第48話:夏休みが明けて

第48話


「よーっす、要」

「おは」

「どうした? なんか顔色悪いな」

「ちょっと遅くまで起きてたからな……布団入れば三分で寝れる」

「なんでだ? 健康優良児のお前が」

「二週間後に備えて」

「聞かなきゃよかった」

響は嘔吐えずくような仕草を見せながらそう言った。


あと二週間経てば、夏季休業期間宿題考査がある。長ったらしくお堅い名前をしているが、ようは夏休みに出された課題の内容がしっかり身についているかの確認だ。


確認といってももちろん成績に反映されるし、そもそも勉強は何時なんどきも怠るべきではない。要は夏休み中も成績に胡座あぐらをかかなかったので平気だとは思うが、それでも念には念を、だ。ちなみにこの更に二週間後には二学期中間考査がある。


「響はまだ大丈夫だと思うけど、舞海は大丈夫か? あいつ、多分宿題もまともにやってないぞ」


舞海がやっとの思いで宿題を終わらせたのは、今からほんの一週間ほど前のことだ。「後でやる」の繰り返しで、結局最後は要と響監修の元カンヅメを決行することになった。

舞海は宿題をちょろまかそうとしたのだが、一応全ての宿題を確認しようとした要にばれてしまい、短時間の説教の後に半べそをかきながら再びペンを取らされた。


「舞海はいいんだよ、可愛いから。赤点でも零点でも、あいつが健康でいてくれれば、俺は大満足だ。もしかしたら女優になれるかもしれんぞ? スタイルいいし」

「母親か。そうやって甘やかしてるから、宿題を最後まで終わらさないんだぞ?」

「彼女を甘やかしちゃうのはしかたないんだよ、お前にもいつか彼女ができれば、きっとわかるさ」

「……そういうもんか?」

「そういうもんだ」


自分の知らない分野を持ち出されれば、あれこれ言うわけにもいかない。要は疑問符を一つ残し押し黙る。


(そういえば、あいつこそ大丈夫なのか……?)

舞海のことは一旦置いておくとして、心配なのは宿題を後にとっておいたもう一人の少女も同じだ。隣で響が喋るのを置き去りに、要は心中でこぼす。


舞海程ではないが、陽葵も勉強を必要とする成績だ。お世辞にも優良とは言い難い。彼女も夏休みの課題を最後までやらなかった。


度々地頭の良さは垣間見えるが、如何せんやる気が続かないようだ。かといってただの知人である彼女に勉強を強制することはできない。それでもなんとかならないか……とはつくづく思っているのだが、今のところは彼女のやる気と勉強を両立させる折衷案は思いついていない。困ったものだ。


「め……要」

「ああ、なんだ?」

「どうしたんだ? ずっと喋ってたのに、難しい顔して」

「いや、ちょっとな……」

要は語尾を濁すが、響は何かを察したように「はは〜ん」と薄く笑った。彼がこの顔をするときは、だいたいよからぬことを考えているときである。


「さては神原さんのことだな?」

「なっ……!」

的を射た彼の発言に、要は大仰な動作で反応した。夏休みが終わっても朝食を作りにきてくれた陽葵の顔が、否応なく思い起こされる。

それをどう捉えたのかわからないが、響は口を動かすのをやめない。


「隠さなくてもいいんだぞ? 俺は過度にイジったりしないし、あの女っ気のない要に彼女ができるのはなんか嬉しい」

「そんな抽象的な……何度も言ってるけど、俺とあいつはそんな関係じゃ」

「それじゃ、俺は購買で焼きそばパンを買ってくるからな。教室でな〜!」

「あっ、ちょ!」

要が呼び止めるも、響は振り返ることなく行ってしまう。いつか聞いたことがあるが、この学校の焼きそばパンは人気が高く、結構早めに来ても売り切れていることが多いそうな。


「……あ」

要はため息をつくと、校門に注目が集まっているのに気がついた。他の人に倣い振り向けば、先程まで話の種だった人物が目に入る。

陽葵はなぜか数多くいる人の中であっという間に要を見つけ、陽だまりのような笑顔を向けてくる。どうやら要がアパートを発った数分後に、彼女も登校を始めたらしい。


要は頬に熱が集まるのを感じながら、こちらに転びつつある視線から逃げるように陽葵に背を向けた。


陽葵は少し驚いたような表情を浮かべていたが、再び自分の教室に向かって歩きだした。

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