何か理由があるはずだ。要は理由を尋ねようと口を開くが、数瞬響の方が早い。


「そういうことだから、毎週一緒に登校してくれる人を探したまえよ」

「……そうですかい」


ここで、要は響の本意に気づいた。

とどのつまり、彼は週一で要と陽葵を登校させたいわけだ。

「毎週一緒に登校してくれる人」と言っても、アパートの近くに住んでいるのはこの朋友か、四つ隣に住む美少女くらいだ。探せば他にいるかもしれないが、響は要の友好関係が狭いのを知っているので、陽葵以外と行くとは考えていないと思われる。


それがどのような意図なのかは、要のあずかり知るところではない。しかしきっと、要の推測は間違っていないだろう。

それに彼の口ぶりから察するに、週一で舞海と登校するのは既決の事項らしい。要がどうしてもと小一時間駄々をこねれば撤回してくれるかもしれないが、そうなれば舞海も寂しがるだろう。そもそもそこまでして響と登校する必要はない。


「んじゃま、そういうことで。がんばれよ〜」

「ただの登校で何を頑張るんだ……あっ、おい!」


声をかけて呼び止めるも、響はヒラヒラと手を振って行ってしまう。


「……言ってみるか」


要は小さく呟くと、次の授業の準備を始めた。

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